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25.初めての不安と喜び

 翌日の木曜日にはきちんと起きて、特隊の魔消しに行くことができた。立会人は副隊長で、まだ書いていなかった手紙のお礼を直接伝えた。


「まさか3人もお邪魔していたとは。それにしても、家をご購入されるとは思いませんでした」

「紹介していただいてありがとうございました」

「礼には及びませんよ。引っ越し祝いに何か希望はありますか?」

「い、いえ。紹介してもらえただけで充分です」

「そういう訳にはいきませんよ。貴女は“特隊(うち)の大事な隊員”ですから」


 うちの大事な隊員。貴族特有のリップサービスだと分かってはいても、フィリアは少しだけ照れくさかった。




 数日経てば、身体の怠さはもうかなりなくなっていた。それでも身体が重く感じるのは、単に気持ちの問題だった。


 漠然とした不安を覚えたのが月曜日の朝だった。

 その日初めてアルグレックが城門前にいなかったことから始まり、立会人は他部隊の知らない騎士だった。かなりブツブツ文句を言われながらの気不味い時間を過ごし、特隊隊員たちの有難さを改めて知った。


 前日にアルグレックから手紙が届いていたので、いつものように待っていないことは分かっていたし、以前にフィリア自身も彼に「待たなくていい」と言ったこともある。だから平気だと思っていた。むしろわざわざ手紙に『特隊が討伐に駆り出されまくってて迎えにも行けない。ごめん』なんて、律儀な奴だなと少し呆れたほどだったのに。



 あの日から誰とも会わない10日。

 そう、たったの10日。


 ずっとひとりでも大丈夫だと思っていたのに、たった2週間でこんなに不安になるなんて。

 特隊の専属魔消師になってからもうすぐ2ヶ月になるが、3日と開けずにあの3人の内の誰かと会っていた。そしてそれがいつの間にか普通になっていた。無自覚にも。



 フィリアは自分の気持ちに戸惑っていた。


 不安と焦り。

 嫌われたのだろうか。また無価値に戻ってしまったのだろうか。


 心臓がぎゅっと掴まれたような感覚に、フィリアは唇を噛んだ。

 いつかは皆離れていくんだと分かっていたはずなのに。覚悟していたはずなのに。そもそも、そうと決まった訳でもないのに。


 たった10日でこんなにも疑心暗鬼になるなんて。


 冬と一緒だ。することがなくて無駄に考える時間があるからこんな鬱々とした気持ちになるのだ。考えないようにと料理や掃除やと思いつくままに手を動かしても、気が付けば考えている。


 手紙でも書いた方がいいのだろうか。でも何て? 今まで手紙なんて書いたことがないから、何て書くべきなのか分からない。そもそも送ったところで迷惑かもしれない。


 手紙はおろか、自分から食事に誘ったことすらないことに今更気が付いた。

 もう声を掛けてくれなかったら? そう思った瞬間、浮かんだ感情は寂しさだった。


 フィリアはようやく、はっきりと自覚した。


 私は、彼らに嫌われたくないんだ。




 暗い気持ちで城館に向かった月曜日。

 城門前にいたアルグレックの姿に、フィリアは途轍もなくほっとした。


 アルグレックはこの10日間の過酷さを面白可笑しく話している。フィリアは彼の話を聞きながら、肩の力を抜いた。

 良かった。本当に忙しかったのだ。嫌われた訳ではないのだ。弛みそうになる口元を、必死で隠した。




「私も遠征に?」

「そう。特別手当も出るよ。同行してくれたら俺……たちも嬉しい」

「なら行く」


 特隊での魔消しに向かう途中、アルグレックから魔物討伐遠征への同行依頼があることを聞いた。

 さっきまでいた医務室で、あの双子の医者から普通に生活していいとやっと許可もおりた。それに特別手当が出るなら断る理由もないと、フィリアは詳細も聞かずに二つ返事で引き受けた。


「えっ、いいの? 即決して」

「うん。金の為なら」

「身も蓋もない……」

「うるさいな」


 アルグレックは律儀に理由を話している。街で人攫いが増えているらしく、別の隊が衛兵応援に回された分のフォローが順に回ってくると言っていた。騎士団のシステムにも事情にも興味のないフィリアは、ただ「へえ」と言うだけだった。


 理由なんてどうでもいい。金の為だなんて言ったが、本当はそれだけではなかった。

 魔消しでも役に立つのなら、少しでも彼らの力にになるのなら行きたい。柄にもなくそう思った。


 まだ、彼らにとって価値ある人間でいたい。




 迎えた討伐遠征同行初日。

 フィリアは初めて支給された騎士の練習着に身を包み、森の中を歩いていた。さすが訓練を積んだ騎士だけあって、歩くスピードがきびきびとしていて早い。ついていくだけで必死だ。


 隊員たちの討伐中がフィリアにとっては休憩になる。ばっさばっさと気持ちいいくらいに魔物を切り倒していく騎士たちはとても頼もしい。


 討伐が一段落すると、やっとフィリアの仕事が始まる。破れたり傷が付くと、そこから付与した魔力や魔消しは少しずつ抜けてしまう。魔消しが付与されたものに修復魔法は使えないので、一度魔消しが抜け切る程度に壊してから修復し、再度魔消しを施す。


 フィリアは必然的に覚えていない隊員たちとも話すことになった。特隊は全員で十数名。その中で顔と名前が分かるのは5名だけだったが、少しずつでも覚えていこうと決意した。とりあえず、顔くらいは覚えなければ。


 できる限り、ここで雇っていて欲しい。


 愛想を振り撒くことは難しいが、不快にならない程度にと態度にも気を付けた。とにかく真面目に仕事をすることはできる。幸い魔消しは強い方らしいので、喜ばれていると思いたい。


 驚くことに、誰からも笑顔でお礼を言われるのだ。いちいち。魔消しなんて一瞬なのに。


 それがフィリアにはくすぐったかった。こんなに大勢に感謝されたことはない。フィリアは少しだけ気持ちが浮ついている自覚があった。



「フィリア、大丈夫? しんどくない?」

「大丈夫」


 アルグレックはまだ怪我や魔消しが切れた時のことを気にしているのか、何度も声をかけてくれる。結構心配性らしい。他の隊員から魔消しを頼まれるたびに、横からフォローやらツッコミやら忙しく入れてくる。

 そんなアルグレックを見て、ミオーナは呆れた顔をし、セルシオは大笑いを繰り返した。



 夜はもちろん野営だ。

 隊員たちからも歓声が上がったほどのスピードで、アルグレックが素早く仕留めた巨大鹿が夕食だ。巨大鹿の肉は、以前アルグレックから聞いた「当たり魔物肉ランキング」の3位に入っていたので、フィリアは結構楽しみにしていた。


「……え、何これ。すごく美味い」

「だろ? 1位の幻牛も出会えたらいいんだけど」

「ほんとにこれで3位なの」

「そんなに気に入った? 今度巨大鹿の料理出してる店行ってみる?」

「行く」


 ただ焼いて塩をまぶしただけの串焼きなのに、こんなに感動したのは初めてだ。油の少ない赤身肉なのに、とろけるほど柔らかくジューシーで臭みもない。

 フィリアが大きく口を開けて肉に齧り付くと、隣に座っているアルグレックは嬉しそうに笑った。


「フィリア、疲れは出てない? 大丈夫か?」

「うん。平気」

「歩くのも早かっただろ? 辛かったら荷台に乗ればいいから」

「大丈夫」


 討伐遠征はあと2日ある。

 できる限り足手纏いにはなりたくないが、万が一逸れた時用の魔道具まで借りている。


「もしかして、既に足手纏いか? 乗った方がいいなら……」

「そんなことないよ! フィリア、どうかした? 何かあった?」

「何が?」

「無理してない? なんか、すごく肩に力が入ってるように見えるから」


 そんなに分かりやすいのかと苦笑する。

 フィリアは肉のなくなった串をもてあそびながら、素直に思ったことを口にした。


「できれば長くここで雇って欲しいし……それに、ちゃんとあんたたちの役に立ちたい、から」


 自分で言いながら少し恥ずかしくて、アルグレックの顔を直視できない。それでも自分の名前を呟く彼の声がとても優しくて、フィリアはつい視線を上げた。



「フィリアが特隊に来てくれて、ほんとに良かったと思ってるよ。もちろん、今日も」



 目尻を下げて嬉しそうに言うアルグレックに、フィリアは初めて友達の役に立てたという喜びを知った。

 友達が喜んでくれると、自分も嬉しくなるものなのか。



「それなら……良かった」



 目を細めてはにかむフィリアを、アルグレックは顔を真っ赤にしながら見つめた。



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