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3.おかしい男

 夕方いくつかの依頼をこなしたフィリアは、少し上機嫌でギルドから出てきた。魔消し依頼3件を含め、今日は結構稼げた。



「あ! フィリア、お疲れ様!」

「…………は?」



 町娘や女冒険者に囲まれ困ったように声をかけてきたのは、昨日今朝としつこく話しかけてきたあの男だった。

 衝撃で顔の左半分が痙攣するのが分かった。こんなに諦めの悪い輩は初めてだ。

 今まではさすがに女子トイレやギルドなどに入ってしまえば、悪態をつきながらも去って行ったのに。あれから何時間経ってると思ってるんだ。フィリアは依頼をこなしに行った時点で、男の名前はおろか今朝のことすら忘れていたというのに。


「だから約束してるって言いましたよね? じゃ、俺はこれで!」

「何時間も待たせるような人より私たちと遊びましょうよ!」

「待ち合わせってあの女……?」

「冗談でしょ?」


 男を囲んでいる女達からの憎悪の視線などどうでもいい。フィリアは本気でこの街から去ることを考えた。まだ流れ着いて半年だというのに。


「良い依頼あった? 機嫌良さそうに出てきたけど」

「なん、で……」

「ん? どうかした?」

「なんでまだいんの……」


 こちらに駆け寄ってくるなり満面の笑みになった男を見て、フィリアはうすら怖くなった。こんな容姿端麗な人間を見て忘れるはずないが、知らない内に恨みでも買ってしまったのだろうか。ナンパ野郎というより最早ストーカーの域だ。


「待ってるって約束しただろ?」

「約束はしてない!」

「俺と友達になってくれる?」

「何でそうなる……」


 疲れがどっと出て、思わずしゃがみ込みたい衝動に駆られた。どう対応していいのか全く分からない。


「本当にフィリアと友達になりたいんだよ、俺」

「何で私が……あいつらにすれば」


 まだこっちを睨んでいる女達の方を顎でしゃくる。男は見向きもせずに「嫌だ無理だ」と呟いた。歩き出すと男はやっぱりついてくる。


「晩ごはん付き合ってよ。奢るから」

「嫌」

「行ってくれるまで毎日誘う」

「行けばいいんだろ行けば! 何なんだ全く……」


 心底嫌な声を出しているにも関わらず、男はとても嬉しそうに歩いている。

 店とグルになって身ぐるみ剥がされるのか、変な壺でも買わされるのか、ぼったくられるのか。憂鬱な展開しか浮かばずに、フィリアは溜息をついた。なるべく入口に近い席に座ろう、何かあれば逃げ出して、最悪借宿の荷物は諦めるしかない。


「フィリアは何か食べたいものある?」

「……屋台の羊串」

「それならオススメの屋台があるんだ。そこに行こう」


 駄目元で言ってみた屋台が採用されて少し驚いた。屋外なら店よりは逃げやすいだろう。

 ギルドから程近い屋台村に着くと、男は賑わっている屋台を指差した。


「あの屋台なんだけど、食べたことある?」

「……ない」

「良かった! あそこの絶品なんだ。フィリアはビール飲める? 好き?」

「普通」

「適当に座って待ってて。俺買ってくるから!」


 もしいなかったら明日も誘いに行くから、と脅しを忘れずに男は屋台へと走って行った。フィリアはもう何も言わず、すぐに逃げ出せそうな席に座った。あの男ならやりかねない。

 念の為、何か仕込まれていないか男の行動を見張ることにした。



「お待たせ! 良かった。帰ってたらどうしようかと思ってた」

「脅しといて何を……」


 男が持ってきたトレイには羊串だけでなく、色々な串焼きとジョッキのビール2つが乗っていた。香ばしい匂いが鼻をくすぐるが、いまいち食欲が湧かない。好物なのに。


「悪いけどこれだけ置かせて。防音の魔法陣だから安心して」

「勝手にすれば」


 机の上に置かれた小さな魔法陣の紙がほのかに青白く光る。どうせ魔法関係は余程強力なもの以外フィリアには効かない。

 男がビールを手渡して、勝手にグラスをぶつけた。


「乾杯! 足りなかったらまた買ってくるから、気にせず飲んで」

「……」


 フィリアはもうどうにでもなれとビールに口をつけた。味は普通。男はぐびぐびと、一気に半分飲んだ。


「串焼きも勝手に色々買ってきたけどどれも美味しいから」

「……いただきます」


 一応呟くと、男は嬉しそうに笑った。周りの席からチラチラと視線を感じるが、フィリアは気にせず、むしろやけくそのように羊串に手を伸ばした。

 約束させられたのは羊串だけだ。これだけ食べてさっさと帰ろう。


「……うま」

「だろ! 良かった!」


 ぱっと花が咲いたように笑う男。周りからはきゃあと黄色い声が聞こえた。

 フィリアはつい漏らした言葉を恥じた。はぁ、と何度目か分からない溜息をついて串に残っている肉を口に入れた。男はそれを見てふんわり笑うと、眼鏡を外してじっと見つめてくる。


「フィリアには本当に効かないんだな」

「……何が」

「俺、魅了の祝福持ちなんだ」


 菫色の切れ長の瞳が、こちらを見透かすように見つめてくる。フィリアは黙って口を動かしながら見返した。


 祝福とは、魔力の属性とは別に持って生まれた特別な能力のことだ。祝福を持つ人は多くはないが、魔消し程珍しいものでもない。


 この男は魅了持ちの中では弱い方らしく、眼鏡をかけることで許されているそうだ。強力な魅了持ちは国で管理されると言う。



「自分で言うのも何だけど、目立つ顔だから、只でさえ人間関係のトラブルに巻き込まれやすいのに、更に誤解を受けるはめになることも多いんだよ……」

「……へえ」

「改めてごめん。いくら効かないとはいえ、初めて会った時かけようとして。言い訳だけど、本当に切羽詰まってたんだ」


 フィリアは妙に納得した。遠い目も、少し悲しげな表情も、癇に障るが絵になるのだ。

 確かにこの顔なら色んな女が寄ってくるだろう。


「……で?」

「だからフィリアなら、そんな心配せずに友達になれるだろ?」

「……」

「何も気にせず目を見て話せる友達がずっと欲しかったんだ」

「知るか」


 正気かこいつ。()()()と仲良くなりたいと本気で思ってる訳がない。今までだってそうだった。この男だってどうせ魔消しの能力を良いように使いたいだけだろう。

 フィリアは腹の底に黒いものが渦巻くのを感じた。心がすうっと冷めていく。


「魔消しと友達になんてなれる訳ない」

「どうして?」

「持つ者と持たざる者が仲良くなれる訳がないから」


 吐き捨てるようにそう言うと、男はきょとんした。そして今までで一番優しげに、しかし自信に溢れる顔で口を開いた。


「フィリアは持たざる者じゃないだろ」

「はあ? 喧嘩売って……」

「魔消しっていう()()を持ってる。信じてくれないかもしれないけど、俺は本当に感謝してるんだよ。ありがとう、フィリア」



 魔消しが、能力……?



 フィリアは目を見張った。

 そんなことを言われたのは初めてだった。

 心臓が急にどくどくと音を立てて、身体が熱くなるのをどこか遠くで感じた。男から視線を外すと、絞り出すように呟いた。



「あっそ……」



 今度は男が瞠目する番だった。しかしすぐに頬を染めて弾ける笑顔に変わった。


 調子が狂って落ち着かない。こいつ頭おかしいんじゃないか。嬉しそうにする意味が分からない。騙されてるんだ、これが手なんだ、今まで何度も同情したフリをして近付いてくる奴はいた。見破れる程に場数も踏んだ。

 それなのに、どうして心がソワソワするのだろう。くすぐったいようなフワフワした気持ちになるのだろう。


 もし本当にそう思って言ってくれているなら……なんて考えが頭をもたげ、慌てて否定を繰り返す。



「な、フィリア。俺の名前覚えてる?」

「覚えてない」

「あはは! やっぱり! アルグレックだよ! 今度こそ覚えて! ほら呼んでみて!」

「絶対に嫌」

「あははは!」


 やっぱりこいつ絶対頭おかしい。

 少年のように大喜びしている男を見て、フィリアは溜息をついて串焼きに手を伸ばした。



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