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36.過去2

 10歳になってすぐ、冒険者に登録した。15歳までは身元保証人が必要だったし、必要書類もひとりでは揃えられず、渋る神父に何度も何度もお願いしてなんとか許してもらえた。


 書類を提出した際に、ちらりと見えた「孤児」という単語。フィリアは心の痛みに蓋をした。


 冒険者に登録してからは、神父との約束通り、危なくない薬草採取の依頼ばかり受け、修道院での仕事もきちんとこなした。家事も雑用も問題ない。時間もたっぷりある。


 あの日から、フィリアは用事がない時は外に出なくなった。


 冒険者で稼げるのはごく僅か。その僅かな稼ぎは全て神父に渡していた。壊した魔石代や修道院の修繕費、それに神父の治療費に使って欲しいと。


 日に日に貧相になっていく食事に、周期の短くなっている神父の不調。あの時子供たちに魔消しだと話したことにより、教会への寄付が減ったと知ったのは随分経ってからだった。


 それでも神父は一度もフィリアを責めなかった。毎日の懺悔の時間に「前世の罪を現世で償うのです」と言われるのだけは嫌いだったが、それ以外はとてもよくしてくれたと思う。

 いつも懺悔なんかしていないのがバレていたのだろう。心の中でいつも舌を出して、早く終われと思っていたから。


「知識は武器にも防具にもなる」と、神父は普段は無口なのにたくさんの本を読んでくれた。修道院には古い本しかなく、フィリアにとっては全く面白いと思えないものばかりだったが、それでも良かった。


 自分に本を読んでくれる。そのことがただ嬉しかった。


 ある程度大きくなってからは自分で読むようになったが、一緒に並んで読書をする時間も好きだった。


 冒険者になりたかったのは、いつかの為の準備でもあった。神父は最初に会った時からいつどうなってもおかしくない程の高齢で、万が一のことを考えて冒険者に登録したのだ。身分証さえあれば、ひとりになっても何とかなる。



 そして17歳になった年の冬、神父が亡くなった。


 朝いつものように起きて来ない神父に声を掛けて、もう息をしていないことに気付いた。

 フィリアは泣かなかった。

「とうとうこの日が来たか」と、悲しみと寂しさに埋もれながら、生前の神父に指示されていた通りに動いた。


 色々と指示を出していたのはフィリアだけではなかったらしく、驚くほどスムーズに全てが終わった。修道院は借金の担保になっていた為取り壊しが決まっており、フィリアは街を出ようとギルドへ向かった。神父がいないのならば、この街に留まる理由はない。


 ギリギリ歩いてでも行けそうな隣の領地のデルリにしようと決めたのは、本当に適当だった。冒険者カードを渡した時は嫌な顔をされたが、手続き自体はすぐに終わった。献花代と少しの生活費だけ持っておいて、あとは預けてしまおうと金庫に寄って、フィリアは驚いた。


 お金が入っている。


 決して多くはないが少なくもない金額。フィリアはすぐに理由が分かった。修道院を担保にした借金があった理由も。いくら稼いでも食事の量が増えなかった理由も。


 神父の顔を思い出す。

 笑った顔を一度も見たことがなかった。眉間も頬も皺だらけで、言葉も少なく、何を考えているか分からない人だった。


 あの日から一度も泣かなかったのに。フィリアは人目を憚らず、静かに涙を流した。



 冒険者になってすぐは、生きていくだけで精一杯だった。飢えに疲労に、慣れない野宿。倒れるようにデルリに着くと、今度は宿が見つからない。どこへ行っても魔消しと分かると拒否される。仕方なく野宿をすれば、荷物や身の危険に晒される。


 ソロになって初めて、神父がひとりで外に出してくれない理由を理解した。


 それでもがむしゃらに動いた。必死に動いていれば、何も考えずに済む。寂しさなんて感じずに済む。

 そうやってひとりきりで生きていく覚悟を固めているつもりだったのに。愚かなことに何度も何度も望んでは絶望した。



 友達じゃなくてもいい。知り合いでも顔見知りでも何でもいい。ただ()()()接してくれる人が欲しかっただけなのに。


 ソロで移動していると声を掛けてもらえることは多かった。最初は親切顔で近付いて、魔消しと分かると掌を返す。露骨に嫌な顔をするか、利用しようと企むか、大体どちらか。


 結局最後はいつも悲嘆に暮れる。

 私はやっぱりひとりで生きて、ひとりで死ぬのだろうか、と。



 そう思っていたのに。


 彼に出会って、彼らに出会って、全てが変わったように思う。



『フィリアは持たざる者じゃないだろ。魔消しっていう()()を持ってる。信じてくれないかもしれないけど、俺は本当に感謝してるんだよ。ありがとう、フィリア』



 未だに信じられない時がある。


 こんな魔消し(わたし)を、友達だと言ってくれること。うちの隊員だと言ってくれること。

 ただの、普通の人間のように接してくれること。


 全て彼が、彼らがくれた。

 彼らがいなければ、きっとまだひとりで全部諦めたつもりになって、勝手に傷付いていただろう。


 誰かと軽口を叩ける楽しさも。誰かと賑やかな食事をする喜びも。役に立てるという嬉しさも。それらを失う怖さも。全部知らなかった。全部知ってしまった。


 もう確実に、前には戻れなくなっている。

 だから彼らの役に立って死ぬのなら構わなかった。彼らに冷たい視線を送られるくらいなら、いらないと言われるくらいなら、役立っているまま死ぬ方が何倍もいい。


 もう彼らに嫌われることの方が、よっぽど怖い。


 どうしたら彼らに相応しくいられるだろう。どうしたら嫌われずに済むだろう。どうしたらずっとあの笑顔を向けて、名前を呼んでくれるだろう。


 どうしたら、離れないでいてくれる?





「フィリア……? フィリア!」



 聞き慣れた声と、温かさを感じる左手。

 目を見て話してくれるのが嬉しかったのは、私の方だ。

 この手を離されるのも怖くて、掴んだままいるのも怖い。そのまま縋り付いてしまいそうで。

 それなのに離したくない。本当に呆れるほどに我儘だ。矛盾していることも分かっているのに、どうしようもない。



 もう一度だけ、望んでもいいだろうか。

 彼らの傍にいたい。彼らに傍にいてほしいと。




10月に資格の試験があるので、9月から金曜日7時のみの更新になります。

次話は9/3です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 試験の準備大変でしょう。 お待ちしておりますのでご無理なさらないでくださいね。
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