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44.アルグレックという人

過去話。

会話文ほぼなしです。すみません。

 アルグレック・ランドウォールはランド商会という大商人の四男として生まれた。


 母は子爵の次女で、祖母は伯爵の三女。この祖母が、ボスミルを含むエスカランテ領を治めていたエスカランテ伯爵家の前当主と兄妹で、現当主ベルトランの伯母にあたる。


 アルグレックは産まれた時から綺麗な顔立ちをしていた。また一番下だということもあって、両親だけでなく兄弟姉妹からもとても可愛がられた。


 少しずつ様子が変わってきたのは2歳を過ぎたあたりからだった。

 母親がアルグレックを離さなくなったのだ。


 最初は、少しずつ意味のある言葉を話し出したアルグレックが可愛くて仕方ないのだろうと周囲は微笑ましく思っていた。


 彼が欲しいと言えば何でも与え、嫌だと言えば排除する。それが例え兄弟姉妹に対してでもだった同じだった。アルグレックが兄のおもちゃを一言欲しいと言えば、母親は問答無用で取り上げる。幼い末弟に少し手が当たっただけで、烈火の如く怒られる。他の子の本を読んでいても、アルグレックが何か言えばその子を放置してすっ飛んでいく。


 後から思えば、この時にはもうアルグレックには魅了の祝福持ちだったのだろう。


 そうとは知らない兄弟たちは、最初は母親に抗議したが受け入れてもらえず、忙しくて中々いない父親にも相談できず、次第に矛先はアルグレックに向いていった。


 この子がいるから、母はこちらを見てくれないのだ、と。


 次第に兄弟たちはアルグレックに近付かなくなった。そうしてますます末弟だけに構う母親と、それを憎らしく思う兄弟たち。それは次第に使用人たちにも伝わり、いつの間にか家の中が分断された。



 それが一転したのは、神殿での魔力検査の日だった。


 鑑定の祝福を持つ神官に「魅了の祝福を受けている」と言われ、アルグレックは強制的に母親から離された。


 これで母を返してもらえると兄弟たちが喜んだのも束の間。母親は半狂乱になり、アルグレックに会わせろと泣き叫んだそうだ。()()()()()部屋から何度も抜け出してはアルグレックを探し回り、見つからなければ癇癪を起した。


「アルグレック! アルグレックはどこなの!!」

「奥様! 落ち着いて下さい! 誰か!」

「放しなさい!! アルグレック!!」


 男の執事でも止められないほどの力。鬼のような形相で暴れる母親を見て、兄弟たちは怖くなった。恐怖心の次に来たものは、やはりアルグレックに対しての怒りだった。


 あいつが、母をあんな風に変えたのだと。


 一方のアルグレックは、それまでべったりだった母親にも会えない不安な日々を過ごした。部屋から出して貰えず、たまに来る使用人には遠巻きに扱われる日々。大慌てで帰ってきた父親に、魔消し済みの眼鏡をかけることを条件に外へ出られると言われた時、二つ返事で頷いた。


 兄弟たちや使用人に対して辛い気持ちはあったものの、外の世界を知ることでそれは緩和された。6歳からは学校も始まり、友達ができたことでその辛さは少し薄らいだ。



 けれどそれも成長するにつれ、家族内だけで留まらなくなった。


 初めて魅了という祝福が嫌だと思ったきっかけは、その時一番仲の良かった友達の好きな子が、アルグレックを好きになったことだった。

 告白されたが断った。振られたその子は、翌日にその友達に告白して付き合ったらしい。



「お前、あの子に魅了をかけたんだってな」



 憎悪に満ちた視線で、吐き捨てるようにそう言われた。否定しても信じてもらえなかったどころか、魅了持ちだと言いふらされた。


 魅了持ちだとこっそり打ち明けても気にしなかった、数少ない友達だったのに。


 周囲に魅了持ちだとばれてから、眼鏡をかけているのに目を合わせてくれなくなった。その上、「魅了をかけた責任を取れ」とかけてもいないのに迫られることが何度もあった。


 次第にアルグレック自身、眼鏡をかけていても目を合わせるのが怖くなった。


 正気に戻らない母親。眼鏡をかけているかどうかしか気にしない父親。自分を憎んでいる兄弟たち。最終的には面倒ごとになる友達。


 目を合わせずに話すことに、いつの間にか慣れていた。



 転機が訪れたのは、卒業間近に従叔父いとこおじである現エスカランテ辺境伯に、「騎士を目指さないか」と声を掛けてもらったことだった。辺境地だから自然と強い者ばかり集まるので、彼の魅了くらいなら効かない者もいるだろうと言われ、アルグレックはすぐさま行くと答えた。

実際に辺境伯には効かなかった。



 卒業後、すぐにボスミルへと向かった。誰にも引き留められることもなく。母親にはアルグレックが()()()()ことは知らせないと父親に言われたが、ただ頷いただけだった。

母親は、少しずつ正気に戻れる時間が増えてきたらしい。アルグレックはどんな表情をしていいか分からなかった。


 一般兵に入隊してからは大変だけど楽しかった。学生の時のように、やっかまれたりはあったものの、出世するにつれて少なくなってきた。反対に迫られることは増えたが。


 衛兵になれた頃、初めて長兄から手紙が来た。そのあとすぐに長姉からも。内容はいずれも同じ「結婚した」という報告だけだった。いつどこで誰と、とそれだけが書かれた事務的な手紙。事後報告なところがまだ恨まれていると感じた。


 手紙を読んだアルグレックは、嫌っているのなら放っておいてくれればいいのにと腐ったような気分になった。


そのあとも何度か定期的に手紙は届き、内容はアルグレックを気遣うようなものへと変わっていった。アルグレックにとっての甥や姪が産まれたことをきっかけに、2人から謝罪の手紙も届いた。


 それでもアルグレックは、手紙を読み終わるたびに拗ねたような暗い気持ちになって、返事すら書けなかった。



 初めて返事を書いたのは、衛兵から騎士団への推薦状を書いてもらえると言われてからだった。厄介な祝福を持つ者同士のセルシオとも友達になっていたし、自信が付いてきたこともあったからだろう。


 結婚や出産のお祝い、返事が遅くなったお詫び、元気にしていることだけしか書けなかったが、2人からはすぐに返事が来た。殊の外喜んでくれたらしく、それが手紙から伝わってきて、アルグレックの心に温かなものが流れた。それまるで、凍っていたものが融け出していくかのような。


 そのあとからは手紙のやり取りが続いた。騎士団に受かったことを2人に報告すれば、お祝いの品が山のように届いた。


 時折り、様子を伺うようにして母親のことがちらりと書かれている。ほとんど正気に戻ったらしいが、文脈から読み取るに、アルグレックのことはあまり覚えていないようだ。


 胸は痛むけれど、どうしようもないことだ。自分には何もできない。


 一番気掛かりだった母親は穏やかに過ごしているようだし、信頼できる友達にも出会えた。残りの家族のことは触れられていないということは許されていないのだろうが、長兄と長姉とは連絡を取り合えるようになった。


 充分だろう。


 たとえ、誰とも目を合わせられなくても。


 もう目を見て話さないことには慣れた。任務や命令以外では、むしろそうしないと怖くなってしまった。


 自分は一生、色眼鏡をかけて生きていかなきゃいけないのだろう。魅了なんか気にせず、ただ目を見て話したい。

ただそれだけなのにと思っていた願いは、もう叶えることは不可能だと思っていた。



 そう諦めていたのに。




 アルグレックは黙って見つめているワインレッドの瞳を見つめ返した。


 なるべく暗くなる話は避けて、辺境伯との関係だけを淡々と話すつもりだったのに、いつの間にかすっかり色々と話をしてしまった。真剣に聞いてくれていることに甘えて、つい調子に乗ってしまったようだ。


 あちこち話が飛んで、時系列だって滅茶苦茶だっただろうに、彼女はただ黙って聞いていた。


 たまに彼女の眉間に皺が寄って、それも嬉しかった。彼女が、まるで自分のことのように憤りを感じてくれていることが。


 その瞳を見つめながら、アルグレックは自然と笑みが零れた。その様子にフィリアは不思議そうな顔をしている。


 彼女は知らないだろう。本当は今にも泣き出してしまいたいくらい、この状況が嬉しくて仕方ないことなんて。


 不意に込み上げてきたものを誤魔化すように、ゆっくり手を伸ばした。



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