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34.気力

 結界だった目の前の壁が霧のように晴れた時、目に飛び込んできたのは血だらけのフィリアだった。

 そして血を吐きながら、挑発的に笑った。

 その華奢な身体が傾いていく様が、やけにゆっくり見えた。


「……っフィリア!!」

「お前まさか、魔消し……!?」

「ざまあみろ」


 逃げようとする3人を他の特隊が一斉に捕らえる。アルグレックは瞬きすることも忘れて、一直線にフィリアの元へと走った。


 身体を支えると、フィリアは全く力の入っていない腕で拒否しようとした。既に呼吸は短くて浅い。


「汚れる、から」

「そんなのどうだっていい! なんでこんな無茶……!!」

「あの扉の、向こう……魔幻、白蝶が……いるらし、くて」

「分かったから喋らないで!!」


 焦りながら傷口を抑える。左胸から斜めに大きく切られており、布を当ててもすぐに真っ赤に染まってしまう。ぬるぬるとした温かい血が手に纏わりつく。話す度に口からも血が溢れるのに、フィリアは何でもないような顔を作ろうと薄く笑っている。


 一緒に止血しているミオーナが、涙を浮かべながら隊員に魔幻白蝶のことを伝えると、彼女は安心したように残りの力を抜いた。


「ごめんな。止血、痛いと思うけど我慢して」

「別に、しなくて、いい」

「何言って……!」


 強く押さえる度に顔を歪めるフィリア。その顔を見るアルグレックもミオーナも同じ表情だ。彼女の言葉に動揺しながらも手は止めない。止めてはいけないと分かっているから。



「……なぁ」



 いつもあんまり話さないくせに、どうしてこんな時に限って話そうとするんだ。

 彼女が何か話そうとするだけで胸が締め付けられる。喉まで震えて、上手く言葉が出てこない。


「役に、立てた?」

「喋るなって!」

「あんたたちの、役に、立てたなら、もう……」


 その言葉に頭が真っ白になる。

 何が「もう」なんだ。「もう」の続きは……

 予想してしまう言葉に、アルグレックは身体が震えた。


 どうしてそんな、平気そうな顔を作って。


「フィリア! ダメだ寝るな! フィリア!!」

「光属性のない人来てちょうだい!!」


 ドスドスと足音を立てながら入ってきたのは医者のイデルだった。息も乱れ、化粧は汗で崩れている。そんなこと気にも止めず、イデルは虚ろなフィリアに駆け寄ると、すぐに驚くほどのスピードで傷口を縫い始めた。


「今すぐこの子に治癒魔法をかけるのよ! 回復魔法は絶対ダメよ!」

「でもフィリアは」

「いいからさっさとかけなさい!! これに賭けるしか、彼女の助かる道はないわよ!!」


 アルグレックは戸惑いながらも彼女に治癒魔法をかけた。案の定反応はなく、肌のすぐ近くで消えてしまうのが分かる。

 ミオーナも手を翳すと、隊員も意を決したように後に続いた。


「弾かれてるわ! フィリアは魔消しなんだから効く訳……!」

「強制的に魔消しを切らせるのよ! 魔消しの能力を空っぽにして治癒魔法を有効にする為に」

「本当にそれで効くの!?」

「賭けだって言ったでしょう。でも何もしなければ、このまま出血多量で死ぬわ」


 だから回復魔法ではダメなのか。光属性を持つ者しか使えない回復魔法は、魔力も効果がある。万が一にも魔消しの能力が回復しないようにということだった。


 アルグレックはできる限りの強さで治癒魔法をかける。フィリアはかろうじて息をしているものの、既に瞳は閉じられ顔も青白い。


 早くしないと彼女は……その先は仮定すらしたくない。




「……見て、傷口がくっつきだしたわ」

「もう少しよフィリア! もう少しなの!! 諦めたら許さないんだから!!」


 ミオーナの涙声が部屋に響く。

 5人がかりで魔法をかけたおかげで、前回よりもかなり早く魔消し切れになったようだった。流れる血の量が減り、みるみる傷口が塞がっていく。


 それなのに指一本動かないフィリアに、アルグレックは魔法をかける手を止められなかった。イデルが肩に手を置いたことに気付かないほど。


「もう、止めていいのよ」

「……でも」

「血は止まったし、息もしてるわ」

「それは、もう大丈夫ってことですか? そうですよね?」


 曖昧に微笑むイデルに、アルグレックは苛立ちを覚えた。

 これでもう心配ないと、すぐに目を覚ますと言い切って欲しい。頼むから。


「……一命は取り留めたと思うわ」

「思う? 思うってなんだよ! 医者だろ!!」

「アルグレック!」

「この前偶然魔消し切れがあったから思い付いただけで、魔消しに関する文献なんてほとんどないの。治療法なんてなおさら」

「……すみません」


 医者の悲痛な顔を見て、アルグレックは食って掛かったことを詫びた。

 顔色が青白いこと以外は、まるで普通に寝ているかのようなフィリアを見つめ、手をきつく握り締めた。

 イデルは一度だけフィリアに回復魔法をかけた。少しだけ顔色が戻る。


「正直なところ、彼女の目が覚めないとなんとも言えないわ。大量に出血したのだから、脳や身体へのダメージがないとも言い切れない」

「そんな……」

「私もまた調べてみるけれど、今はこの子の気力次第……とにかく騎士棟の病室に運びましょう。私が診るわ」


 フィリアの気力次第。その言葉に、急に場の空気が重くなって足元がぐらついたように感じた。


 イデルの魔法で血だらけだった部屋が綺麗になる。手や服に染み付いていた彼女の血が消えると、余計にこの現状が夢なのではないかと思ってしまう。いや、むしろ夢であってほしい。


 あの時、一緒に行動していればよかった。ひとり席に待たせずに、一緒にいればこんなことにならなかったかもしれないのに。

 彼女をすぐに追えていれば。

 彼女をすぐに見つけていれば。

 もっと早く、隊長たちのところへ報告できていれば。

 もっと早く、ここに来ることができていれば。



「アルグレック、運べるか?」

「……ああ」


 セルシオの手が肩に置かれ、アルグレックはハッとした。今は彼女を運ばなければ。他の隊員たちが、その役割を自分に譲ってくれているのだとようやく気が付いた。


 頭が働かない。冷たくなった手を意識してゆっくり解くと手の内が切れていた。爪が食い込むほど握り締めていたようだ。


 フィリアをゆっくりと抱き上げれば、前回よりも軽い気がして、不意に喉の奥が詰まった。

 入れ違いのように、人攫いの事件を担当していた隊員たちが部屋へと入ってくる。フィリアが魔幻白蝶がいると言った部屋にも続々と入っていき、大きなざわめきが聞こえた。攫われていた人たちがいたらしい。


 それをどこか遠くで聞きながら、アルグレックはフィリアを抱き上げている手を強めた。



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