23.分かった
車椅子を押されたまま城の外へ出ると、容赦なく日差しが降り注いでくる。暑い。手で影を作る気力もなく、フィリアはまるで焼かれている気分になった。
「うわ、あっつ。フィリアはボスミルの夏は初めてだよね? これからもっと暑くなるよ」
「へえ」
「フィリアは夏の方が好き?」
「うん」
「やっぱり。ちょっと声が嬉しそうだった」
よく分かるもんだなと感心する。そこでフィリアははたと気付いた。そうして確認するかのように、鈍い動きのまま後ろを振り返った。
……やっぱり。
「どうかした?」
「いや。何でもない」
そこにはフィリアの想像した通りの笑顔を浮かべているアルグレックがいた。気恥ずかしさに視線を逸らせば、今度はきょとんとした顔が浮かぶ。それも恐らく当たっているだろう。
フィリアは上手く言い表せない気持ちに、ただ視線を彷徨わせた。
「あっちに行けば湖なんだけど、前に美味い店があるって言ったの覚えてる?」
「…………ごめん」
「あはは、やっぱり。ちょっと離れたところにあるから、怪我が治ったら行こうよ。きっと気に入ると思う」
「うん」
アルグレックもミオーナも、気軽に少し先の約束をする。それがフィリアには少しくすぐったかった。まるで、まだ一緒にいてもいいと言われているようで。
ここから湖は見えない。水面が輝く美しい湖を想像して、フィリアは目を細めた。
「その湖なんだけど、7月末に燈火祭があるの知ってる?」
「聞いたことある気がする」
燈火祭はここ辺境の地ボスミル独自の祭で、隣国モルヴィスとの戦い前に戦勝祈願として行われたのが発祥らしい。氷魔法で作られた小さな船に願い事を書いた紙を乗せ、火を点けて湖に浮かべる。その幻想的な美しさが人気で、わざわざ他の街から来る人もいるほどだ、とアルグレックは説明した。
「それで、その……もし良かったら、一緒に行かないかな? 屋台も色々出るんだ。それにあんまり人の多くない場所も知ってるし、あっ、もちろんミオーナとセルシオも誘うし!」
「セルシオはこの前の恋人と行かないのか?」
「あー……あれは恋人じゃなくて、その、飲み屋の店員だと……」
「へえ」
「俺は、そういう店は行ったりしてないから!」
「ああそう」
「興味ゼロ……!」
声色だけでも忙しいと分かるアルグレックに、フィリアは苦笑した。自分のことを分かりやすいとアルグレックとミオーナは言うが、2人も大概だと彼女は思った。
「それで……どう」
「あっあの! アルグレック様!」
少しうわずった甲高い声に中断される。
フィリアは数人の気配を感じ取ると、ようやく燈火祭をどこで聞いたか思い出した。
一昨日、アルグレックとマーケットに行った際に誘われまくっていた時に聞いたのだ。もちろん、声を掛けられていたのは後ろの男だけだが。
「昨日の模擬討伐戦、3位おめでとうございます!」
「あの、もし良ければ、一緒に燈火祭に行きませんか! 3位ならお休みですよね!?」
「マチルダ様も張り切っておられて……ってなんであなたがそんな格好でここにいるのよ!!」
急に指を差され、フィリアはぎょっとして重い首をゆっくり動かした。
そこには赤い顔をしたまま驚いた表情を浮かべている3人組。揃いも揃って派手な化粧に胸元の大きく開いた服を着ている。
「え、フィリア、知り合い?」
「……いや? 知らない」
「ギルド前で何度も会ってるわよ! 先週は話だってしたわ!」
フィリアは眉間に皺を寄せたまま首を傾げた。全く記憶にない。
「さあ?」
「な……っ!? あなたほんとに覚えてないの!? ま、まあいいわ。それでアルグレック様……」
「先約があるからすみません。行けません。行こう、フィリア」
「その女と一緒に行くんですか!? その女と、どういう関係なんです!?」
「友達ですよ。では!」
急にスピードの上がった車椅子に、フィリアは一瞬驚いたがすぐに小さく溜息をついた。
面倒くさい。自分に関係のない色恋に巻き込まれるのは。
今まではそう思っていた。でも今日は、何も手助けできなかった自分がとても歯痒かった。
困っていることはすぐに分かったのに。一昨日と同じく目を見ないように細心の注意を払いながら、視線を落として話す姿をすぐに想像できたのに。
「ごめん、巻き込んで」
「別にアルグレックのせいじゃないだろ」
「もっとビシッと断れればいいんだけど」
「……大変だな。祝福持ちも」
「ほんとだよ」
少しだけスピードを落としたアルグレックが、零すように呟いた。
「魅了なんて、いらない」
フィリアは何も返せなかった。
ただ、アルグレックにそんな声は似合わないなと思った。
「あ、でもフィリアと会えたから、そこは良かったかな」
……いつもの変な奴に戻った。
家の前に着き、アルグレックに支えられながら立ち上がる。
ここまでごめん、ありがとうと言うと、アルグレックは何とも言えない顔をした。
「フィリアは嫌だった? 俺が……その、抱き上げたこと」
「? いや? それはアルグレックの方だろ。重いし、両手が塞がって不便だろうし」
「全然重くないし、俺は別に嫌なんかじゃ……!」
「あんまり手を煩わせたくない…………その、友達、だから……一応」
「一応はいらないだろ」
優しい顔で笑う男に、フィリアも釣られて苦笑した。
「それで、燈火祭一緒に行かないかな?」
「山のように誘われてたんだから、魔消しなんかと行かずにそいつらと行けばいいのに」
「え、それは嫌。それは無理」
心底嫌そうな顔をするアルグレック。声を掛けていた女の中には結構な美人や金持ちがいたのに。あまり目を見なければいい、ってものでもないのだろうか。
「俺は、フィリアだから一緒に行きたいんだよ」
少し赤い顔で、真っ直ぐこちらを見るアルグレックに、フィリアもじっと見返した。
ああ、そうか。私が魔消しだから。他の人間には価値のないものでも、彼らにとっては少しだけ価値のある魔消しだから、一緒にいてくれるのだ。
すとんと納得したはずなのに、どうして少し苦しいんだろう。
「分かった」
「え、いいの!?」
「うん」
「……フィリア、どうかした?」
「いや?」
役に立つならそれでいい。価値があるなんて、今までなかったことじゃないか。
アルグレックはフィリアがきちんと鍵をかけたことを確認してから帰って行った。静かな家で、フィリアは分不相応に広いベッドに倒れ込んだ。
やっと眠れる。微睡みを感じながら、今日のことを思い返していた。
ひとりは楽だ。
何も望まなければ。




