41.燈火祭3
「あぁ暑かった!」
確保した場所に着くなりフードと口当てを取ったアルグレックは、見事に汗だくだった。なるほど、だから普段は被ったままにしないのかとフィリアは密かに納得した。
以前彼が言っていた通り、周りにあまり陣取ってる人は多くなかった。湖から少し離れた場所で、緩やかな傾斜と樹々があるせいだろう。けれどセルシオがいい場所だと胸を張るのも納得するほど、絶妙に視界が開けており、湖の様子がよく見えた。
「屋台どうだった?」
「色々美味かった」
「何が美味しかった?」
買ってきたものを並べながら、ミオーナとお互いに回ってきた露店の話をする。男2人は肩を組んでコソコソと話しているが、いつものことなのでもちろん放置だ。
ミオーナたちが買ってきたらしい酒瓶が何本も氷水に入れられている。
これ全部飲む気か。
「少し飲んで食べたら、私たちも船浮かべに行きましょ」
「じゃあとりあえず乾杯しようぜ」
それぞれ選んだ酒瓶を開けて合わせると、軽やかな音が響く。よく冷えたビールが身体に染み渡って、いつもより美味しく感じる。
アルグレックと買ってきたものはいたってシンプルな料理が多かった。ソーセージやフライ、炒めた麺に肉の塊。フィリアの気に入っている餃子もある。
ただ外で食べているだけなのに食が進む不思議。こんなにいるのかと疑問だったのに、あっという間に消えていく。
「なあ、そろそろ腹ごなしに船浮かべに行こうぜ」
「いいわね! 何書こうかしら」
「ほら、フィリアも行こう。……あの2人が酔い潰れる前に」
「そこ! 何コソコソ話してんの!」
出来上がりつつあるミオーナとセルシオに視線をやって、手遅れじゃないかとアルグレックを見れば苦笑された。
結界が張られたのを見てから湖を目指す。夕方よりも確実に人の数も氷船の数も増えていた。
ノリの軽そうな男が道行く人々に声を掛けながら、願い事を書く紙を配っている。
「お兄さんもどうぞ~! おっ、可愛いお姉さん方! ぜひ俺からのラブレターを受け取ってほしいっす!」
「ははっ! ラブレターだってよ」
「白紙じゃない。ふふ、しょうがないから貰ってあげるわ」
ひょうきんな男から紙を受け取るなりすぐに書き出した3人を見て、フィリアは焦った。
何も浮かばない。
欲しいもの……金か? 今は特に困っていない。
健康とか? 別にどこも悪いところはない。
魔法が使えるようになりたい、とか? 願っただけで叶うなら苦労してない。
そもそも誰に願うのだろう。神か? 信じてないのに?
「あれ~? お姉さん浮かばないんすか?」
「……え、まあ」
「願い事なんだから何でもいいんすよ! 家族のことでも恋人のことでも友達のことでも! なんなら全部書いても!」
「……」
「恋人が欲しいとかなら俺なんかどうっすか? お買い得っすよ!」
「それはいらない」
「つれねー!」
友達のこと、か。
すぐに浮かんだ願い事を、フィリアは彼らに見つからないようにこっそりと紙に書いた。
恥ずかしさから走り書きのようになってしまった文字。それを何度も何度も折りたたみながら、急いで3人に合流した。
アルグレックが全員分の氷の船を作る。
知らなかったが水と雷の属性があるそうだ。属性2つに祝福まであるなんてと驚いたが、ここでは珍しくないらしく、辺境伯は属性4つの祝福持ちという強者だというから驚愕した。さすが国境地、騎士のレベルが高いようだ。
願い事を書いた紙にミオーナが火を点けると、セルシオの掛け声で一斉に手を離した。
ゆっくり進んでいく氷船をじっと見つめる。次から次へとやってくる人々に、順を譲るように移動すれば、すぐにどれが自分の氷船か分からなくなった。
離れた場所から、ぼんやりと湖全体を見渡す。小さな火を乗せた氷船が、真っ暗な湖の上で無数に揺らめいている。
「船が溶けたり沈んだりする前に紙が燃え尽きると、願いが叶うんだって」
「へえ」
「フィリアの願い事も叶うといいね」
「うん…………あんたのも」
顔をまた隠しているアルグレックだが、なんとなく嬉しそうに笑っている気がする。フィリアは少しくすぐったい気持ちになって、視線を湖から離せなかった。
「ね! ちょっとゲームの屋台にも行きましょうよ」
「おっ、いいぜ。あそこで勝負するか!」
さすが騎士。ここでも勝負は好きを発揮するらしい。
ゲームにお金を落とす気にならないフィリアだったが、黙って彼らについていった。見るだけならタダだ。
「あ~あ、始まった」
「何が」
「あの2人のゲーム。制覇するまで続くから」
「は?」
「適当に放置していいよ。途中で気になった屋台があったらそっちに行こう。な?」
アルグレックの言う通り、2人は片っ端からゲームの屋台で勝負を始めた。最初はセルシオが勝ち、その次はミオーナ逃げ切り、その次は……
5つ目過ぎたあたりから、フィリアは真面目に見るのをやめた。ただでさえ暑い夏の夜が、2人の熱気でより暑苦しくなった。アルグレックはそんな2人を苦笑しながら見ている。
「アルグレックは参加しないの」
「あの2人に混じるのは無理。ああなると、いつもは先に帰ってる」
「混じらずにすれば?」
顔はよく見えないが、きょとんとしたような男に、フィリアは首を傾げた。あの2人の勝負には入りたくないが、やってみたいゲームがあるように聞こえたのだけれど。
「いや、でも、それじゃあフィリアは楽しくないだろ?」
「なんで? あー……1回くらいなら、付き合うよ」
「え!? いいの!?」
「……できるかは、分かんないけど」
自然と出た言葉に、アルグレック以上に自分で驚いた。ゲームに金を使うなんて金の無駄だと思ったし、なんなら今でも思うけれど、それでもいいかと思ってしまう。
目の前の友達が嬉しそうにしているなら、まぁいいか、と。
「あれ! あれがしてみたいんだけど、いい?」
「何あれ?」
「的当てだよ。あ、ほら、誰かするみたい。見てて」
屋台にはぬいぐるみやらおもちゃが所狭しと飾られており、その隙間にいくつもの的があった。とても小さいものから大きいものまであり、よく見ると数字が書かれている。
子供がおもちゃを指さしてはしゃいでいる。その父親が金を払うと小さな氷のボールを5つ受け取り、的に向かって投げた。どうやら合計点数で景品が決まるらしく、小さな的の方が高得点のようだ。
その父親は3回小さな的に当て、誇らしげな顔で子供におもちゃを渡していた。
「どう? できそう?」
「うん」
「この中なら、景品どれがいい?」
飾られた景品を見る。どの景品も子供向けのものだ。食べ物や飲み物があればいいのに。
「う~ん……あの羊かな」
「え、ぬいぐるみ? 意外」
「抱きまくらに良さそうだし」
「よし!」
「アルグレックはどれ狙うの」
「同じので!」
「じゃあやろう」
同じものなら分かりやすい。
お金を払うと、一口大の氷が5つ渡された。先にアルグレックが投げ、小さな的に上手く当てた。次はフィリアが狙いを定めて慎重に投げようとしたが、握りすぎて溶け、滑り落としてしまった。
アルグレックは次の小さな的には当たらなかった。フィリアも溶けて滑る前にと焦って投げて外した。
思っていたよりも難しい。
2人でムキになって投げたが、結局アルグレックは3回当てて、フィリアは最後に1回当たっただけだった。
悔しい。景品すら貰えないなんて。
「あ〜悔しい! もう1回していい?」
「……私も、する」
「よし! おじさん! もう1回! 景品はあとで纏めて選ぶんで!」
今度はアルグレックは4回当てた。フィリアは3回当てたが中くらいの的だったため、希望の景品には点数が足りなかった。
「おめでとう、お兄ちゃん。どれがいいんだい?」
「フィリア、ほんとにあの羊でいいの?」
「いや、あんたのだろ」
「え、君たちあの羊のぬいぐるみ狙い? じゃあ4回分合わせて2体あげよう」
「いいんですか?」
「いいのいいの。顔が怖いって、子供には不人気すぎて困ってたから」
半ば押し付けられるようにして、羊のぬいぐるみを受け取った。結構リアルな出来で無表情だからか、言われてみれば少し不気味だ。
「気に入った?」
「うん。美味い肉食べてる夢見れそう」
「え、可愛いとかじゃなくて?」
「可愛いか?」
「よく見たら可愛い気がしないでも……」
抱き心地はいいけれど。
ぬいぐるみとアルグレックを交互に見た。
揃ってぬいぐるみを抱えながら、陣取った場所へと向かう。
よっぽどゲームができたことが嬉しかったのだろう、上機嫌のアルグレックと再度乾杯して、酒瓶に口を付けた。まだよく冷えていて美味しい。
湖を見れば、氷船はまだまだ増えているようだった。たくさんの火が浮かんでは消えていく。
私が書いた紙は、ちゃんと先に燃えただろか。
『彼らと長く一緒にいられますように』
その願いが叶うといいなと思った。




