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24.また増えた

 フィリアは泥のように眠った。

 起きた途端に内容を忘れてしまったが、あまり良い夢ではなかったことは分かる。どうせまた魔消しだと判明した時のことか、神父が亡くなった後のことだろう。どちらにしろ碌な夢じゃない。


 夢見が悪かったせいなのか、体調がまだ万全に戻っていないのか分からないが、まだ身体はだるい。

 重たい身体を引きずるようにシャワーを浴びてからキッチンに行く。こういう時は広い家というのは不便だな、とぼんやり思った。贅沢な悩みだ。


 外を見るとすっかり薄暗くなっている。この家に1つだけある時計を見ると、同時に少し遠くの方で夜を告げる鐘の音がした。家に時計がある生活なんて、想像もできなかった。


 水を飲むとお腹が鳴った。何か食べたいが、これから作るのも買いに行くのも面倒くさい。水で誤魔化そうか考えていると、聞いたことのない軽やかな鐘の音が聞こえた。


「フィリアー! そろそろ起きてるー!? ていうか生きてるー!?」


 ミオーナの声だ。どうやらさっきの音は呼び鈴らしい。

 鈍い動きで扉を開ければ、そこにはミオーナとアルグレック、セルシオまでいた。


「良かった、生きてた!」

「勝手に殺すな」

「フィリア、体調どう? もしかしてずっと寝てた?」

「うん。だいぶマシ」

「メシ持ってきたから一緒に食おうぜ」

「ありがと」


 助かった。彼らはどうしてこういつもタイミングが良いのだろう。


 ああ、また「借り」ができてしまった。どんどんどんどん返せないものが溜まっていく。アルグレックは借りじゃないと言うが、借りでないのなら何なのだろう。


 私には魔消ししか価値はないのに。いや、そもそも魔消しを価値と言えるのか。


 フィリアは溜息をついて、考えることを止めた。今考えてもどうしようもない。


 わいわいと賑やかな3人組が入っていくのを眺めながら、フィリアは初めて郵便受けに手紙が挟まっていることに気が付いた。手紙が3通も来ていたのだ。手に取り、裏返してぎょっとした。



「……は?」



 一瞬自分の口から漏れたのかと思ったが、発したのはアルグレックだった。彼の視線は手紙の送り主の名前に固定されている。


「なんで、副隊長までフィリアに手紙を……?」

「いや私が聞きたい」

「え? 副隊長が何だって?」

「副隊長が手紙!?」


 わらわらと玄関口に戻ってこられて覗き込まれる。男2人はもちろんのこと、ミオーナもフィリアより背が高いので、上から降ってくる視線がなんとも居心地が悪い。

 狭い。暗い。邪魔。そう言いながら一番近くにいたアルグレックの背中を押せば、彼は残りの2人を巻き込んで大慌てでリビングへと進んでくれた。


 残りの2通はアルグレックとミオーナだった。2人のは後回しにして早く副隊長からの手紙を開けるよう、全員から急かされる。



「副隊長は何て?」

「……魔術師の件()お詫びします、お大事に。だけ」

「え? それだけ?」

「ほら」


 ミオーナに手紙を渡す。事務的な内容なら見せても構わないだろう。というより、見られることを分かって書いていると思う。


「あれ? 下にも何か書いてある」

「追伸、うちの隊員が療養の邪魔をしているであろうことも併せてお詫びします……って怖ぇなおい!」

「この手紙だけで貴族感出てるわ……」


 残りの2人からのは手紙というよりはメモだった。どちらとも「声掛けたけど寝てるようなのでまた明日来ます。お大事に」みたいな内容だった。


「え、今日って月曜じゃないの」

「水曜だよ。2日も反応ないから心配した」

「ほんとよ、まったく!」


 どうりでお腹も空く訳だ。身体のだるさは寝すぎのせいか。

 とにかく、今日が木曜日ではなくてホッとした。さすがに無断欠勤はしたくない。


「まあまあ、無事でよかったじゃねぇか。フィリアちゃん、キッチン借りるぞ」

「うん……え、作れるの」

「セルシオの実家は飯屋なんだ。だからあいつも上手いよ」

「へえ」


 リビングで副隊長について話し出した2人を置いて、フィリアはセルシオの向かいでその手元を見つめた。確かに手付きがかなり慣れている。持ってきてくれた食材が、手袋を外された手によってどんどん色々な形に変わっていく。


「すごい」

「なんだ、惚れたか?」

「なんでそうなる……何か手伝う」

「ならその皿を取ってくれ」

「うん」

「っ!」


 言われた皿を渡す時に指が触れた。その途端弾けるように指を引いたセルシオに、フィリアは顔が強張るのが分かった。

 ああ、セルシオも本心では魔消しなんか……フィリアは唾を飲み込むと、小さく口を開いた。


「……ごめん」

「いや、悪い。俺が悪かった。フィリアちゃんは悪くない。その、なんだ……別に当たったのが嫌だった訳じゃねえから……そういや、俺の祝福言ってなかったよな」


 もう一度皿を受け取り、料理を再開しながらセルシオは苦笑した。


「俺、素手で触ると相手の感情が分かるっちまうんだ。好意も……嫌悪感も」

「へえ」

「だからその……素手で触れるのに慣れてないんだ。カッコ悪いとこ見せちまったな」

「いや別に」

「ま、フィリアちゃんのは分からなかったけど。すげぇな、魔消しって」


 どう考えても祝福の方が凄いだろう。それにしても、祝福と一言で言っても色々あるのだなと思う。勝手に良いものだと思っていたが。


「……なぁ、フィリアちゃん。もう一度だけ、いいか?」

「え? ああ、うん」


 掌を出すと、セルシオは小さく喉を鳴らして手を伸ばした。その指先が少しだけ震えていることに、フィリアは気付かないフリをした。



「ははは! ほんとに分からねぇ! こりゃ凄い!」



 セルシオは豪快に笑った。泣き笑いのような、くしゃりと崩した顔を誤魔化すように。


「ちなみに何て考えてた?」

「お腹空いた」

「ははは! そりゃ悪かった!」


 いつもの調子に戻ったセルシオは、たまに指示を投げながらどんどん仕上げていった。どうやったら同時に数種類の料理が出来上がるのか。フィリアにはそれこそ魔法に見えた。


「でもあれだな。フィリアちゃんの場合、顔で分かるな」

「うるさいな」


 そう言う奴がまたひとり増えた。フィリアが悔しさで顔を顰めると、セルシオは楽しそうに笑った。



 セルシオの作った料理はどれも店で出てくるもののように美味しかった。ただし何ひとつ再現できそうにない。

 感心しながら食べていると、セルシオが悪戯を思い付いたような顔で口を開いた。


「フィリアちゃん、良かったら俺が料理教えようか? こいつじゃなくて」

「ぅぐ……っ!」


 咽たアルグレックを見て、より悪い顔をするセルシオ。ミオーナも急ににやにやとし出した。


「いや、いい」

「おっ、アルグレックが良いって?」

「うん」

「えっ、フィ、フィリア……!」

「セルシオのじゃレベルが高過ぎる。アルグレックので丁度いい」

「なんか複雑!!」


 2人の大笑いが聞こえ、アルグレックはぶつぶつ独り言を零している。


 なんて煩い食卓なんだろう。

 フィリアは小さく笑みを零すと、また料理に手を伸ばした。3人が来た時の悩みなど忘れ、ただこの時間を楽しんだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] フィリアの可愛さをひたすら愛でる話、好き!
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