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35.過去1

結構暗い話です。ご注意ください。

 元家族の顔は、もう憶えていない。


 夢に出てきてもいつも薄ぼんやりとしていて、顔はおろか髪や瞳の色さえ分からない。思い出したいとも思わないけれど。


 5歳の時の魔力検査の日のことは、今でもよく夢で見る。

 誰の顔も覚えていないのに、あの時のことだけははっきりと憶えている。


 一番古い記憶。一番忘れたくて、一番忘れられない記憶。



 ふわふわした可愛らしい白のドレスが着られて嬉しかったこと。

 初めて入った神殿が大きくて綺麗で、これから始まることにドキドキしていたこと。

 属性は何だろう。量は多ければ多いほど嬉しい。


 自分の番になるまであと何人、あと何人、と何度も数える。時々家族の方へと視線をやれば、手を振り返してくれる。

 正装した神官が近付くにつれて、緊張と興奮が高まっていった。



 もうすぐ、魔法を使えるようになるんだ!



 前に進むたびにどんどん高鳴る気持ち。そしてとうとう自分の番が回ってきた。


 神官に水晶玉に手をかざすよう言われ、しっとりと汗をかいた手をゆっくり近付ける。魔法を纏ってきらきらと虹色に輝く水晶玉は、何色に変わるだろうか。できれば白色か黄色がいい。それはただ光か雷が格好いいという単純な理由だった。

 緊張で息を止めながら水晶玉に手をかざす。


 その瞬間、水晶玉の輝きが消えた。

 魔法が消えて、未来の光が消えた。



「これは……魔消しの……!」



 神官の動揺した声。どよめきはすぐに神殿全てに広がった。

 何が起こったのか分からないフィリアは、水晶玉と神官、そして家族へと助けを求める視線を送った。


「魔消しだと……!?」

「いやだわ、大罪人の生まれ変わりが……」

「すぐにつまみ出せ! 神に見放された奴がいていい場所じゃない!」

「良かったわ。うちの子じゃなくて……」

「汚らわしい。悪魔だ!」


 口々に言う言葉が自分に向けたものだなんて、信じられなかった。信じたくなかった。

 足が凍ってしまったかのように動かない。

 大人たちの視線が怖い。こんなに冷たい視線を感じたことは、今まで一度だってなかった。


 何より、家族が誰も目を合わせてくれないことが、怖かった。




 それからどうしたのか、気が付けば家にいた。

 大喧嘩する両親。フィリアから逃げるように走り去った兄。誰ひとりとしてフィリアに声を掛けるどころか近付きもしない。

 重たい足を引き摺って、自室のベッドに倒れこむ。


 魔消し? 私が、魔消し?


 絵本に出てくる魔消しは、いつだって悪者だった。

 悪さをして神様にさえ嫌われた、魔消し。償えない程の罪を犯した者の生まれ変わり。


 それが私?


 フィリアは泣いた。訳が分からず、ただ泣いた。

 これからのこと。自分のこと。家族のこと。すべてが怖くて、ただ泣くことしかできなかった。




 その3日後、フィリアはひとり粗末な馬車に乗せられて、あの修道院に置き去りにされた。

 あの日以来、家族の誰とも会うことなく。




 数日締め切られた馬車に乗っていたため、ここがどこか皆目見当もつかない。

 立ち尽くすフィリアに、草臥れた老人が声を掛けてきた。御者に押し付けられた手紙を持っている。


「……君がフィリアだね? 来なさい」

「あ、あの、私の名前は」

「今日から君の名前は、ただの『フィリア』になった。元の名前をもう名乗ってはいけない。いいね」


 有無を言わせない老人の言葉に、フィリアは委縮して何も言えなかった。またあの時のような冷たい視線で見られたら。震えながら、その老人についていくことにした。


 修道院とは名ばかりの、古くて小さな教会があるだけの粗末なところだった。後に聞いた話では、修繕の度に少しずつ土地や建物を切り売りした結果だということだった。



 神父に「フィリア」と呼ばれることを受け入れるまで半年かかった。何度も「違う」と心の中で否定したけれど、ついに心が折れた。


 両親から神父にあてた手紙を読んでしまったあの日に。



『除籍済のため、本名は捨てさせるように』



 最初は意味が分からなかった。5歳には難しい言葉で、神父に辞書の引き方を聞いて調べた時、目の前が真っ白になった。


 同時に「もしかしたらいつか両親が迎えに来てくれるかもしれない」という期待も消えた。



 それからのフィリアは、どんなに嫌なことでも黙って耐えるようになった。

 今までしたことのない家事や雑用にも泣き言ひとつ言わなくなった。身に覚えのない「前世の罪」を償う為という、意味の分からない懺悔の時間ですら。


 幼いながらも、ここを追い出されたらもう行くところがないと分かっていたから。



 修道院に来て1年が過ぎた頃、偶然近所の子供たちが敷地に入ってきた。

 全員フィリアと同年代で、無邪気な笑顔を見せている。久しぶりの神父以外との会話に緊張しながらも、フィリアは誘われるままお喋りに加わった。


 やれどこのお菓子が美味しいだの、やれどこのおじさんが怖いだの、子供らしい話題が続く。フィリアは自分の知らない外の世界の話に心が躍った。


 神父の言い付けにより、月に数回彼と一緒に図書館に行く以外この敷地から出ることがないからだ。

 数年後になって、それがフィリアを守るためだったと理解したが、当時はそれが辛かった。「やっぱり魔消し(わたし)は外に出せないような嫌われる存在なのか」と何度も夜中に泣いた。



「そういやお前、この前の魔力検査受けるって言ってなかった? 属性何だった?」


 突然の話題に、フィリアは身を硬くした。

 今まで楽しく話をしていたはずなのに、急に冷や水を浴びせられたような。フィリアはただ自分に話を振られないように祈ることしかできなかった。


「私、雷属性だったの!」

「いいなあ。俺は土属性だから羨ましい」

「土属性だっていいじゃない」

「雷とか火とか、そういうカッコいいのが良かったなあ」

「あなたは何だったの?」


 向けられた視線はどれも純粋な好奇心。

 ごくりと唾を飲み込むと、声が震えないように気を付けながら口を開いた。


「私は、魔法が消えちゃったから……その……」

「へ〜、そんなことあるんだな」

「ふうん。闇属性とは違うの?」

「そういやお前は何だったっけ?」

「私は水属性で……」


 すぐに興味が自分から離れたことにホッとした。そしてじわじわと、拒否されなかった喜びが胸に広がった。


 誰ひとり、魔消しであることを気に留めていない。前住んでいたところと違い、ここは田舎だ。こんなのんびりしたところなら、誰も魔消しなんか気にしないのではないか。



 それが儚い願いだと知ったのは、割とすぐだった。


 次の日にも来る約束だったのに、約束の時間になっても誰も来ない。


 フィリアは約束の日を聞き間違えただけだと自分に言い聞かせた。

 きっと「また明日」ではなく「また明後日」と言ったのだ、と。その次の日にも「また明々後日」と言ったのだ、と。

 その次の日には辛抱堪らず、初めて神父の許可なく敷地を飛び出した。


 明々後日の次の呼び方は知らない。もう、自分を誤魔化す単語が分からなかった。



 子供たちはすぐに見つかった。すぐ近くの空き地で遊んでいたからだ。彼らはフィリアを見るなり、揃って視線を逸らした。

 それだけでもう何となく理由は分かったのに、フィリアは聞かずにいられなかった。



「どうして。どうしてみんな来てくれなかったの? 私、待ってたのに」



 縋るように視線を送っても、誰もこちらを見ない。それどころか身を寄せるようにして離れていく。

 まるで、恐ろしいものでも見るかのように。


「魔法が消えたって、魔消しだからでしょ?」

「魔消しって悪い奴なんだろ?」

「ママが魔消しとは話しちゃダメって」

「あっち行けよ! 俺らまで神様に嫌われるだろ!」



 フィリアは走った。走って修道院に戻ると、そのまま部屋に籠って泣いた。

 その日神父は何も言わず、叱ることもなかった。



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