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28.副隊長との見張り

 遠征2日目。

 昨日と同じように魔物に遭遇するたびになぎ倒していく隊員たち。ひとつ違うのは、移動中荷台にフィリアが乗せられていることだ。


 一晩中起きていたことを副隊長に知られ、荷台に乗るように厳命されたのだ。フィリアは事情を話して固辞したが、許可されなかった。


 けれどそれは正解だったのかもしれない。明らかに昨日よりも進むスピードが早い。アルグレックたちは場所によってスピードは違うからと言っていたが、フィリアは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



「やっぱり副隊長、フィリアのことえらく気にかけてるわね」

「だよなぁ。あれか、貴族様の愛人候補……ないな」

「冗談でも聞かれたら殺されるわよ。あの人、超が付くほどの愛妻家だから」

「へえ」

「だから副隊長を威嚇しないの。アルグレック」



 離れたところでそんな会話をされているとは知らず、フィリアは魔消しを施していた。よく渡されるのは手袋だ。武器を持つためによく破れるらしい。

 そのため顔と名前が一致する隊員の多くが手袋着用者だ。昨日のアルグレックのフォローのお陰か、フィリアが名前を覚えるのが苦手だと分かったらしく、毎度名乗ってくれる隊員もいる。そういう隊員はさすがに覚えた。



「サンチェス隊員」


 手袋を持って近付いてくる隊員を見て、名乗られる前に声を掛ける。何度も言わせるのが申し訳ないと思っての行動だったが、よくなかったらしい。

 目を見開いて顔を赤くしている姿を見て、怒らせたと焦る。魔消し風情が馴れ馴れしすぎたのだと冷や汗が出た。


「覚えてくれたのか。コルデーロでいいぞ」


 厳つい顔がニヤリと笑う。フィリアは明らかにほっとして、口元を弛めた。

 それ以降多くの隊員が毎度名乗ってくるようになり、フィリアは必死で名前を覚えることになった。




 順調に進んでいたが、鬱蒼とした小さな森を目前に隊が止まった。

 隊長の号令で全員口当てをする。この森には幻覚魔力を持つ鱗粉を撒く魔幻黒蝶が出るという。フィリアも念の為口当てを付けた。


 魔幻黒蝶は姿さえ見えれば討伐自体簡単だが、姿を木の葉に隠して細かな鱗粉をまき散らす。知らない内に目や口などに入り込み、気が付いた時には幻覚作用が表れていると本で読んだ。

 そしてお約束のように現れるのが巨大トカゲで、森の中なのに火攻撃しか効かない、これまた厄介な魔物だ。この2種は共生しており、魔幻黒蝶の幻覚作用の時間は短いために巨大トカゲはすぐに姿を見せる。



「おい、何体に見える」

「5体」

「俺7体」

「俺は6……げっ、増えた」

「全部倒せば問題ないさ」


 どう見ても2体だ。フィリアはすぐそばを歩くアルグレックに声を掛けた。彼は嬉しそうに大きく頷いてから口を開いた。


「隊長! フィリアは本体の2体が分かるそうです!」

「教えてくれるか?」

「1体は一番太い木の右側に顔を出しています。もう1体は……」


 言い終わる前に1体が火の魔法で倒される。慌ててもう1体の場所を伝えれば、こちらもまたすぐに倒された。あまりの正確さに驚いた。


 その森を抜けるまで何度か巨大トカゲに遭遇したが、難なく切り抜けられた。そのたびにフィリアは、騎士たちのコントレールの良さに舌を巻いた。

 魔法属性が火のミオーナも例外ではなく、彼女には少し興奮したまま「凄かった」と伝えれば、恐ろしい力で抱き締められた。幻覚が見えるかと思った。




 森を抜け、幻覚作用もすっかり消えればまた進行スピードが上がる。


 火が落ちる前にようやく隊が止まった。どうやらここが今日の野宿場所らしい。若手の彼らが夕食の準備を始めれば、フィリアも手伝いに回った。焼けたものを配るくらいならできる。


 今夜の夕食は魔羊の丸焼きと昨日の巨大鹿のスープだった。それぞれの好みでもあるのか、ミオーナに指示されるままに言われた騎士へと運ぶ。必死で名前を覚えた甲斐がある。

 脂身の少ない部位を隊長のバイロンに持っていけば、嬉しそうに話しかけられた。


「ああ、美味しそうだ。持ってきてくれてありがとう」

「いえ」

「隊員たちの名前を憶えてくれたことも、とても嬉しい」

「いえ」

「巨大トカゲ討伐も。あんなにスムーズに討伐できたのは初めてだ」

「い、いえ」


 どうしよう。「いえ」しか言葉が出てこない。気まずい。

 変な汗をかいているフィリアとは対照的に、隊長はにこにこと嬉しそうだ。


「魔幻黒蝶の鱗粉は非常に厄介なので、効かない()()がいるというのはとてもありがたい。また魔幻黒蝶がいる森の討伐の時は、ぜひ同行して欲しい」

「私でよければ……」

「きちんと特別手当も出すので」

「行きます」


 力強く返事をしすぎて笑われる。

 頭を下げてミオーナたちのところに戻ると、フィリアはようやく肩の力を抜くことができた。


「ありがと、フィリア。私たちも食べましょ」

「うん」


 4人で円になって座る。魔羊の肉は普通の羊肉と変わらず美味しかった。スープに入っている巨大鹿肉もやっぱり美味しくて、フィリアはあっという間に食べ終わった。


「ふふ、よっぽど巨大鹿肉気に入ったのね」

「うん。めちゃくちゃ美味い」

「じゃあ今度巨大鹿肉のお店に行きましょ」

「それもう俺が先に約束したから!」

「あら、一緒に行けばいいじゃない。()()()で。ねっ、フィリア」

「うん」

「ソウデスヨネ……」



 昨日見張りをした3人は、今日の見張り当番になることはないらしく、フィリアも彼らに倣って寝袋に入り込んだ。眠れないのは分かっていたが、昨日今日顔と名前を覚えたばかりの隊員と2人で話せるほどの勇気はない。何か本でも持ってくれば良かったかもしれない。


 最後の見張りは副隊長とゴメス隊員だった。なるべく音を立てないように寝返りを打つと、ばっちり副隊長と目が合ってしまった。

 副隊長は呆れた顔で肩を竦めると、フィリアに向かって手招きした。フィリアは少し迷ったが、立ち上がって見張り場所へと向かった。


「眠れませんか」

「……すみません」

「身体は大丈夫ですか?」

「はい」

「……」

「……」


 沈黙が辛い。

 寝返りなんか打たず、寝たフリをしておけば良かった。


 副隊長とは魔消しの立ち会いで何度か担当してもらったが、ほとんど事務的なことしか話したことはない。ゴメスに至っては、口当てを使っていることと外見が熊みたいなことしか知らない。


 アルグレックの言っていた「気疲れするかどうか」の意味が分かった気がする。



「そうでした。以前話していた引っ越し祝いの件、結界の魔法陣はどうですか?」

「結界の魔法陣、ですか?」

「あの家、中庭には屋根がないでしょう? ですからその部分に」

「え、いや、でもそんな大層なもの……」

「なんなら俺がちゃっちゃと作りましょうか。魔法陣」


 ゴメスは魔法陣を描くのが得意で、副隊長も彼を見てこの案を思い付いたらしい。そんな簡単にできるものなのかと思いきや、彼はその場で本当にちゃっちゃと描いた。前任者の家と言えばすぐに分かったらしく、必要な情報が揃っていたからすぐにできたと言っていた。


 紙を受け取ってお礼を言う。ありがたいが申し訳ない。心苦しさを感じながら、フィリアは鞄に仕舞った。


 2人の会話を聞きながら、たまに気遣われるように話を振られて返事をする。肩の力が抜けない時間を過ごしていると、ゴメスだけが朝食の準備をすると立ち上がった。手伝うべきか迷ったが、副隊長に座っているように言われ、それに従うことにした。



「困ったことはありませんか?」

「いえ、特にないです」

「彼らから聞いているかもしれませんが、私は一応貴族出身です。多少のことなら融通が利きますので、困ったことがあればいつでも言ってください」

「ありがとうございます」


 これは多分仕事以外でもいいと言ってくれているのだろう。ますます恐縮したフィリアだったが、ふとあることを思い付いてしまった。おそらく顔に出ていたのだろう。


「何かありましたか?」

「い、いえ……」


 誤魔化そうとしたが、視線に貴族特有の圧が「話せ」と言っている。正直この視線は少し苦手だ。


「図々しい話かもしれないんですが……」

「聞きましょう」

「私が死んだら、あの家を後任の魔消師の家にしてもらえませんか」


 初めて副隊長の驚いた顔を見た。


 ぼんやりと考えていたことだった。残す人間のいないフィリアにとって、死んだあとあの家がそのまま廃墟になってしまうのは勿体ないと思っていた。

 かと言ってアルグレックたちに言えば怒られそうな気がして、言えなかったのだ。


「……まさかとは思いますが、そういう願望がある、なんて言いませんよね?」

「え? いえ。そんな勇気はないです」

「それは勇気とは言いません」


 ぴしゃりと言い切られ、咄嗟に謝ってしまう。すぐに溜息が聞こえて、フィリアは俯いたままの顔を上げられなかった。



「分かりました。万が一の時は覚えておきましょう」

「ありがとうございます」

「ですが、いつでも撤回可能です。いいですね」

「……はい」



 徐々に隊員たちが起き出し、話はそこで終わりになった。


 起きてすぐに寝袋にフィリアがいないと気付いたらしいミオーナが、呆れた視線を寄越した。フィリアはその顔を見て、なぜかすごくほっとした。



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