29.特隊と肉
討伐最終日。
この日は朝から荷台に乗せてもらえることを感謝していた。睡眠不足も相まって疲労困憊。ヘロヘロだ。意地を張って歩いた方が足手纏いになることは明白なほど。
隊員たちはさすが騎士と言いたくなるほど元気だ。無限に体力があるんじゃないかと思うくらいに疲れが見えない。むしろ魔物が出ると嬉しそうでちょっと引く。
日が暮れる前には城館に戻ることができた。隊長の話を聞いて、全工程終了。
こうして初めての討伐遠征同行は無事に終わった。
アルグレックたちにこのままどこかに食べに行かないかと誘われた。さっさと帰ろうと思っていたが、少し迷って了承した。
「いつになったら落ち着くんだろ、この忙しさ」
「そんな忙しいの」
「人攫いが増えたのは話したろ? それで衛兵応援に犯人探しに国境警備にで人数取られてるから」
「国境? モルヴィスとの?」
「うん。今のところ人攫いとの関係は分からないらしいんだけど、念には念をってさ」
「ふうん」
前を歩くミオーナとセルシオに視線を向けながら、今日はどこで食べるのだろうと考える。どこにしろ彼らについていけば美味いものが食べられるので、特に希望を言うこともなくついていく。
「だから、フィリアが魔消しに来てくれる時にまた迎えに行けないかもしれないんだ」
「分かった」
「あ〜あ、俺の楽しみが」
大袈裟な、と言おうとしてフィリアは黙った。
彼が大袈裟なら自分は何なんだ。ひとりの時間を鬱々とすごしていた自分は。
「……私も残念」
思ったよりも小さな声が、勝手に口から漏れた。俯いていたフィリアはアルグレックの足が止まったことに気が付いた。赤い金魚が空気を求めるかのような顔の男に、フィリアは首を傾げた。
「どうした? 金でも落とした?」
「いや、むしろ俺がもう何回も落ちてるというか……」
「は?」
「何でもない、気にしないで」
夕暮れでも分かるほど顔を染めたアルグレックは、少しでも隠すかのように片手で口元を覆った。通り過ぎていく人の視線を集めながら。どうしてにやけた顔のくせに絵になるのか。
「いや、何でもなくない。うわどうしよう、やばい嬉しい」
「何が」
「フィリアも、楽しみにしてくれてたこと」
「そんなことで?」
片手で覆っても隠しきれていない弛んだ口元のまま、アルグレックは数回頷いた。フィリアは眉間に皺を寄せた。けれどすぐにその表情を硬くして、手を握り締めた。
今なら言える気がする。
「……来れない時はまた、手紙、くれると嬉しい」
忙しいと言っている相手に、なんて面倒なことを言っているのか。
分かっているのにそう願ってしまったのは、あの手紙があの鬱々とした時間の中で唯一の明かりだったからだ。自分はまだ忘れられていない、切られていないと思える、ただひとつの。
今度は目も口も開いたままになっているアルグレックに、フィリアは先程の言葉を撤回しようと思った。
「俺、生きてる? 死んでる?」
「は?」
「いや待って、夢? ほんとに? フィリア、俺からの手紙が欲しいって言った!?」
「……やっぱいい」
「ごめん待って冗談だから!! 毎日書くから!!」
「いや毎日はいらない。来れない時だけでいい」
食い下がるアルグレックを適当にあしらいながら、フィリアは再度歩き出した。
心が軽い。
フィリアは誰にも気付かれないように、下を向いてこっそり微笑んだ。
ミオーナたちが連れてきてくれたのは、焼き肉屋だった。魔獣ではないとはいえ、また肉。この3日、毎食肉を食べていたというのに。
でも、それでもいいか。
あれが上手いだの、これがオススメだのと楽しそうに話す3人を見て、フィリアは急に自分も楽しみになった。
家に帰り着くと、どっと眠気が襲ってくる。上等なベッドに飛び込むと、フィリアは次の昼すぎまでぐっすりと眠った。
アルグレックからの手紙は今回は届かなかった。城門前で待っていてくれたからだ。フィリアは申し訳なく思いながらも嬉しかった。
いつもの部屋には直行せず、初めて入る部屋へ案内された。聞けば特隊用の執務室らしく、中で隊長と副隊長が書類に囲まれていた。
そこで手渡されたのは遠征の特別手当の明細で、驚くほどに出た。隊長たちに2回も間違いじゃないかと聞いてしまうほどに。これなら毎日討伐遠征に同行したいとすら思う。
そして副隊長から、今日から立会人は今までのようにアルグレックたちだけではなくなると言われた。やっぱり気を遣われていたらしい。あまり話したことのない隊員となんて想像だけでも気まずいが、そこまで嫌だとは思わなかった。
特隊は相変わらず忙しいようだ。
模擬討伐戦という隊対抗演習で3位になったらしい特隊は、賞品であった燈火祭の休みがなくなる危機を必死に回避している最中らしい。なんでも上位3までの特権なのだとか。
そんなに燈火祭には休みたいのかと聞けば、プライドの問題だと今日の立会人のカミラ・ベレス女騎士が教えてくれた。特隊のもうひとりの女騎士で、ベテランの風格なのかとても落ち着いた話しやすい人でかなりホッとした。
「ここでは祭日に休みなのは強い騎士の証なのよ。とは言ってもどの隊も強いから、次のお祭の日にも休めるとは限らないけど」
「毎回それが賞品なんですか」
「そうよ。ただ、1位の隊にだけは肉が配られるの」
「肉……」
「それも幻牛の肉。あの『魔物肉ランキング』1位の」
「はあ」
あの討伐遠征で、隊員たちの肉好きはよく分かった。とにかくよく食べる。アルグレックたちで分かっているつもりだったが、上には上がいた。特にあのクマのようなゴメス隊員もといヘラルド隊員――今は隊員たちをファーストネームで呼ぶように言われている――なんて、ドン引きするレベルで食べていた。
「騎士は勝負とか賭け事とかが好きな人が多いのよ。血が騒ぐのかしらね」
「元気ですね」
「ふふ。この立会人も勝負の賞品なのよ」
「はい?」
「訓練の一環でね、1番討伐数が多かった人が次の立会人。まだまだ若い者には負けないわ」
「はあ」
どうやら立会人はサボる口実になっているらしい。
まあ、訓練になるならいいことなんだろう。矛盾している気もするが。実際に特隊は誰も彼もとても強かった。
初めてアルグレックに森で出会った時、あんなに簡単に殴れたのが嘘のように彼もまた強かったのだ。普段のあの犬のような雰囲気からは想像できなかった。それはミオーナもセルシオも同じだった。彼らと勝負したら3秒ともたない自信がある。
「燈火祭は誰かと行くの?」
「はい。アルグレックたちと」
「だからあんなに必死なのね。ふふ、次の模擬討伐戦も期待できるわ。今度こそ1位を取って幻牛を我が隊に!」
結局肉か。
カミラを遠い目で見ながら、フィリアはなんとなく魚が食べたい気分になった。




