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22.魔消し切れ

「すご」

「昨日模擬討伐対抗戦があったから」

「へえ」


 魔消し依頼が初めて30を超えた。ギルドに行けないことを考えるととても助かる数だ。アルグレックに手元をじっと観察されながら、フィリアはひとつひとつ丁寧に魔消しを施していった。


 15個を超えたところで、ふと眠気のような感覚に襲われた。

 昨日はぐっすりと寝られたと思っていたが、あんな上等なベッドで寝たのは記憶にないほどなので、身体に合わなかったのだろうか。フィリアは軽く頭を振って、魔消しに集中した。


 ……やっぱりおかしい。どんどん眠気が強くなる。正確には眠気というより意識が飛びそうな感覚だ。フィリアがごくりと喉を鳴らすと、額から汗が流れた。


 汗? 暑い? いや、どちらかというと寒いのに。



「フィリア、ちょ、大丈夫か?!」

「これでラストだから」


 なんとか最後の手袋を終えると、フィリアはそれを押しのけ、少し乱暴に書類にサインした。1秒でも早く家に帰りたい。


「ちょっと横になった方がいい。それかもう一度医務室に……」

「いい。大丈夫。これ、サインと提出よろしく。帰る」

「全然大丈夫に見えないから! ちょっとフィリア!」


 立ち上がった瞬間、身体が勝手に後ろへと傾く。足に、というか全身に力が入らない。こんなことは初めてだ。

 アルグレックのお陰で倒れることはなかったが、どうやっても動けない。視界すら霞んでいる。


「ごめん、動けそうにない」

「医務室に行こう。少しだけ、許して」


 床でいいのにと思っても、そう返事をするのも億劫だ。


 アルグレックは片手で素早く眼鏡をかけると、そのままフィリアを抱き上げた。ぐるぐる回る視界に、フィリアは何度も意識が飛びそうになりながらも、なんとか医務室まで耐えることができた。


 医者は驚いた顔をしたが、すぐにベッドに案内してくれた。アルグレックはそっとベッドに下ろすと、心配そうに顔を覗き込む。フィリアは居た堪れなくなって、目を伏せた。


「俺、隊長に言って休みもらってくる」

「いい。落ち着いたらすぐ帰る」

「あら、ゆっくりいていいのよ?」

「すぐにでも帰りたいです」

「いやでも……」

「ここまでで充分だから。ありがと」


 寝不足か貧血みたいなものだろう。少しでもマシになったら帰ろう。とにかく早く帰りたい。

 アルグレックはきゅっと口を横一文字に結ぶと、真剣な顔でフィリアを見つめた。


「フィリア。また()()だとか考えてないよな?」

「……考えてない」

「それなら頼ってよ。こんな時は頼って欲しい……友達、なんだから」

「……」


 それは半分当たりで、後ろめたくなったフィリアはアルグレックの顔を直視できなかった。


「あらやだ、貴方見かけに寄らず女慣れしてないのね。乙女は寝顔を見られたくないものなのよ」

「えっ、ご、ごめん! そういうつもりじゃ……!」


 全くの見当違いだが、医者の助け舟に乗っかることにした。掛けられた布団で少しだけ顔を隠すと、アルグレックは顔を赤くしながら慌てて立ち上がるとまた謝った。なけなしの良心が少しだけ痛んだ。


「ほんとに、無理するなよ。夜にでもお見舞いに行くから。あ、もっもちろんミオーナも誘って! お大事に!」


 断る間もなく部屋から消えるアルグレックに、フィリアは溜息をついた。医者はクスクスと面白そうに笑うと、難しい顔をしたフィリアに優しい視線を送った。



「たまには甘えてもバチは当たらないわよ」



 今でも充分甘えている――いや、利用していると思う。だから優しくされると、気遣われると、心苦しくなる。

 そんな価値はないのに。何も返せないのに。


「それにしても、不思議ね。フィリアちゃんのその症状、まるで魔力切れみたい。これまでにもあった?」

「ないです」

「パブロの実験のせいかしら……彼にも伝えておくわ」


 暗い思考が中断される。

 魔力切れなんて、それこそフィリアには無縁の話だ。今まで魔消しの使い過ぎたことがなかったので分からなかったが、一丁前に魔消しも切れるものらしい。医者の見立ててではそういうことだった。


 ポーションの効かないフィリアは、ただ寝て回復するのを待つしかなかった。はあ、とまた溜息をついて天井を見つめる。真っ白な天井は、数えられるようなシミもない。


 目を瞑れば、余計なことを考えてしまう。魔消しの力が切れて、ネガティブ思考になっているのか。

 本当に、友達って一体何なのだろう。どう考えてもあの2人には迷惑しかかけていないのに。どうしてあんなにも気に掛けてくれるのだろう。


 自分にはもう、友達なんてできないとずっと思っていた。だから彼らを友達かと聞かれても、「一応」と保険のように付けてしまう。言い切ることができないでいる。



「……友達って、そんなに難しいことじゃないと思うのよね」



 医者の言葉にドキリとする。つい視線を投げれば、医者は目を細めた。


「私は、その人の為に何かしたいと思ったら、それはもう友達だと思うのよ」

「そんなの、片方だけかもしれないのに」

「一方通行でも良いじゃない。自分が友達だと思ったらもう友達だと私は思ってるわ」

「……私は、してもらってばかりで何も返せてないから。そう思う、自信がないんです」

「貴女って思ってたよりも真面目なのね。そうね、とりあえず……彼の希望通り、頼ってあげたらどうかしら?」


 医者につられて入口を見ると、バタバタとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


「でもそれじゃあ」

「うふふ、いいから試してごらんなさい」

「フィリア! 副隊長命令降りたから、送る! あ、いや、あの、命令されたから送る訳じゃなくて、俺がちゃんと家まで送りたくて! じゃなくてその……!」

「あら、送り狼?」

「ちちち違います!」


 本当に、なんて騒がしい奴なんだろう。それなのにどうして少しだけ、本当に少しだけホッとするんだろう。

 心配と不安をない混ぜにしたような顔をしているアルグレックを、じっと見つめる。


「ごめん。フィリア帰りたそうだったから、良かれと思ったんだけど……迷惑だった?」

「ううん。肩貸してくれたら、助かる」

「……ああ!」


 弾けるような笑顔に、フィリアも小さく困ったように笑った。

 訳が分からない。彼も、自分も。

 それでも今、嫌ではないくすぐったさを感じているのも事実だ。多分、嬉しいんだと思う。


「そんなに急いで帰らなくても、もう少しおしゃべりしてましょうよ」

「ひとりじゃないと眠れないんです。帰ります」


 支えてもらいながら起き上がる。アルグレックには申し訳ないが、ゆっくり歩いてもらおう。


「魔力切れみたいなものだし、そう簡単には復活しないわよ? 騎士(ナイト)が抱き上げてあげたら?」

「いやそれは大丈夫です」

「…………車椅子、借りてくる」


 声のトーンを落としたアルグレックに、医者は噴き出した。フィリアは気にした様子もなく、よろよろとふらつきながらも扉へと向かった。


 魔力が切れても命に別状はないと聞くが、魔消しも同じなのかもしれない。ああ、魔消し用のポーションがあればいいのに。


 医者にお礼を述べてから医務室を出ると、車椅子を押したアルグレックが駆け寄ってくるのが見えた。

 そんなに走らなくてもいいのに。フィリアはまたこそばゆくなって、眉を下げて微笑んだ。



 医者のイデルは入口にもたれ、2人を見送っていた。

 犬のように大きな尻尾を振ってそうな騎士。そんな彼に車椅子を押されている彼女は気付いているのだろうか。彼らの前だと、途端に表情が柔らかくなることを。


「"返せてない"と思ってるのって、"何かしたい"と思ってるのと一緒だと思うけれどね」



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