30.似顔絵
フィリアは冒険者ギルドでいくつか簡単な採集の依頼を受け取ると、森に籠もった。
以前よりもやる気が湧かない自分を叱咤し、魔物に警戒しながら数種類の薬草を摘む。アルグレックたちに言われたように、つい「もう別にギルド依頼はしなくても……」なんて甘い考えが頭をよぎってしまう。それほどに特別手当は多かったのだ。
浮かれるな。期待しすぎちゃダメだ。
フィリアは何度も自分に言い聞かせながら、ただ黙々と採集を繰り返した。
いつの間にかすっかり熱中し、ギルドを出ると共に夜6時を告げる鐘が鳴った。久しぶりに屋台で夕食を取ることにして、アルグレックに最初に連れて行かれた屋台村へと向かった。
席はまだぽつぽつとしか埋まっていなかった。串焼きをいくつか買い、あまり人のいない隅の席に座る。
酒は買わなかった。節約しているからではなく、単にひとりで飲もうという気にならなかったからだ。
ひとりでは味わえない楽しさを知ってしまった。どんどんどんどん、ひとりだった頃に戻れなくなっている。
ふと浮かんだ考えを誤魔化すように、フィリアは羊串を頬張った。
「いやだから、5歳以上の奴じゃないとダメだって言ってんだろ」
「めんどくせえな。孤児の歳なんか全員痩せてて分からねえのに」
「だから娼婦や浮浪者の方がいいんだって」
「でもあいつら運ぶの大変じゃねぇか。孤児のが楽だろ」
「おい馬鹿。声がデカい」
「魔法陣があるんだ。平気だろ」
つい声のした方に意識を向ける。なるべく不自然にならないように、いくつかの屋台を見るフリをしてその席を見た。
少し離れた席に大柄の男が2人。そのテーブルの上で、少し大きな防音魔法陣と思われる紙が青く光っている。
もしかしてこの2人は最近増えたという人攫いに関係しているのではないか。フィリアはすぐに視線を手元に戻し、小さく唾を飲み込んだ。
フィリアはもう一度全体を見るフリをして彼らを見た。顔を覚えるのは苦手だが、今回はそう言っていられない。せめて髪と瞳の色とか、特徴くらいは覚えたい。
幸運なことに、その男たちが屋台村から出ていく時フィリアの横を通った。これで覚えたはずだ。多分。
不安になったフィリアは、家に帰ると念の為似顔絵を描いておこうとペンと紙を引っ張り出した。自分でも似合わないことをしていると思いながら。
次の魔消しの日。
アルグレックにあの2人の会話を話すと、そのまま特隊の執務室に連れていかれた。今日も隊長と副隊長は書類に囲まれていたが、アルグレックの説明により手を止めた。
顔は見たか、雰囲気だけでも似顔絵を描いてほしいと言われ、渋々一応描いていると言えば喜ばれた。一瞬だけ。
「……これは、また、その、なんとも……独特な……ええと……」
「……」
黙ったままの隊長たちと、言葉の続かないアルグレック。フィリアは絵を見せたことを後悔していた。
自分でも分かっている。人の顔なんて初めて描いたが、壊滅的な出来だったのだ。目と鼻と口を描けば何とかなるものではないと初めて知った。
実際に、これは魔物を描いたものだと言われても「こういう魔物いそう」と言われるレベルだった。
気まずく流れる沈黙に、フィリアは絵をひったくって逃げ出したい衝動に駆られた。
「ま、まあ、その2人が犯人と決まった訳ではないからな」
「……ええ。ええ、そうですね」
「フィリア。教えてく、くれて、ありが……っ」
「全然堪え切れてないから」
「「「ぶはっ!!」」」
一斉に噴き出した3人。
絵は二度と描かない。絶対に。そう固く決心したフィリアだった。
ひとしきり大笑いした後、隊長は涙目を拭きながら真面目な顔を作って口を開いた。フィリアはまだ不貞腐れた顔をしている。
副隊長が手の甲を抓ってるのも、アルグレックが口を堅く結ぼうとして失敗しているのも、全部見えてるからな。
「まあ冗談はこれくらいにして。残念ながらその2人組が人攫いの関係者の可能性はあるだろう」
「ええ。フィリアさんに私の祝福が使えたらいいのですが……」
冗談て言うな。
副隊長の祝福は、素手で触れると過去が見えるというものらしい。そんなにサラッと教えていいものなのかと驚いていると、茶目っ気に見せかけた圧力で「秘密ですよ」と言われた。
これにはアルグレックも驚いていた。
「5歳以上ということは、魔力が確定している必要があるということか」
「おそらくは。つまり人身売買ではなく、何かしら他の目的で人攫いをしているのでしょうか」
魔力検査が5歳になってからというのには訳がある。
幼すぎると魔力が不安定で、ちゃんとした属性の検査結果が出ない。祝福も5歳になるまでの間、いつ現れるか分からないのだ。5歳になって初めて確定するというのが通説だ。
また、それまでに大金を積んで独自で検査をすることもできるが、不安定な状態での検査は魔力の総量が減る原因になるらしい。そのため貴族や金持ちであっても、ほとんど検査をしない。少しでも減れば出世や婚姻に響く可能性がある。
魔力量は多い方が何事も有利なのだ。
「念の為、今夜屋台の店員の記憶を見てきます。男たちの席を正確に教えてくれますか」
「仕事を増やしてしまってすみません」
「いいえ。これも大切な仕事ですから」
副隊長に詳しく説明する。男たちの特徴をもう一度聞かれ、思い出せる限りを話せば、隣のアルグレックの肩が小刻みに揺れているのが分かった。絶対絵を思い出して笑っている。ムカつく。
話が終わり、執務室を出ようとすれば、隊長が席を立った。
「そろそろアルグレックは演習に戻りなさい」
「隊長が立会人ですか?」
「まさか隊長まで本気出すとは思わなかった……」
「はっはっは。まだまだ若い者には負けんよ」
「はあ」
いくつになっても勝負と聞けば、騎士の血は騒ぐものらしい。
アルグレックと別れ、少しの緊張を感じながら隊長といつもの部屋へと向かう。今日も魔消しは30個ほどある。忙しさと比例して増えている。
全ての魔消しが終わり、サインした紙を隊長に渡す。隊長は微笑んだまま頷くと、その顔のままフィリアを真っ直ぐ見つめた。
「副隊長のエドモンドから、貴女に万が一の時のお願いがあったと聞いたが」
「……はい」
「特隊の責任者としても、快諾したくはないが尽力すると誓おう」
「ありがとうございます」
「ただ、条件があってね」
隊長は目をより細めてフィリアを見つめている。フィリアもじっとその眼鏡の奥にある瞳を見て、そういえば隊長の祝福は何だろうなとぼんやり考えた。




