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2.初めてのお礼

 翌日、フィリアはまたギルドに向かっていた。


 昨日は苛々しすぎて、依頼報告と巨大兎の売り渡しだけしてさっさと帰ってしまい、新たな依頼を受け取ることを失念していたからだ。

 巨大兎の肉も毛皮も損傷が少ない為にそれなりに値は付いた。しかし、捕獲前に決めていた少しの贅沢をする気にもなれず、不貞腐れるように布団に入った。それもこれもアイツのせいだと思い出してはまた不愉快になった。


 歩き慣れた道を進みギルドの建物が見える頃、フィリアは急に立ち止まりかけ、慌てて小路に入った。


 嫌な予感しかしない。

 ギルドに行ける他の道を懸命に模索していたところ、後ろから声がした。



「良かった。会えた」



 フィリアはつい白目を剥きそうになった。

 気のせいだ。昨日の苛々の元凶と似た声なだけだ。むしろ声をかけているのは自分にじゃない。フィリアは歩みを止めずに、また脳内にギルドまでの地図を引っ張りだそうとした。



「なあ、無視しないで。絶対聞こえてるだろ?」



 男は横に並んで顔を覗き込んでくる。フィリアは反対側へ顔ごと視線を動かす。

 最悪だ。昨日から何度思ったか分からないけど最悪だ。やっぱりさっきの嫌な予感は当たっていた。ギルドの入口に昨日の男が見えた気がしたのだ。どうして気付かれる前に気付けなかったのだと自分を恨んだ。

 痺れを切らした男が回り込んでくる。フィリアは諦めて立ち止まった。


「何」

「昨日はごめん。それから……」

「あっそ。じゃ」

「え、ちょっと!」


 横をすり抜けようとしたが、すぐに道を塞がれた。睨むように男を見ると、なぜかほっとした顔をされた。やっぱり変な奴だ。

 昨日の甲冑姿とは違い、騎士の練習着であるチュニックに黒のズボン、紺色のローブに身を包んでいる。


「俺、アルグレック・ランドウォールって言うんだ。この地で騎士をしてて」

「あっそ。じゃ」

「待って待って! 君の名前を教えて!」

「なんで」

「え、なんでって……その、知りたいから、君のこと」

「私は興味ない」


 そう答えると、恐ろしい程整った顔を間抜け面へと変貌させた。女だったら誰でも自分に興味を持つとでも思ってるんだろうか。

 男が固まっている隙に横から追い越していくが、すぐに追いかけて前に立つ。しつこいナンパ野郎か。なんて面倒くさい。


「待って! 話聞いて!」

「何なの」

「昨日、ちゃんとお礼言えなかったから」

「報酬貰ったからどうでもいい」


 苛立ちを隠さずに睨みつけても、男は全く気にせずに姿勢を正して真っ直ぐこちらを見つめた。フィリアは居心地が悪かったが、何となく悔しくて睨みをきつくした。


「本当に助かったんだ。だからちゃんと言わせて。ありがとう」

「…………別に」


 フィリアは顔を背けて呟くように言葉を発した。いや、正しくはそれしかできなかった。本当ならこの場から走って逃げ出して、大声で叫びたくなった。心が震え、体までぞわりと温かくなるような――それは決して不快なものではなく、ただ居たたまれないようなくすぐったさで、恥ずかしさに似た感情だった。


 フィリアは初めてだった。魔消しについて、面と向かって感謝されたのは。



「俺、あれがないと生きていけないようなもんだから、本当に感謝してるんだ」

「あっそ」

「だから、命の恩人の名前教えて!」

「大袈裟」

「教えてくれるまで毎日聞きに来る」


 恩人じゃないのか、脅すな、暇か、と口には出さずに突っ込む。呆れてつい半目になった。先程とは打って変わりニコニコ顔の男を見ると、冗談でもなさそうだから質が悪い。


「……アビー」

「本当の名前は?」

「チッ! ……フィリア」

「フィリアね! 姓は?」

()()()()()


 そう言うと、男はそれ以上は言及しなかった。修道院に入れられた時に、二度と姓は名乗るなと約束させられた。フィリアももう名乗るつもりもなかったし、除籍されたとも聞いた。


「じゃ、フィリアって呼ぶな! で、今日は何するの?」

「名前言ったからもういいだろ。ほっといて」

「昼ごはん一緒に食べない? お礼に奢るからさ!」

「行かない」


 心底疲れた声を出しても男は全くめげた様子はない。それどころかどこか嬉しそうだ。

 その時にひそひそと話す町娘たちの声が聞こえた。顔を向けると、嫌悪と嫉妬の混じった視線を送られているのに気が付いた。


 そうだった。この男は恐ろしく顔が良いのだった。それを適当にあしらっているのがこんな薄汚い女なのだ。腹が立つのは仕方ないのかもしれない。

 はあ、と溜息をついてフィリアはギルドに向かって歩き出した。男はついてくる。もう少しの辛抱だ。ギルドには冒険者しか入れないエリアがある。


「もし良かったらさ」

「良くない」

「まだ何も言ってないから! いつもギルドに依頼してる眼鏡なんだけど、フィリアに直接お願いしちゃダメかな?」

「いい。ギルドで」

「でもそしたら手数料分も渡せて得だろ?」

「いい」


 なんて馴れ馴れしい男なんだ。ナンパ慣れした女たらしか? それも似合う顔だ。こんな美男なら女には困らないだろうに、さっさと次に行ってほしい。


 ちょうどギルドに着いた。これでやっと開放される。それに気付いたのか、男は無視して入ろうとしたフィリアの前にするりと体を滑り込ませた。


「俺、フィリアと友達になりたいんだ」

「はあ?」

「フィリアのこと、もっと知りたい」


 真剣な表情で訳の分からないことを言う男に、フィリアは大袈裟に溜息をついた。付き合いきれない。無視して入口の扉に手をかける。



「待ってるから! ここで! 帰ってくるの!」



 恐ろしいナンパ執念。今までにも女冒険者だからというだけで、小金持ちや酔っ払いに声をかけられたことはあるが、ここまでしつこいのも珍しい。過去のベスト3に入りそうだ。特に魔消しだと分かると、大体恵んでやるから言うことを聞けと言わんばかりの上から目線で、残りは騙して金品を狙っていそうな輩ばかりだった。恐らく今回も後者だろう。何にしろ、ずっとあそこで待ってるなんてことはあり得ない。フィリアは忘れることにした。



 ギルドは3階建てのレンガ造りの建物だ。1階が依頼を発注したり冒険者登録したりするフロアで、2階は冒険者が依頼を受け取りに行くフロア、3階は職員しか入れないフロアだ。2階に行くには冒険者許可証を提示しないと入れない。階段を登り切ると、左右に長い受付カウンターがあり、討伐関係依頼と採取・その他依頼に別れており、中央には少しくたびれたソファが並べられている。


 フィリアはまず採取・その他の依頼に行き、ファイルを受け取る。ソファに腰掛けてファイルをめくると、番号・内容・掲載日・備考がずらりと書かれている。他の誰かが受け取ったものは線が引かれており、消されていない番号を紙に書いて受付に出す仕組みだ。


 いくつか採取依頼の番号を紙に書き写し、備考欄に魔消し用と書かれた依頼を探すと、いつもはあの眼鏡の依頼1つがたまにある程度なのだが珍しく3つもあった。眼鏡の依頼はフィリアが体調を崩した次の日に掲載されていたようだ。残りの2つは手袋に魔消しを施す簡単な依頼。全て番号を控えると、受付に向かった。



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