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31.手紙

 翌日に届いたアルグレックの手紙。てっきり週明けは迎えに行けないと書かれているかと思いきや、久しぶりに食事の誘いだった。


 忙しいのは変わりないのか、今までより指定時間が遅い。その少し空いた時間を自分なんかに使ってくれることが嬉しかった。


 フィリアは緩む口元をそのままに、早速返事でも書いてみようかと書斎に向かった。足取りは驚くほどに軽い。


 机の中に残された使いかけの便箋を引張り出し、いざ書こうとして手が止まった。


 何て書けばいいのだろう。了承だけでいいものだろうか。挨拶文は? 今までと同じく都合が悪くなければ無理に返事はしなくてもいいと書いてあるし、返信しなくてもいいのではないか。いやでも自分から手紙が欲しいと言ったくせに、自分は書かないのもどうなのか。


 フィリアはたっぷり1時間、真っ白なままの便箋を見つめた。




「どうした? 机に突っ伏して」

「フィリアから……手紙が……初めて……」

「おお〜! って、お前手紙なんか山ほどもらってるくせに、今更そんな震えんでも」

「いやでもあのフィリアだよ!? あの!!」

「言われてみればすごい……かも? でもあれか。てことは振られたのか」


 アルグレックが毎回ブツブツ悩みながら手紙を書いていることを知るセルシオは、彼女から返事が届く意味も知っている。その割には落ち込んだ様子もない美男子に、彼は首を傾げた。


 先程まで討伐で、心身共にグダグダに疲れているとは思えない程の動きで起き上がると、アルグレックは輝くような笑顔でセルシオを見た。手紙を目の前にぶら下げて走れと言われても喜んで走りそうな勢いだ。



「それが!! 見……なくていいやっぱり」



 輝きが一瞬で消える。セルシオは意地の悪い笑みを浮かべた。


「何だそれ。見せてみろって」

「嫌だ」

「別に減るモンじゃねぇだろ」

「何かが減りそうな気がするから嫌だ」


 セルシオは露骨に呆れた顔をしたが、アルグレックは気にも止めずにもう一度こっそりと手紙を見た。


 初めての手紙。


 彼女からだと分かった瞬間、嬉しさと悲しさがない混ぜになった。

 絶対に「無理」とか「別の日で」とか、いやもっと簡単にバツ印だけ書かれているかも、なんて思いながら開けたのに。



『分かった。楽しみにしてる。 フィリア』



 たった1行。

 白い便箋が大きく見えそうなほど、余白たっぷりの手紙。飾り気のない文字が彼女らしい。


 ニマニマと何度もその1行を眺める。楽しみにしてる、なんて。やばいどうしよう嬉しすぎる。ああもう、楽しみすぎるのはこっちだ!


 勝手に微笑みながら言う姿まで想像して、暴れ出したい衝動に駆られた。



「……なんだ。1行だけじゃねぇか」

「ちょっ! 見たな! 減るだろ!」

「まぁフィリアちゃんらしいっちゃあらしいけど。短すぎねぇか」

「分かってないな」


 アルグレックにとって、手紙は長ければ長い程いい内容ではないのだ。開けた瞬間、異臭ともいえる程の香水や恐ろしい薬の匂いがしたことも、何かの呪いや魔法陣が書かれていたこともある。


 そういったものは総じて、色んな意味で重いのだ。



「モテる男も大変だねぇ……ま、フィリアちゃんからラブレターが来るとは思えねぇしな。今んとこ」

「急に抉ってくるのやめてほんと」



 でも。

 アルグレックは再び机に頭を付けて、この前の遠征でのことを思い出す。

 確実に彼女との距離は近くなった。

 それも、まさか彼女の方から近付いてくれるなんて。役に立ちたいと言ってくれるなんて。頭ポンポンなんて。手紙欲しいなんて!

 少しも想像できなかったどころか、どれも瞬時に固まるほどの衝撃だった。


 ただなんとなく、意のままに構いすぎるのも危険な気がする。それこそ猫のように、フイと逃げてしまいそうな。



「そうだった。セルシオが先にフィリアの頭を撫でたこと、忘れてないからな」

「安心しろ。フィリアちゃんは俺のタイプとは全然違うから」

「そういう問題じゃない」

「悪い悪い。近所の野良猫が初めて近寄ってきたみたいな心情だったワケよ」


 分からないでもないけれど腹が立つ。そして、ミオーナやセルシオが羨ましい。あんなに躊躇なく彼女に触れられて。こちらは意識しているからこそ、触れることにも勇気がいるというのに。


 そう考えてアルグレックは動きを止めた。


 そうなると、自分は彼女に全然意識されていないことにならないか。

 分かっていたつもりだったのに、はっきりとそう認識してしまうと途端に落ち込んだ。


 いやでも、最初の頃に比べたらかなりの進歩だ。握手を求めただけで飛び退いたり、名前すら覚えてもらえなかった、あの頃に比べたら。



「ひとりで百面相して、忙しい奴だな」

「放っといてくれ」

「まさかあのアルグレック君が、ひとりの女の子相手にこうも入れ込むとはねぇ」

「セルシオが多すぎるんだ。しかもほんとは好きでもないくせに。そんなんじゃ、いつか本命が出来た時に後悔するからな」

「へーへー」


 アルグレックは、セルシオと自分は似ていると思っている。自分の守り方が違うだけで。


 目を合わせないことで、魅了によって相手の本心を偽ってしまわないようにしているアルグレック。敢えて本心が違っても傷付かない、偽物の好意を側に置くセルシオ。


 本当は、心から受け入れられる、そして受け入れてくれる相手が欲しいのに。



「フィリアちゃんがもっとグラマーだったら狙ったのに」

「他をあたってくれ」

「お~こわ。そう睨むなって。ま、とにかく気を付けて行ってこいよ」

「うん」


 久々のフィリアと2人での夕食。これには別の目的もあった。フィリアが犯人かもしれない男たちに目を付けられていないか確認するためでもあった。


 本当は昨日のうちか今日にでも行きたかったが、どうしても時間の調整がつかなかった。隊長たちが他の部隊に調査依頼をしたが、すげなく断られたと聞く。立会人の代理ですら相当骨が折れたらしい。


 魔消しへの風当たりは強い。専属の魔消師がいる特隊すらも馬鹿にするような輩までいる。


 どうして魔消しというだけでそこまで嫌わなければならないのか。アルグレックには分からなかった。言い方は悪いが、関りもないくせにと思ってしまう。


 彼女は何も悪くないというのに。

 少し口が悪くてぶっきらぼうだけれど、思っていた以上に素直で真面目な、普通の女性なのに。


 住宅案内所での、あの掌を返したような非道な扱い。そしてそれを「慣れてるから」と言った時の、冷たくて諦めたような声と顔。

 一度だけ見せた、あの弾けるような笑顔と同一人物とは思えない。


 アルグレックはあの時の笑顔を思い出して、また口元を緩めた。



「今度は思い出し笑いか? やらし~」

「やら……!? 別にそんなこと考えてないから!」

「そんなことってどんなことでしょうねぇ。このむっつりめ」

「だから違うって!!」



「残念イケメン」をタグに加えるべきか悩む今日この頃。

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