42.もうひとつの燈火祭
アルグレック視点です。
「それで? 今日はどういう作戦だ?」
「作戦て。別にないけど」
「えぇ〜、つまんねぇな」
朝からセルシオと燈火祭の場所取りをしながら、アルグレックは今日のことを考えていた。
何をしたらフィリアは楽しんでくれるだろうか。
楽しいことをたくさん一緒にしたい。それは本音だ。
彼女のためだけではなく、自分のためでもある。彼女といるのが楽しいし、笑顔になって欲しいし、その笑顔を自分が一番近くで、一番たくさん見たいと思う。
それに、二度とあんなことを言ってほしくない。
「もう」なんて、死んでも構わないなんて考えてほしくない。
あんな辛い思いも、もう二度としたくない。
「しかしなぁ、お前の告白をスルーする女の子がいるとは。しかも2回も」
「そもそも告白するつもりもなかったけどね……」
「そらならまあ、良かった……のか?」
そう、良かったのかもしれない。
ほんの少しも異性として意識してもらえていない今、伝わったところで気不味くなるだけなのは分かりきっている。最悪、友達でもいられなくなるのだから。
無事にいい場所も取れ、はやる気持ちのままフィリアの家に行って固まった。
カウンターから顔をひょこっと覗かせただけでもきゅんとしたのに、髪が結われているだなんて。その上、服には自分の瞳と同じ色の刺繍。
熱が顔に集まるのは、仕方のないことだと思う。言葉が何も浮かばない。
「お~フィリアちゃん。髪結ったのか。よく似合ってる」
「ミオーナがした。で、コーヒー飲む?」
今日の食料調達、ひとつくらいはミオーナの好物を買おうと決めたアルグレックだった。
「……フィリア」
「何?」
「あの……その髪型、よく似合ってて……か、可愛いと思う」
「それはどうも」
振り絞った勇気はフィリアにきちんと伝わることなく、どうでもよさそうな声が返ってくる。
いいんだ。彼女はそういう人だと分かっている。それでも言いたかったのは自分なんだから――
「ふふ」
「フィリア?」
「いや、もしアルグレックやセルシオが髪を結ったらって想像して」
急に笑ったフィリアにどきりとしながら尋ねると、全く有り難くない想像をしていたらしい。
カップを受け取りにきたミオーナとセルシオが面白がっているのが分かる。
「ポニーテールとか?」
「おさげ姿とか?」
「はは! アルグレックは似合いそうで怖いな」
「いや俺も似合わないから!」
くしゃりと笑ったフィリア。この笑顔をまた見られたのは嬉しいが、内容が嬉しくない。いや、やっぱりそれでも嬉しい。
顔を見合わせて驚いている2人に、アルグレックは少しだけ優越感を覚えた。
「フィリア、あそこにアイスの露店あるけど食べない?」
「食べる」
セルシオたちが気を遣ってくれたように見せかけて、単に面白がっているだけなのは分かっているが、ともかくフィリアと2人で露店を見て回れることになった。
人の多さを言い訳にして手でも繋げればと思っていたが、結局最後まで勇気は出なかった。
編み込まれて纏められた亜麻色の髪。いつもは見えない首筋やうなじにドキドキする。口当てをしていて良かった。赤い顔もにやけてしまう口元も、全て隠せるから。
いつもは即決するフィリアが、真剣にどのアイスにしようか悩んでいる姿も可愛い。
2つの味のアイスを分けることに決めて、それぞれアイスを受け取ると、人の流れが少ない場所へと移動する。フィリアは早速スプーンでアイスを半分に切り分けると、そのまま差し出した。
これは、もしかして、もしかするのだろうか。
「……え? い、い、いいの?」
「? うん。あ」
意を決して一口で食べれば、フィリアは一瞬きょとんとしたが、すぐに大笑いに変わった。
これは、もしかして、もしかしなかったらしい。
思った以上に大きかったアイスが、口の中の温度をどんどん奪っていく。反対に顔には熱が集まっていった。
「ふふ……ふふふ……」
「……っ、フィリア笑いすぎ!」
「無理……ああ、おかしい……あはは!」
「……そんなに笑うなら俺のアイスあげないから」
「え、それは嫌だ」
どうにか飲み込んで、恥ずかしさから抗議する。
彼女は同情したのか、もう一口分皿に入れてくれた。優しい。
口を大きく開けて笑う彼女。急に真顔に戻る彼女も。蕩けるような顔でアイスを食べる姿も。
色んな意味でドキドキが収まらないアルグレックは、美味しいはずのアイスの味がよく分からなかった。
「ほらフィリア、あそこ」
「わ……」
「もう少し近くに行ってみよう」
「うん」
夕焼けの中、湖を見つめるフィリアの横顔を眺める。
この景色を見て、彼女は何を思っているのだろう。
もう行こうと言いつつ振り返る彼女に、アルグレックは喉を鳴らした。
「気に入った?」
「うん」
「来年も見たい。フィリアと一緒に」
「……うん。私も来たい」
勇気を出して言った言葉に、笑みを深めて同意したフィリア。
ああもう、彼女は何度落とせば気が済むのだろう。
確保した場所に着くなり、セルシオに肩を組まれて「どうだった?」と小声で聞かれる。ただ楽しかったとだけ言えば、ふぅんと意味ありげな視線を送られた。
乾杯と共に賑やかな宴会が始まる。フィリアもよく食べよく飲んでいるのを見て、アルグレックは安堵した。顔を見れば楽しんでいるのが分かる。
出来上がりつつある2人の提案で、メインイベントの氷船流しへと向かえば、フィリアも少し悩んでから紙に何か書いていた。
船を浮かべて移動してからも、彼女真っ暗な湖の上で無数に浮かぶ氷船をじっと見つめている。
「船が溶けたり沈んだりする前に紙が燃え尽きると、願いが叶うんだって」
「へえ」
「フィリアの願い事も叶うといいね」
「うん…………あんたのも」
嬉しさで目を細めれば、彼女が照れくさそうな顔をした。それがまた嬉しかった。
「ね! ちょっとゲームの屋台にも行きましょうよ」
「おっ、いいぜ。あそこで勝負するか!」
始まってしまった2人の勝負に、金が勿体ないと言いつつ真面目に見ていたフィリアだったが、段々呆れた顔に変わった。
その気持ちはよく分かる。そろそろ離脱しようと言いかけた時、フィリアが先に口を開いた。
「アルグレックは参加しないの」
「あの2人に混じるのは無理。ああなると、いつもは先に帰ってる」
「混じらずにすれば?」
「いや、でも、それじゃあフィリアは楽しくないだろ?」
「なんで? あー……1回くらいなら、付き合うよ」
アルグレックは自分の耳を疑った。
まさか。娯楽に金を使うなんて、フィリアはしなさそうだと思っていたのに。
「え!? いいの!?」
「……できるかは分かんないけど」
驚きつつも、彼女の気が変わる前にと急ぐ。目的の露店はすぐに見つかった。
「あれ! あれがしてみたいんだけど、いい?」
「何あれ?」
「的当てだよ。あ、ほら、誰かするみたい。見てて」
フィリアは真剣に他の客の様子を見ている。アルグレックは小さく笑みを零した。
ずっとしてみたいと思っていたのは事実だ。それも、できれば好きな人と。
「どう? できそう?」
「うん」
意外にもぬいぐるみがほしいと言ったフィリアに、アルグレックは絶対に取って彼女にあげたいと思った。
それなのに力みすぎて2回も外すなんて。
「あ〜悔しい! もう1回していい?」
「……私も、する」
「よし! おじさん! もう1回!」
同じように悔しさを全面に出していたフィリアと、すぐさま再挑戦する。勝負だということなんか、2人の頭からはすっぽりと抜け、ただただムキになって楽しんだ。
半ば押し付けられるようにして、もらった羊のぬいぐるみ2体。結構リアルで不気味な表情なのだが、フィリアがいいというなら愛着が湧くから不思議だ。
だって、お揃いのぬいぐるみとか!! 明日もし槍が降っても、今なら許せる。
「気に入った?」
「うん。美味い肉食べてる夢見れそう」
「え、可愛いとかじゃなくて?」
「可愛いか?」
「よく見たら可愛い気がしないでも……」
そんな「趣味悪いな」みたいな目で見られても平気。まったく気にならない。
彼女がぬいぐるみをぎゅっと抱くのを見られただけでも満足だ。ああもう可愛い。
陣取った場所に戻って再度乾杯する。身体に染み渡るビールが一段と美味く感じた。
ちらりとフィリアに視線をやれば、彼女はまた湖を見ている。
燈火祭が気に入ってくれたことは明白だった。これまでで一番たくさんの笑顔が見られたのだから。彼女の穏やかな視線を追って、アルグレックも湖を見つめた。
俺が書いた紙は、ちゃんと先に燃えただろか。
『フィリアとずっと一緒にいられますように』
その願いが叶うといいなと思った。




