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19.家

 アルグレックに手伝ってもらいながら、フィリアは家中の窓を開けた。

 前任のガーゴンが出て行ってから禄に風通しもされていなかったらしく、どの部屋も少し埃の匂いがした。


 いつかは欲しいと思っていた自分の居場所。


 もう住むところを心配しなくていい。自分がいてもいい場所がある。それだけでこんなにも安心するものなのか。


 ただ持金がほとんどなくなった。今後のことを考えるとまた貯めないといけない。


 魔消しなんていつ切られるか分からない。だからいつか慎ましくとも生活出来る環境が欲しかった。思い描いていた環境に、ここならぴったりだと即決した。


 ひっそりと生きていく。それがフィリアの長年の願いだった。



 置いてあった雑巾で乾拭きする。本当は水で濡らした雑巾で拭きたかったが、絞る時に傷口が痛んだのでやめた。

 蛇口ですら魔消し用の魔道具になっているため、うっかり魔消しをしてしまって怒られる心配もない。そもそも自分だけの家だから怒る人もいない。魔石を交換する時だけ気を付ければいいのだ。


 窓や家具をひとつひとつ丁寧に拭いていけば、中庭でタオル類に魔法をかけているアルグレックが見えた。洗浄と乾燥をしているらしい。なんて便利なのだろう。フィリアは素直に羨ましかった。



 掃除も大体終わったところで、アルグレックに声をかけた。休憩より先に聞かなければならないことがある。


「魔道具の使い方を教えて欲しい」

「いいよ。どれ?」


 キッチンに行き、調理加熱台を指差す。食材を焼くためのものだということは分かるが、点け方が分からない。2種類のレバーの意味も。

 アルグレックはじっと調理加熱台を見つめていたが、すぐに「ああ」とレバーに手を伸ばした。


「こっちのレバーを引くと、真ん中の魔法陣に魔石が置かれて火が点くんだ。こっちのレバーは魔石の個数を選ぶ用みたい。こうすると……火力が上がる。やってみて」

「うん」


 どうやら魔石への魔力供給は魔法陣が担っているようだ。

 言われた通りに火を点けてレバーを動かすと、確かに火の強さが変わった。便利なもんだ。

 消し方も教わってから他の魔道具について聞く。大きな箱2つは保冷庫と冷凍庫だった。こんなものまであるなんて、さすが元貴族の家。


「フィリア、料理するの?」

「焼いて塩でもかけるくらいなら出来る、と思う」

「料理、したことは……?」

「…………ない。けど何とかなる。書斎に料理の本もあったし」


 何か言いたげなアルグレックを無視して、他に聞いておくべきことはないか探す。ついでに何が置いてあるかも確認したが、食材の類いが一切ないことに今更気付いた。

 自分だけなら水があればいいが、手伝ってくれたアルグレックには申し訳ない気がして、フィリアは買い物に行こうと決めた。これからの食料も揃えないといけない。


「なんか買ってくる」

「一緒に行くよ」

「いや、休憩してていいよ。疲れただろうし」

「ちなみに、何買うつもり?」

「肉とか、塩とか……?」

「ついていく」


 有無を言わせない笑顔に、フィリアは諦めて頷いた。

 けれどすぐについてきてもらって正解だったと思うことになる。



「どの店から行こうか。穀物屋に肉屋に、野菜売りに……ああ、塩ならスパイス売りだし、マーケットに行く方が手っ取り早いかも」

「……そんなにいるか?」

「そんなにいるの。肉だけ食べてたら倒れるよ。主食だっているし、野菜だっているだろ?」

「それは買えば……」

「毎日買いに行く? フィリア、絶対めんどくさがって抜きにするだろ」

「……」


 確かに想像しただけでも面倒くさい。が、正直なところ毎日作るのも面倒くさい。

 今までもパンの詰め合わせを買っては、それで数日凌ぎ、買いに行くのが億劫になれば我慢していた。雨が続いてダメにしたこともあったが、これからもそんな風にしていくつもりだった。


「一度にパンとかスープとか作っちゃえば結構楽だし、安く済むよ。あの家、冷凍庫まであるんだからさ」

「アルグレックは出来るの、料理」

「遠征に行ったら食事は若手の担当だから、少しくらいは出来るよ」


 自分で作る方が安上がりなら頑張るしかない。所持金は心許ないほどに減ったのだから。今度図書館に行った時は料理の本でも読んでメモしてこようと心に決めた。


「なあ、その、お、俺で良かったら、教えようか? 簡単なものしか出来ないけど、本見るより実際にした方がスムーズだと思うし、分からなかったらすぐ聞いてくれたらいいし、それから……!」

「アルグレックがいいなら助かるけど」

「ぜんっぜん良い! むしろ嬉しい!」


 急にはしゃぎだしたアルグレックに苦笑を漏らす。犬だったら尻尾をぶんぶんと振ってそうなほどの喜びようだ。

 そんなに料理が好きだとは知らなかった。ああ、だからあれだけ美味しい店をたくさん知っているのかもしれない、とフィリアは妙に納得した。



「アルグレックには()()がたくさんありすぎて、もうどれから返していいか分からない」



 突然アルグレックの足が止まる。不思議に思ったフィリアが視線を向けると、彼は少し傷付いたような顔をしていた。


「借りなんて……俺は何か見返りが欲しくてしたことなんてないよ」

「でもそれじゃあアルグレックが魔消しなんかと付き合うメリットないだろ?」


 そう言うと、アルグレックは怒ったような表情になり、フィリアは益々理由が分からなくて困惑した。



「確かに最初は魔消しだから友達になりたいと思ってた。でも今は、フィリアの喜ぶ顔が見たいだけだから。メリットなんて考えてない。だから、そんな風に言わないで」



 それでもフィリアにはいまいちピンと来なかった。

 メリットのない人間関係を魔消しと築く意味。そんなものがあるのか。


 だってどうせ、彼だっていつか離れていく。


 そう思ったら、急に胸をナイフで刺されたような痛みが走った。フィリアはその痛みを誤魔化すように、アルグレックからも視線を逸らした。


「……ごめん。私まだ、友達がどういうものか、よく分からない」

「そっか。それなら今は、これだけ覚えてて。俺が一緒にいたくて、したくてしてるだけだって」

「うん」


 少し腰を屈めて、まるで子供に言い聞かせるように言うアルグレック。さっきまでとは違い、優しい顔をして微笑んでいる。フィリアもそれに倣うかのように、少しだけ笑ってみせた。


「よし! じゃあ馬車でマーケットに行こう! 買うもの俺が決めていい?」

「うん、任せた。金ならあの宿から思ったより返ってきたし、大丈夫だと思う」


 保証金が丸々返ってきたことは初めてだったし、なにより「ちょっと貰いすぎた」と言っていた分で、今まで払っていた分の半分くらいは返ってきたのだ。これには驚いた。

 当分外で食べるなんて出来ないかと思っていたが、これなら少しくらいはいいだろう。


 フィリアはアルグレックに連れて行ってもらった店をいくつも思い浮かべて、少し嬉しい気持ちになった。



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