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45.城館へ

 魔力検査を受ける前から魅力の祝福を持ち、それによって母親が壊れ、家族がバラバラになったこと。

 学生時代から色恋に巻き込まれて、友達を失ったこと。

 従叔父(いとこおじ)である辺境伯を頼ってこの地に来て、苦労しながらも騎士になれたこと。


 アルグレックはなるべく笑顔を貼り付けたまま軽い口調で話していたが、たまに菫色の瞳が悲しげな色をすることにフィリアは気が付いていた。


 彼の話を聞いて苦しくなったのは、単なる同情だけではなかった。

 そして、ずっと自分だけが辛いと思っていたことを恥じた。

 きっとアルグレックだけではなく、ミオーナもセルシオも他の人も、多かれ少なかれ苦しい胸の内があるのだろう。


 それにしても理不尽だ。

 祝福も魔消しも、本人が選んだ訳ではないというのに。一方的に好かれたり、一方的に嫌われたり。もちろんただ尊敬されたり重宝されたりするものもあるのだろうがーー……


 そう思っていると、不意に頭に大きな手が置かれた。


「……逆だろ」

「だって、フィリアがそんな顔してるから」

「どんな顔」

「俺の話で、フィリアがそんな表情してくれるの、嬉しくて」

「だからどんな顔なの」


 笑って答えないアルグレックはフィリアの髪をまだ撫でている。答える気のさなそうな男を、フィリアは「強いな」と思った。


 自分はまだ、過去を口に出す勇気がない。

 言葉にするのが怖い。まだ。


 大人しく撫でられながら、最近元気付けられることが多いなと気付いた。そしてそれがとて心地良いことにも。

 彼になら、話せるかもしれない。少し迷ったが、結局その勇気は出なかった。



「……それで話を戻すけど」

「何」

「次は何作る?」

「ふふ、気が早い…………でも、唐揚げがいい」

「うん、それいいね。そうしよう」


 いまだに終わらない元気付けに、フィリアは目を細めた。


 唐揚げの次は何にしよう。あの屋台で食べた焼き菓子は作れるのだろうか。

 そう考えて、これじゃあ人のことが言えないなと苦笑した。




 その翌日には辺境伯から正式な手紙が届いた。上等な紙に立派な封蠟。フィリアは溜息をつきながら封を開け、読んでからまた溜息をついた。


 何かの冗談だったとか、いっそのこと忘れてくれたらよかったのに。


 アルグレックの話を聞いている限りでは、悪い人ではないのかもしれないとも思う。それでもやっぱり面倒くさい。できれば貴族とは関わりたくない。




 指定された3日後はすぐにやってきた。

 わざわざ馬車で迎えに来てくれたアルグレックは見るからに緊張している。フィリアは緊張していない訳ではなかったが、どちらかと言えば諦めたような心境だった。


「そんなに辺境伯が苦手なのか?」

「いや、苦手というほどでもないけど……なんで?」

「この前、嫌そうにしてたから」

「ああ、それは……」


 アルグレックは困ったように頬を掻いた。不味いことを聞いたのかもしれないと質問を撤回しようとしたが、それより先にアルグレックが口を開いた。とても言いにくそうに。


「……フィリアが」

「私?」

「辺境伯とか、そういう貴族とかと関わるの嫌かなと思って……いつか先に言おうとは思ってたんだ。でもタイミングが分かんなくて……それに、俺自身は平民だけど、嫌われたらと思うと……」


 犬がいる。

 耳も尻尾も垂れ下がってしょげている、犬が見える。飼ったことはないのに。


「ふふ、なんであんたを嫌うんだ」

「嫌いにならない?…………なら、好き? いややっぱり何でもな……」

「そりゃそうだろ。友達なんだから」


 アルグレックだってミオーナだって、魔消しなんかにそう言ってくれた。彼らと同じように「好き」とは恥ずかしくて口に出せないけれど。


 フィリアの予想とは違い、アルグレックは両手で勢いよく顔をバチン!と叩いた。強すぎたせいか耳まで真っ赤だ。フィリアはぎょっとしたが、いつもの変な発作か、蚊でもいたのだろうとすぐに放置した。


 いつの間にか、今まで保険のように付けていた「一応、友達」から「友達」だけになっていることに、フィリア自身気が付いていなかった。



 馬車はいつも行く騎士棟を抜け、一番立派な城を目指している。少しずつ艶やかな花が増え、意匠を凝らせた造園風景になっていく。フィリアは窓の外を見ないように、視線を車内へ戻した。


「フィリアは、苦手なものないの?」

「……なんで弱点を教えないといけないの」

「友達だから」


 そう言われて押し黙ってしまう。アルグレックは、こう言えばフィリアが弱いことに気付いているのだ。


「……魔コアラ」

「え、意外。なんで?」

「10歳の時、森で追いかけられた」

「うわぁ……」


 あれは冒険者になりたての頃だ。薬草を摘んでいたところを追いかけられ、あの可愛らしい顔に似合わないほどのスピードと恐ろしい鳴き声で、すっかりトラウマになった。

 どうやら摘んでいたのは魔コアラの好物の薬草だったらしく、それからフィリアはその薬草採取依頼だけは受けないことにしている。


「そっか、魔コアラかぁ」

「なんでそんな嬉しそうなの」

「フィリアの苦手なものが知れたから」

「連れてきたらぶん殴るから」

「まさか! 殲滅リストに入れた」

「それは頼んだ」


 アルグレックは声を上げて笑っている。弱みを握って悪巧みしている顔ではなさそうだと、安堵したフィリアだった。




「お~、2人ともよく来たな!」

「ご命令により参りました。団長」

「うわ、嫌味ったらしい言い方だな。フィリアもよく来てくれた。さ、適当に座れ」

「失礼します」


 通されたのは執務室だった。騎士棟ではないので、辺境伯としての執務室だろうか。近衛兵が入り口におり、感情の読めない視線をこちらに投げている。

 ふかふかのカーペットに、派手ではないが上品な調度品や絵画の数々。騎士団の制服を着ているとはいえ、フィリアは場違いな空気に今すぐ帰りたくなった。


 促されたソファにアルグレックと並んで座ると、エスカランテ辺境伯兼騎士団長は嬉しそうに手を挙げて人払いをした。


「改めて。俺はベルトラン・エスカランテだ。ここの領主でもあるし、お前たちの上司、騎士団長でもある。でもまぁ気軽に話してくれ。この前も言ったが、人攫いの犯人確保に貢献したことに感謝してる」

「いえ」

「特隊の魔消師としても腕がいいと聞いた」

「いえ」

「それから、魔幻黒蝶の討伐でも活躍したと」

「い、いえ」


 どうしよう。いつかと同じように、また「いえ」しか言葉が出てこない。


「お前語彙力ないな」

「い……はい」


 ぷっと噴き出す団長。隣に座っている男の肩が震えているのも分かる。

 分かっているなら放っといてくれ。この先全部に「いえ」で返答してやろうか。

 フィリアは隠しもせずに顔を歪めた。


「まぁそう怒るな。人攫い事件解決の立役者に、褒美として特別手当を付けてやるから。フィリアはそれが喜ぶと特隊長のバイロンから聞いたが」

「ありがたく頂戴します」

「そこは『いえ』じゃないのか」

「……」


 前言撤回。もう「いえ」なんて言うもんか。


 黙ったフィリアを気にも留めず、団長は今度はアルグレックに軽口を叩いている。

 辺境伯とも騎士団長とも思えない気安い雰囲気だ。そういうタイプの貴族なのだろう。表面上は友好的で、腹の中ではどうか分からないような。

 見るからに軽蔑した視線を送られるよりはいい。


「さて、挨拶も済んだし、夕食に向かおう。フィリアも飲めると聞いてワインを用意した。産地は……レリオ、ダロド、フリヒード……一番古いのはアビエーラ産のワインなんだが」


 眉を上げて挑発的に笑う騎士団長に、鉛を飲み込んだような暗くて重い気分になる。


 これだから貴族と関わりたくないんだ。



資格試験は(色んな意味で)終わりましたので、11月から月曜日と金曜日の朝7時に更新します。

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