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13.図書館

 翌日の特隊の立会人はアルグレックだった。いつものように城門で待っていてくれたので、控室へ向かう途中、昨日の話をして手紙が正しかったことを言うとお腹を抱えて笑っていた。


 今日の魔消し依頼は15個。大銀貨3枚分だが、あえて銀貨30枚積み上げた画を思い浮かべながら、フィリアは黙々と作業をこなした。



「今日は午後から雨らしいけど、ギルド行く?」

「それなら行かない」

「図書館に行く?」

「うん」

「じゃあ、その、図書館に迎えに行くからメシ行かない? ほら、ギルド前より近いし、雨降ってるかもしれないし、早く終わるかもしれないから……!」

「分かった。エスパール料理のあの海老が食べたい」


 嬉しそうに何度も頷くアルグレックを見て、同じようにあの海老が食べたかったのかと安堵した。昨日ミオーナと昼に行けたらと思っていたが、昼間の営業時間はとうに終わっていて渋々諦めたのだ。ミオーナは夕方に、提出期限が昨日までの書類を思い出し、半泣きになりながら慌てて帰って行った。だから久しぶりにあの海老欲が復活し、また諦めたところだった。ちなみにアルグレックとの約束は、本来であれば明後日だった。



 一度宿に帰り着替える。支給された制服は、城館以外は御法度だ。ローブですらいつも城門手前まで普段のものの下に隠している。

 朝の残りのパンを食べると、雨が降る前にさっさと図書館に向かう。今にも降り出しそうな雲行きに、念のためローブを持ってきてよかったと思った。


 今日は薄グレーに紫色の刺繍が入ったワンピースだ。ミオーナのイチオシだった。彼女が推す中で1番大人しめだったのだが、見つけた瞬間から「これは絶対!」と言う程だった。


 この国の女性は、服装によって貴族か庶民かが大体分かるそうだ。大まかに言えば前者はドレス、後者はワンピース。高貴であればある程スカートの裾がふんわりと広がっている。庶民はボリュームのある服は着られない変わりに、刺繍やレース、ボタンなどで装飾するそうだ。



 図書館に着いて、改めてミオーナの言った通りだと思った。カウンターにいる司書はフィリアを一瞥しただけで、今までのような訝しむ視線を送っては来なかった。すっかり気を良くしたフィリアは、いつも真っ先に向かう魔物関係の本棚ではなく、ゆっくり全ての棚を見て回ることにした。


 外国の本まであることにフィリアは驚いた。読めもしないのに手に取って開いたりもした。初めて図書館に来て浮かれている人のようにわくわくしている。


 漸く1冊の本を手に取り席に着く。図書館の一番奥の、本棚の間に隠れるようにしてある1人分の席がフィリアのお気に入りだった。しかし今日はアルグレックが来る予定なので、カウンターの近くにある読書スペースで読むことにした。

 窓際の端の方に座ると、持ってきた本を開く。『国境の街ボスミルの歴史』という本だ。我ながら浮かれているなと、フィリアは心の中で苦笑した。

 街の変遷、人口の移り変わり、特産品、災害、隣国モルヴィスとの戦争の数々、代々の領主等々。どれもフィリアには知らないことばかりだった。



 読み終わって顔を上げると知らない男と目が合った。すぐに目を逸らされたので特に気にせずに周りを見渡す。

 アルグレックはまだのようだ。いつの間にか降り出した雨のせいで、大体の時間が分からない。貸出カウンターの壁掛け時計で時間を確認してから、本を戻す。時計は高級品のため、フィリアは持っていないのだ。



 次にフィリアが手に取ったのは『魔消しとは』という本だ。今までなら確実に避けていた内容。フィリアは自分に、浮かれた今だからこそ読める本だと言い聞かせた。魔消しについての本は数冊あったが、1番シンプルで批判的でない題名の本。暫く表紙を眺め、意を決して先程の席に戻った。


 本を開いてすぐに目を見開いた。


『私は魔消しだ』


 この文章から始まっているのだ。フィリアは自分の心臓がうるさくなったのを感じた。



 前書き、目次と続くページをそろりそろりと捲っていく。著者の生い立ち、魔消しの歴史、魔消しについての考察、ただこれだけのシンプルな本だ。


 フィリアは一度深呼吸してから読み始めた。

 著者は貴族の出身だったらしい。姓は書かれていないが、かなり高貴な出のようだ。5歳の時に受けた検査結果で初めて自分が魔消しだと分かった時、周りの大人は大騒動になったこと。訳も分からず取り残された気持ちになったこと。仲が良いと思っていた人たちからの軽蔑や憐れむような視線。フィリアはどれも手に取るように分かる。雨のようにしとしとと、その時の悲しみが心に降ってくる。


 彼は遠い小さな別荘に幽閉され、週に3度来るメイド以外、人に会うことはなかった。幼少期から青年期までは心の葛藤が書かれており、心がどんどん重くなる。壮年に差し掛かり、あるメイドとの出会いからの心の変化が面白おかしく書かれて、フィリアはようやく肩の力を抜くことができた。


 そのメイドは相当の美女だったらしく、彼は来る日を楽しみにしていた。しかし彼女は料理が壊滅的にダメで、途中から彼が作って持たせて帰ったとか、掃除をさせると必ず何かを壊したとか、買い物を頼むと必ず1つは間違うとか。彼女の底抜けの明るさと、裏表のない性格に彼は救われ、次第にここに幽閉されたことさえ良かったと思うようになった。魔消しの自分を少しずつ認められるようになったと……



「なっ!!」



 大きな声が聞こえてきた方に顔を上げると、そこには顔を真っ赤にしたアルグレックが立っていた。カウンターに座っている司書が大きな咳払いをすると、アルグレックは慌てて近付いてくる。


「何かあった?」

「フィ、フィリアの、恰好が……」

「ああ。ミオーナに選んでもらった服なんだけど、変?」

「違う!」


 先程よりきつめの咳払いが聞こえる。アルグレックは司書に頭を下げてから横に座った。彼はいつも通りの練習着にローブを纏っている。


「ごめん。違うんだ。その……よく似合ってるから」

「溶け込めてるなら良かった」


 アルグレックは右手で顔を隠したまま、反対側へと視線をずらしてぶつぶつと呟いている。耳が赤い。走ってきたのだろうか。

 ふと外を見れば雨は上がっていた。とりあえず本を返そうと立ち上がる。


「読み終わるまで待つよ」

「いや、いいよ。また来て読む」


 図書館を出ると、雨の上がったばかりの匂いがした。念のためローブを羽織ると、雨が降った後とは言え少し熱い。

 じっと服を見つめるアルグレックに苦笑した。


「そんなに見られたのは今が初めてだ」

「あ、いや、その……そう! 刺繍が綺麗だなって!」

「ミオーナ御用達の服屋のオーナーの趣味らしい」


 アルグレックは言った割には特に興味なさげに「へえ」とだけ呟いた。フィリアも刺繍に視線を落とす。浅く広く開いた襟周りだけでなく、袖と裾にもぐるりと蔓と小花が縫われている。

 ふと顔を上げると、菫色の瞳と目が合った。


「そういえば、アルグレックの瞳もこんな色だな」

「えっ!?」

「綺麗な色で羨ましい」


 アルグレックは両手を顔に当てたままうずくまった。いつかもこんな姿を見た気がする。スカートの裾を汚さないように気を付けながら膝を折って声をかけた。


「大丈夫か? 具合が悪いなら今度に……」

「いいいい、いい。大丈夫だから。ごめん、ちょっとだけ待って……!」


 暫くその姿勢のまま深呼吸を繰り返していたアルグレックだったが、小さく「よし」と呟いて立ち上がった。天候の悪さが彼の赤みを隠している。


「もう大丈夫」

「無理しなくていい」

「全く! 行こう!」

「ふふ。アルグレックもそんなにあの海老が食べたかったのか」


 ふと頬を緩めれば、アルグレックはまた片手で口元を覆った。


「ほんと、フィリアってずるい」

「何が?」

「何でもない……」



1日でも早く買った服が見たかったアルグレック君。


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