43.餃子日和
いつものように城門に待っていたアルグレックに言われ、特隊の執務室へと向かう。また遠征の同行なら快諾するのにななんて、あとから考えればとても呑気なことを考えていた。
明後日には料理を教えてもらうことになっている。
何を作ろうかと、思い付くままに料理名を出し合いながら歩く。できればまだ簡単なものがいい。
ノックをして執務室に入れば、やたらガタイがよく身成のいい男がいた。隣りにいたアルグレックが顔を思いっ切り引き攣らせたので、どうも知り合いらしい。しかも多分厄介な感じの。
「君がフィリア嬢かな?」
「そうですけど」
「ベルトラン・エスカランテだ。君に会ってみたくてな! よろしく」
「はあ」
エスカランテ……どこかで聞いたことがある気がする。
年齢は副隊長より少し上の40歳くらいだろうか。黒々とした短めの髪と、鋭そうな金色の瞳。威厳というか風格というか、とにかく強そうなオーラがすごい。
騎士のローブに金色の刺繍。隊長たちは銀色なので、それよりも上の立場だろう。騎士の階級には詳しくないが、思い浮かぶのは騎士団長とか……いやいやそんな人物がわざわざ魔消しなんかに会いにくるだろうか。
「アルグレックも久しぶりだな」
「……ご無沙汰しております。エスカランテ辺境伯」
「親戚なのにつれないねぇ。それに今日は騎士団長として来たんだよ」
「…………は?」
最早どこから突っ込んでいいか分からない。
辺境伯? 親戚? 騎士団長? は? え? 何?
口を開けたままアルグレックを見れば、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。隊長たちは苦笑いをし、大柄の男はニヤリと悪戯が成功したとでも言いたげな表情だ。
「フィリア嬢……いや、特隊のメンバーなら部下だからフィリアだな。人攫いの犯人確保に貢献したこと、感謝する」
「いえ……」
「そこでだ。お礼に夕食に招待したい」
「いえ、」
「アルグレック、ついでにお前も来い」
「はい!?」
「じゃ、日程はその内連絡しよう。邪魔したな」
爽やかで胡散臭い笑顔を見せて、颯爽と部屋を出ていく騎士団長と言われた男。
初めてギルド前で待ち伏せしていた時のアルグレックを思い出し、人の話を聞かないところに血の繋がりを感じるなと密かに思った。
「……どれから聞くべき?」
ぽつりと零したフィリアの言葉を、隊長たちは曖昧な笑顔でアルグレックを見た。3人の視線が集まった男は、大きな溜息と共に肩を落としている。今は返事をもらえなさそうだ。
「とりあえず……さっきの話、断ることはできるんですか」
「はは、面白い冗談だ」
ちっとも面白いと思っていない声の隊長。冗談のつもりはないのに、と思わず嫌な顔をしながら、額に手を当てている男を見た。
彼はどうして嫌そうなのだろう。騎士団長直々に声を掛けてもらえるのは、騎士にとっていいことではないのだろうか。
彼について何も知らないことに、フィリアは初めて気が付いた。
結局、料理を教えてくれる日に説明すると彼は言い、この日はそのまま解散した。立会人の副隊長も何も教えてくれなかった。
約束の日、フィリアは朝から適当に家事を済ませると、椅子を一脚中庭へと持ち出した。
アルグレックが来る前に髪でも切ってしまおう。思い着くままに、冒険者の時に使っているナイフを取りに行った。
大雑把に半分くらいの髪を握ると、手の上ぎりぎりにナイフの刃を当てた。
その瞬間、右手を強く掴まれた。
「フィリア!! 何してるんだよ!!」
「うわっ! びっくりした。ああ、おはよう」
「…………は?」
「え、どっから来たの」
「どこって、上から……いや、え?」
「え?」
右手を掴まれたまま、2人揃って瞬きを繰り返す。先に口を開いたのはアルグレックだった。
「えーっと、フィリアは何してたの?」
「髪切ろうとしてた」
「へ? 髪? えっ、自分で?」
「うん。ああ、もしかして……」
「ごめん」
掴まれていた腕がゆっくり離される。赤くなった腕を見て、アルグレックは何度も、最初よりも語気を強めて謝った。
フィリアは苦笑した。おそらく彼は、首にナイフを当てたように見えたのだろう。けれどフィリアが驚いたのはそこではなかった。
「なあ、上から来たって言った?」
「呼び鈴鳴らしたけど反応ないから、ぐるっと家の周りまわってみたら、その、窓からフィリアが見えて……慌てて……」
「いや、そうじゃなくて。中庭の上、結界張ってあるはずなんだけど」
「えっ!?」
少し前にミオーナに設置してもらったばかりだ。
見てきてもいいかと聞かれ頷くと、アルグレックはすぐさま屋根へと飛び上がった。すごい。あれもきっと強化魔法とかいうものなのだろう。
フィリアはもう髪を切る気分ではなくなり、椅子を片付けた。
ようやく戻ってきたアルグレックは、まだ勘違いしたことを引きずっているらしい。眉が下がりっぱなしだ。
「お待たせ。ちょっとうまく噛み合ってなかったみたいだから直してきた」
「ありがと。アルグレックも描けるのか」
「魔法陣? 結構得意なんだよ。俺に言ってくれればよかったのに。あれ、誰が描いたの?」
「ヘラルド隊員。副隊長の思い付きで描いてもらった」
「そっか……」
唇を尖らせていたアルグレックは、「よし」と呟くといつもの笑顔に戻った。
「そうそう、上手いねフィリア」
「コツが分かってきた」
餡を皮で包んでいく。今はアルグレック提案の餃子を作っている最中だ。
最初は包み方が分からなかったフィリアだが、10個もすると歪ながら形になってきた。たまに上手くできたりするのがちょっと楽しい。
2人で食べるとは思えない程の量を作る。これも冷凍しておけるので、いつでも餃子が食べられると思うとかなり嬉しい。セルシオ直伝だというレシピは、皮作りは少し面倒だったが餡作りは簡単だった。余った野菜を適当に入れてもいいのが有り難い。
熱したフライパンに油を引き、適当に餃子を並べる。お湯を入れる時は少し緊張したが、なんとかうまくいったようだ。
「うわ、美味そう! 熱いうちに食べよう」
「うん」
椅子に座るや否や、2人はすぐに餃子に手を伸ばした。じゅわりと溢れ出す肉汁で火傷しそうになりつつも、まるで競争するかのようにもう一つ、もう一つと口へ運んでいく。
あっという間に空になった皿を見て、2人は笑った。
「すっごく美味い! ビール開けるのすら忘れてた」
「うん。飲んでていいよ。ひとりで焼いてみたい」
「それなら俺はこっち温めとくよ。次は一緒に食べよう」
少し焼きすぎたが許容範囲内だろう。アルグレックが持ってきてくれた唐揚げと、朝の内に準備しておいた千切っただけのサラダを並べ、今度こそグラスを合わせた。
唐揚げはもちろん美味しかったが、フィリアは自分でこんなに美味しい餃子が作れるとは思わなかった。いや、もしかしたら自分で作ったからそう感じるのかもしれない。軽く感動さえしている。
「フィリア上手になったよね」
「セルシオのレシピとあんたの教え方のおかげ」
「そう言ってもらえると張り切っちゃうけど? 次は何作る?」
「気が早すぎるだろ」
フィリアは笑った。
したいことを一緒にしよう、と彼は言ってくれた。そして現に実行してくれている。
フィリアは知らなかった。したいことを考えることがこんなにワクワクすることだと。したいことをするのがこんなに楽しいことだと。
次はと言われて、早いと言いつつ何がいいだろうと考える。それだけで心が弾むなんて。
たらふく食べて片付けたあと、イデルにもらったコーヒーを入れる。これが最後の粉だ。できたらまた買いに行きたい。
ソファでコーヒーを一口飲むと息が漏れた。とても満ちた気分に、フィリアは目を細めた。斜め横のソファで同じように息をついていた男と目が合う。アルグレックはにこりと笑って口を開いた。
「辺境伯のこと、話す約束だったよね」
「まあ……」
今日の昼前に家に来てからというもの、一向にその気配がなかった。だからといってこちらから切り出すこともできないフィリアは、なるべく気にしないでいようと自分に言い聞かせていた。
言いたくないことなら、自分にだってある。
「話したくないなら、別に無理しなくていい」
「……ありがとう。でもフィリアにはちゃんと話したい。長くなるかもしれないけど、聞いてくれる?」
それならばとフィリアが首を縦に振れば、アルグレックは嬉しそうに頷いた。




