47.作戦会議
「……それで、デートって具体的に何すればいいの」
「ぅぐっ!?」
食べている途中に話しかけたのがまずかったのか、アルグレックは喉を詰まらせて胸を強く叩いている。
水を差し出すと、煽るように一気に飲み干した。
「そんな変なこと聞いたか?」
「…………フィリアって、結構真面目だよな」
なんとなく貶されているような気になって、フィリアは口を尖らせた。
「したことないんだから、分かる訳ないだろ」
「えっ、したことないのに引き受けてくれたんだ」
「今更そんな目で見ても、内容聞いて断るかもしれないからな」
急に感激したような顔をされて居心地悪くなったフィリアは、つい突き放すような言葉を発してしまう。そんなことはお見通しなのか、目の前の男はやっぱり嬉しそうだ。
「そこらへんを一緒にブラブラしてたらいいんじゃない? 多分」
「多分?」
「俺も、デートとかしたことないし」
「は?」
流石に嘘だろうと顔を上げれば、そこには至って真面目な顔をした男と目が合った。毎度毎度あんなに囲まれているのに?
「あんたなら彼女の20人や30人くらいいても不思議じゃないだろ」
「いやゼロの付き方おかしいから」
「……」
「増やす方じゃないからな」
言わなくて良かった。ばれている。
そのジトッとした目が弓なりに変わった時、フィリアは視線を戻して一緒に噴き出した。
冗談を言って笑い合うのは楽しいことだと、初めて知った。
「セルシオなら詳しいんじゃないの」
「あいつにはあんまり聞きたくないけど……あの2人にはちゃんと話しとく」
「うん」
噂の威力を知ったのは、その翌々日の朝だった。
魔消しのために城館へと向かえば、いつものように待ってくれていたアルグレックと並んで歩くだけで恐ろしいほどの視線を感じた。彼は昨日の時点で知らない人からも根掘り葉掘り聞かれて大変だったらしい。
まあそれも数日のことだろうと無視しながら控室へと歩を進めると、待っていたのはかなり興奮した様子のミオーナだった。
「聞いたわよ! すっごく噂になってるんだから!!」
「ああそう」
「あんたはやっぱりいつも通りね。ね! 今日家に行ってもいい!? 作戦会議よ!」
気圧されて頷いてしまった。助けを求めてアルグレックに視線を移せば肩を竦められる。
なぜ彼女が張り切っているのか分からないが、止められる気がしない。
「で? いつデートするの?」
「いや、まだ何も……」
「明後日の土曜日、2人とも予定は?」
「特にないけど」
「私も」
「じゃあその日で決定ね」
ミオーナ曰く、こういうものは早い方がいいらしい。噂が新鮮な内に見せつけておけば真実味がある、と。
そういうもんなのかと了承する。彼らと約束がなければ、魔消し以外に予定はないのだ。
アルグレックが部屋から出て行くのを見てから、フィリアはいつものように魔消しを始めた。
「セルシオとデートコースを考えてきたわ!」
「じゃあそれで」
「少しくらい見なさいよ!」
家に来るなりミオーナにメモを押し付けられ、フィリアは渋々目を通す。見たところで正解かどうか分からないのにと思いながら。
「……アルグレックはこれでいいの」
「え、あ、うん」
「顔赤いけど、風邪か?」
「違う違う。こいつはもう妄そ……何でもない。フィリアちゃん、今日もキッチン借りるぞ〜」
よく分からないが、2人のじゃれ合いぶりからしていつも通り元気なのだろう。
フィリアはもう一度メモに視線を落とした。時間の横に店の名前が書かれている。どの店も知らない名前で、何の店かちっとも分からない。
「アルグレック、買いたいものでもあるのか」
「いや? なんで?」
「欲しいものもないのに、こんなに店寄るの」
「ああ、それは目撃されやすい場所にあるお店なの。印象付けるにはもってこいでしょ?」
ふうん、と言いながらアルグレックにメモを渡す。このまま持っていたら、なくすか間違って捨てるかしてしまいそうだ。
「じゃあ何も買わなくてもいい?」
「いいわよ。プレゼントでも見てる体で……そういえばフィリアって誕生日いつなの?」
「7月の……じゅう……なな? だったはず」
「なんで自分の誕生日が曖昧なのよ! ていうか先月じゃない! なんで教えてくれないの!」
なんでと言われても。むしろなんで責められているか分からない。
あんぐりと口を開けたままこちらを見るアルグレックと、ぷりぷりした様子のミオーナ。その2人の視線から逃れるようにセルシオを見たが、苦笑を返されただけだった。
「セルシオ! デートコースの変更が必要になったわ!」
「そうみたいだな」
「え、なんで」
「誕生日プレゼントを見に行くのよ! 何か欲しいものない?」
「金」
即答すれば睨まれる。予想通りのミオーナの表情に、フィリアは思わず笑みを溢した。
「フィリア! あんたって子は!」
「冗談だよ」
今度は想定外の表情が返ってきた。豆鉄砲なんか打ってないのに。
やっぱり言い慣れていないからか、この冗談も失敗だったらしい。難しい。
「フィリアが冗談言うなんて初めてじゃない!?」
「そうか?」
そもそもに驚かれているとは思わなかった。フィリアはなんとなく、助けを求めるようにアルグレックを見た。
「うん。ほんとについ最近だよ」
「初めてじゃないの!? いつ!?」
軽い気持ちで言った冗談を蒸し返されるのは居心地が悪い。フィリアはキッチンへ逃げ込むと、聞き耳を立てているセルシオの邪魔をするように、強引に指示を仰いだ。
セルシオの作ったご飯はやっぱり凄かった。凄すぎて、再現したいという気持ちは微塵も湧かないほど。
食事中、ミオーナはいつもに増して機嫌がよかった。よほどフィリアとアルグレックの偽装デートが楽しみらしい。それはセルシオも同じらしく、本人たちを放ってコース調整に盛り上がっている。
アルグレックはよく分からない。目が合うと彼は肩を竦めた。背に腹は代えられないと諦めているのかもしれない。
「アイコンタクトなんて、もう恋人のフリ? でもそれくらいじゃ足りないわ!」
「ああそう」
「ノリが悪い! 当日はそうね……もっと見つめ合うのよ。ほら! やってみて」
「……」
ミオーナは恐らくもう酔っている。こうなってしまったら引かないと知っているので、フィリアは渋々アルグレックを見た。
素直に従うのが一番無難だ。
「ただ見てるだけじゃなくて、こう、首を傾げて、そこでニコッと!」
「「……!!」」
「何。おかしかった?」
「違うの……破壊力が……」
「これは、効くな……」
「俺、心臓持たない気がする……」
「いや、何なの」
言われた通りにしたのに。
よっぽど酷かったのか、この練習はすぐに取り止められた。それはそれで少し腹立たしいフィリアだった。
アルグレックが魔法で洗浄した食器を片付けると、彼は慣れた手付きで手伝ってくれる。
自分ひとりの時は極力洗い物を出さないようにしているので気にしていなかったが、改めてじっくり見ると、この家の食器はどれも揃いがない。同じ模様の大きさ違いはあっても、色違いすらないのだ。セルシオが少し戸惑っていたのを思い出す。
そのセルシオはまだミオーナと盛り上がっている。最早誰が当人か分からない。
「なんか面倒なことになってごめん」
「なんであんたが謝るの」
「思ってたよりあの2人が張り切ってて大ごとになってるし」
申し訳なさそうに言うアルグレックに、思わず片付けの手を止めた。
フィリア自身は苦ではなかった。確かにミオーナたちの熱量に少し面倒だなと思うことはあるが、決して嫌ではない。むしろ、どこかふわふわとした喜びさえあった。
『まともに目を合わせられるのはお前だけなのに?』
団長の言葉が浮かぶ。
自分だけ。
そう、これに関しては自分だけが役に立てると言われたのだ。役立たずだ負け氏だと言われる自分でも、友達の力になれる。しかも、望まれてだなんて。
それがとても嬉しかった。
「別に。私は気にしてない。けど」
「けど?」
「あんたが気に病むなら、当日アイスでも奢って」
アルグレックは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに目尻を下げて頷いた。その表情を見て、フィリアは安心して片付けを再開した。




