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15.お見舞い

「お見舞いに来ちゃった」

「傷はどう? 大丈夫?」

「え、ああ、うん。どうぞ」



 彼女の部屋に来たのはこれで2回目だ。男1人で訪ねるのは気が引けるからとアルグレックに誘われ、自分もそのつもりだったので二つ返事で引き受けた。相変わらず何もない部屋で、座布団1枚すらない。

 まるでいつでも出ていけるようにしているんじゃないかと思ってしまうほどに。


 民宿だとフィリアは言ったが、恐らくモグリの宿だろう。宿の主にここに入る許可を貰いに行った時、騎士の格好を見て明らかに動揺していた。

 アルグレックは入るまではそわそわと緊張していたが、入るなり物がなさすぎるこの部屋に唖然としていた。



 突然の訪問にフィリアは驚いた顔をしたあと、すぐに部屋に入れてくれた。


 彼女は思っていた以上に顔に出ると知ったのは、初めて魔消師の立会人になって2人で話した時だ。


 あのアルグレックが気にかけている女性という存在に、友達として興味はあった。最初はそれだけだった。最近特隊内だけでなく、他の隊員の間でもモテるくせに女嫌いの彼が御執心の魔消しとは一体、という話題で持ち切りだ。男だらけの騎士団では、仕事の話以外、飲む打つ買うの話しかないと言っても過言ではない。

 最近では城下町でも「あのイケメン騎士が特定の女性と歩いている」と噂になりつつあるそうだ。



 アルグレックは入隊した時からの知り合いだが、とてもモテる。寄ってくる女は数知れず。それなのに誰とも付き合わない彼にやっかむ隊員も最初はいた。


 何度拒否されても負けじと迫ってくる女性の中には「魅了をかけた責任を取れ」と言い出す人もいる。特隊メンバーなら、そんな場面に一度は出くわしたことがあるはずだ。


 どうしてそこまで拒否するのかと隊員の誰かが問い詰めるように聞いた時、過去に魅了によって精神的に壊れてしまった人がいたと寂しそうに言う彼に、もう誰も何も言えなくなった。



 そのこともあってか、アルグレックは特隊メンバーにですらずっと目を見ては話さない。眼鏡をかけていたとしても。

 長めの前髪で瞳を隠して、いつも視線を流しながら目が合わないように気をかけている彼は、どこか儚げなイメージすらあった。それがまた絵になるのだが。


 魔消しという友達ができたと大喜びしていた時は、特隊メンバー皆で喜びつつも少し心配した。聞けば若い女性だというし、またあの顔目当てじゃないかと。


 実際にフィリアを初めて見た時、全員が驚いたはずだ。あのアルグレックが懸命に目を見て話すことだけじゃなく、あんなに表情豊かになることに。そして彼を適当に、むしろ面倒くさそうにあしらっている彼女にも。一応敬語を使ってはいるものの、基本的に誰に対しても少し面倒さが滲み出ているのだ。


 安堵しつつ、今度は彼女のことが気になった。魔消しだからというのもあるのかもしれない。


 祝福持ちというのは、多くの場合羨ましがられる。人口の1割程しかおらず、祝福を持つものは総じて魔力も高いからだ。ミオーナ自身も何度も羨望の眼差しを向けられたことがあるが、それはいつも最初だけだった。私生活では逆に不便だと知ると、一変して同情や憐れむような視線に変わることはよくある。


 強引に友達になったあの日、城門まで彼女を送って行く途中で初めて自分の祝福――素手で触れるとふとした時に燃やしてしまう――を話しても「へえ」と言われただけだった時、アルグレックの気持ちがよく分かった。

 嬉しかったのだ、何も変わらないことが。




「はい、これ」

「ありがとう。何、これ?」


 フィリアは机に置かれた見舞品――いつかアルグレックに買いに行かせた、あの夜限定デザートのアイスを見て、少し首を傾けた。あら可愛い。アルグレックも同じようなことを考えていたのか、小さく「ぐっ」と小さく声を漏らした。


「お見舞いのアイスよ。フィリアはこういうの食べない?」

「こんなアイスあるんだ。デザート系は高いから自分じゃ買わないだけ」

「うちの魔消師、報酬良いでしょ? 足りないの?」

「いや。いつ何があるか分からないし。貯めれる時に貯めないと」


 フィリアの言葉に引っかかる。アルグレックは少し悲しそうな顔で彼女を見た。


 フィリアは不思議な人だと思う。面倒くさそうでぶっきらぼうなのに、それがなぜか心地よく感じる。傍にいると肩の力が抜けていく気がするのだ。

 最近それがやっと分かった。彼女は全く飾らないし、取り繕わない。だから一緒にいても気負わずいられるのだ。


 けれど彼女は諦めている。意識してなのか無意識なのかは分からないが、諦めているという言葉が1番しっくりくるとミオーナは思う。

 人はいつか自分から去るものと思っているような、信じ切らないことで自分を守っているような……


 今朝もそうだった。皆が心配すればするほど、彼女は困惑し、申し訳なさそうな顔をした。自分やアルグレックだけでなく、副隊長までもがそれに気付いて切なくなった。


 少しは心を開いてくれているとは思う。

 けれどもし私が、アルグレックが離れていったとしても彼女は何も言わないだろう。何も思っていない振りをして、心に蓋をするだけだろう。


 彼女は人を信じていない。




「フィリア、1つ選んで」

「じゃあ、チョコ」

「チョコ好きなのか?」

「うん、まあ」


 アルグレックの瞳がキラキラと輝いたのを見て、心の中で苦笑した。彼はきっと、心のメモ帳にでかでかと『チョコが好き!!』と書いているはずだ。

 フィリアは見舞品のビスケットサンドアイスをまじまじと見つめている。ミオーナはイチゴ味を、アルグレックは紅茶味を手に取った。


「さ、食べましょ!」

「いただきます」


 フィリアは一口食べて目を見開き、すぐさま輝かせた。じっくり味わってから飲み込み、アイスを見つめたまま口を開いた。



「何これ……うま……」



 蕩けるように下がった目尻と頬。その呆けた表情はいつもよりかなり幼く見えた。「やだ可愛い……」とつい漏らした自分の声に、「やばい俺死んだ」という声が重なった。


「ふふふ、そんなにアイス気に入った?」

「うん……アイスってこんな美味いんだ……」


 子供のように目をキラキラさせたまま、フィリアはあっという間に食べ終わった。漸く生き返ったアルグレックがアイスを半分あげると、彼女は断ってはいたものの、最終的には受け取っていた。

 彼女は気付いていなかったが、餌付けする彼の顔は、溶けたアイスよりもデレデレに見えた。




「冒険者辞めてほしい、なんて言えないよなぁ」

「恋人でもない奴に言われてもね」


 フィリアのお見舞いの帰り道、ぽつりと零したアルグレックに相槌を打つ。「そうだよなぁ」と大きな溜息と共に消えそうな程情けない声が聞こえる。

 ただ、ミオーナも彼の気持ちがよく分かった。


「うかうかしてたら取られるわよ。見たでしょ、ワンピースのフィリア」

「見た……想像以上だった……」

「あの子は気にしてないけど、歩いてる時結構見られてたわよ」

「図書館でもそうだった……」


 堂々としたフィリアの姿は凛としたオーラがあり、不思議と目を引くのだ。


 語彙力のなくなったアルグレックは思い出しているのか、頬を染めたりひくつかせたりと忙しい。そんな友人の姿に苦笑しながら、幸せになってほしいと思う。それは勿論彼女もだ。


「あんた以外にも特隊で熱視線送ってるのがいるわよ。分かってるので1人」

「は? 嘘だろ、誰だよ……」

「副隊長も珍しく気に掛けてるわよね」

「副隊長まで……」



 翌日、アルグレックは特隊メンバーにギラギラした目線を送ることになる。



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