17.家探し 1
店を出てから、アルグレックは前任の魔消師ガーゴンが借りていた家がずっと空き家だという話をフィリアに話した。フィリアの宿の話を隊長たちに相談したところ、すぐに住宅案内所に連絡をしてくれたのだ。
丁度明日は休みだ。昼までは大丈夫だから一緒に行きたいというミオーナと3人で、明日の朝早速その案内所に行こうということになった。フィリアは最初は1人で行くと付き添いを拒否していたが、最終的には折れてくれた。
アルグレックは少しだけ、2人きりじゃないことが残念だと思った。
屋台で簡単に夕食をとる。怪我が治るまで禁酒とイデル医師に言われているフィリアは、平気だから飲みたいと言ってミオーナに怒られていた。
今日の話題は前任の魔消師が住んでいた家についてだ。ガーゴンがまだ住んでいた時に、セルシオとミオーナの3人で届け物をしに行ったことがある。元は貴族出身の魔消しが住んでいたというだけあって、造りはとてもしっかりとした雰囲気の良い家だ。
食べ終わる頃、隙を見て買ってきたアイスを差し出すと、子供のように目を輝かせた彼女が可愛かった。初めて人に貢ぐ気持ちが分かったアルグレックだった。
翌日、小雨が降っていたこともあって、ミオーナと2人わざと騎士団のローブを羽織った姿でフィリアの宿へと向かった。宿主への牽制でもあったが、1番の理由は隊長にそう厳命されたからだ。しかもフィリアにまで。
やはり目を合わせない宿主の許可を得て、彼女の部屋を訪ねた。
「やっぱり店にはひとりで入る」
「フィリア、ここらへんの相場とか知らないでしょ。ぼったくられるのがオチよ」
「……」
「なぁ、なんでそこまで付き添い拒否するんだ?」
「それは……それなら、何を言われても言い返さないと約束してくれるか?」
フィリアや隊長の言っていた意味が分かったのは、住宅案内所に入ってすぐだった。
ドアを開けた瞬間、50歳くらいの小太りの男が騎士団のローブを見るなり揉み手を始め、満面の笑みで近付いてくる。
「お待ちしておりました、騎士様方! さぁさぁこちらへ!」
古びた店内にはこの男以外に店員も客もおらず、ひとつしかない小さな丸いテーブルに通される。フィリアを挟むようにして席に着くと、店主と思われる男は上機嫌に書類を並べた。
「魔消しの家のことでよろしいですね? 騎士様も大変ですね。魔消しなんかの雑用を押し付けられて」
「は?」
「うちも困ってるんですよー。あの家、魔消し専用みたいになってるんで、中々借り手が付かないんですよ。まあ、誰も魔消しなんかが使ってた家なんて住みたくないでしょうしねぇ」
言い返そうとしたアルグレックだったが、フィリアに腕を引かれて、言おうとしていたことが一瞬で消えた。
こんな時なのに、不覚にもドキッとしてしまったからだ。フィリアが小さく顔を横に振る。
「元はどこかの貴族が芸術家を囲うために作った家らしいんですけどねぇ。その貴族から魔消しが出たとかで……そいつが、他の魔消しに売るか貸すかして欲しいなんて言って、設備も魔消し用そのままなのに先々代が買ったもんだからもう大変ですよ。前の魔消しに売りたかったけど、一生住むつもりはないなんて断りやがるし。魔消しに金なんかないでしょうけどね……あれ? あの書類はどこだ?」
店主が何か探しに奥へと引っ込んだ。
フィリアはじっくりと家の詳細が書かれた書類を見つめている。その隣ではミオーナが眉間に皺を寄せていた。おそらく自分も同じような顔をしているだろう。
「フィリアが付き添い渋ってたのはこういうことだったのね。だからって言われっ放しなんて!」
「あんたら騎士が一般人に喰ってかからない方がいいだろ。黙ってさっさと終わらせよう」
「でも……!」
「住むところが決まらないと野宿になる。それよりはマシだから。それにここ、安いし」
昨日今の宿代を聞いた時は、ミオーナと揃って目眩を起こしそうだった。相場の数倍高いのだ。それに比べてここは、場所は少し不便だが、相場の半分以下。フィリアならそれだけで即決しそうだ。
店主が戻ってきたので、嫌悪感を出さないように顔に力を入れた。
「いっそのこと騎士団で買い取ってもらえませんかね? 買い手も借り手もほぼ魔消ししか選べないような物件なんて、まるで呪いの物件ですよ」
「うんと安くしてくれたら考えますよ。個人的にですけど」
「本当ですか!? 金額はええと……!」
驚いてフィリアを見ると、彼女はいつもの表情のままだった。
店長は今にも飛び上がりそうなほど、嬉々として先程取ってきた書類をフィリアに見せている。ミオーナと同時に覗き込むと、そこに書かれた金額は相場から言っても恐ろしく安かった。事故物件かと疑いたくなるほどの売値だ。余程さっさと売り払いたいのだろう。
「とりあえず、見学したいんですが」
「ええ、ええ! もちろんですとも! 馬車を呼んできましょう!」
購入を考えると言われたのが相当嬉しかったのか、馬車代まで先払いし、鍵をフィリアに渡して「ご自由にどうぞ」と手を振った。
目的の家は、住宅地から少し離れた山の麓にある。
もしここに決まったら今よりも近くなるな、とアルグレックは密かに期待していた。それとは逆に、冒険者ギルドからは遠くなる。あんな怪我をするようなことがなくなればいいのに。
初めてフィリアの宿に行った時のことを思い出す。
『うちの魔消師、報酬良いでしょ? 足りないの?』
『いや。いつ何があるか分からないし。貯めれる時に貯めないと』
分かっていたとはいえ、ショックだった。きっと今までそんな待遇を受けてきたのだろう。
前任のガーゴンも、特隊以外の隊員から差別するような扱いを受けていた場面に遭遇したことがある。それを庇うと同様に貶され、それがまた悔しかった。彼もひとつひとつに反応したりしなかったし、必要以上に人と関わろうとしない人だった。
フィリアも同じだ。いつでもどうでも良さそうに、一線引いている。
繋ぎ止めておかないと、彼女はすぐにどこかへ消えてしまいそうで。彼女を見ていると、いつも不意にそんな不安に襲われる。
城館を過ぎ、森に入る手前で馬車が停まる。ここからは徒歩だ。鬱蒼と生えた木々のせいでよく見えないが、森の入り口からほど近いところにその家はある。まだ小雨が降っているため、3人で小走りに家へと急いだ。
クリーム色のレンガのでできた、長方形い箱のような形をした平屋が見える。フィリアが鉄の大きな扉に鍵を差し込んで開けると、目の前は大きなタイルが敷かれた中庭だった。
「へえ」
声色だけでも嬉しそうなことは分かったが、アルグレックはフィリアに視線をやった。予想通り彼女は小さく微笑んでいる。その表情を見て、アルグレックまで心が弾んだ。
彼女は最近よく微笑む姿を見せてくれるようになったと思う。この顔が見たくて、どうやったら喜んでくれるのかとつい考えてしまうのだ。いつか自分にだけ、とびきりの笑顔を見せてくれないかな、なんて。
フィリアはさっさと中に入ると、見ているのか不思議なくらいのスピードでずんずんと進んでいく。
建物自体はコの字で、リビング、寝室、書斎、洗面所にトイレ。そしてフィリアが唯一顔を曇らせた、小さな礼拝室。その部屋の小さな外窓にはステンドグラスがはめられ、日が差すときっと綺麗だろうに。
教会に何か嫌な思い出でもあるのだろうかと考え、そういえばフィリアから昔話を聞いたことがないことに気が付いた。
あの店主が言っていた通り、確かにこの家は魔消しのための設備や魔道具が多くあった。その全てが直接魔石に触らなくても作動するような特注品のようだった。
以前教えてくれた話では、普段魔石に触る分には問題ないらしいが、何かの拍子に魔力を消してしまうことがあるらしい。セルシオやミオーナの祝福と似ている。
アルグレックの魅了は強めることは出来ても弱めることは出来ないので、その点は少し羨ましい。
貴族の持ち物らしく、古いがどっしりとした上質の家具で揃えられている。食器や小物もそのままガーゴンが引き継いで使い、そしてそのまま全て置いていったようで、少なくとも今のフィリアの宿より生活しやすそうだった。
「よし、戻ろう」
「え!? もういいの!?」
「充分見た」
滞在時間10分足らず。
啞然としたミオーナと目が合ったが、恐らく自分も同じような顔をしているのだろうことは、容易に想像できた。




