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11.円卓を囲んで

 翌日、ギルドの大時計が7時を指す15分前にフィリアは到着していた。

 少しソワソワした気分でミオーナを待つ。待っている方はこんなに落ち着かないものなんだと初めて知った。きょろきょろと視線を彷徨わせ、特に興味を引くものがないと分かると、ギルドに入るための階段の端に座って街行く人を眺めた。家路につく人が多いのか、足早に通り過ぎていく。


 もうすぐ季節は夏になる。フィリアは夏が好きだった。冬の逆だから、という単純な理由で。


 冬は嫌いだ。寒いし暗い。嫌なことばかりを考えてしまう時間が長くなる。神父が亡くなってから余計にそうだった。お金に困って食べるものがなくて、野宿するにも苦痛だった。だからつい南へ南へと、この国境の街まで来てしまったのだ。


 でも、それは正解だったと思う。今の環境は恵まれすぎていると感じる程だ。いつどうなっても、ここに来たことに後悔することはないだろう。


 夜の帳が下りたばかりの街を眺め、フィリアはついそんなセンチメンタルなことを考えていた。



「フィリアが待ってる……! 初めて……!」

「ちょっと、あんたを待ってる訳じゃないのよ! わ・た・しを待ってるのよ!」

「おいおい、アルグレックのライバルはミオーナか? 手強そうだな!」

「何で俺じゃなくてミオーナなんだ……」

「お待たせ、フィリア! 元気だった?」

「……昨日会ったし」


 ぶっきらぼうに答えながらも、フィリアはホッと息をついた。心のどこかで来なかったらどうしようと思っていたからだ。そして視線を後ろの2人に移した。


「よう、フィリアちゃん。俺たちも一緒にメシいいか?」

「ミオーナがいいなら別に」

「ちょっと待って、フィリアとミオーナの親密スピード早すぎない……!?」

「男の癖にブツブツうるさいわね!」


 4人で向かう先はチャーナ料理の店らしい。前にミオーナとセルシオが歩き、アルグレックと後ろに続く。久しくこんな人数で食事をしていないフィリアは、こっそりとこれなら自分は食べることに専念できそうだと考えていた。


「昨日、ミオーナから住所の紙買っ……貰った。教えてくれてありがとう」

「いや……こっちこそ悪かった。気付かなくて」

「何が?」

「待たせてる自覚なかった。ごめん」


 軽く頭を下げると、アルグレックは慌ててオロオロしだした。そしてポツリと、呟くように言った。


「勝手に待ってたの、嫌だった?」

「そうじゃなくてアルグレックが嫌だろ。いつ来るか分からないのに待ってるって。これからもっと暑くなるし」

「それって……俺のこと気にかけてくれたってことだよな? これからも誘っていいってことだよな?」

「そうだけど……いや待ちたいなら別にいいけど」


 立ち止まったアルグレックに合わせて歩を止める。不思議に思って見上げると、綺麗な菫色の瞳が小さく震えているように見える。


「ありがとう、フィリア。俺、今めちゃくちゃ嬉しい」

「……? それは良かった」


 ぱあっと効果音が付きそうなほどの破顔で言われる。

 ふ、と息をもらせば、今度は急にうずくまった。金でも落ちてたかと足元を見たが何もない。声をかけようとすると、小さな声で「ごめん、先に行ってて」と聞こえ、首を傾げながらそれに従うことにした。



「初めて、笑った顔見た……」



 耳も首も真っ赤な男が絞り出すように小さく呟いた言葉は、誰にも届かず雑踏に消えていった。




 チャーナ料理も美味しかった。円卓の中心に回転台が付いていて、各自が回して好きな料理を取るシステムだ。フィリアは特に餃子という料理が気に入った。ビールにとてもよく合う。騎士団員は皆、こういう美味しい店を知っているのだろうか。1人向けでないことだけが悔やまれる。


「どれが一番美味い?」

「餃子が一番美味いと思う」

「ふふ、やっぱり。フィリア、すごく美味そうに食べてた」

「うるさいな」

「うっわ、お前そんなデレた顔もできるのな」

「デ……っ!?」


 ぎゃいぎゃい言い出したアルグレックとセルシオを放置して、フィリアはもう一度餃子に手を伸ばした。

 うん、美味い。


「美味しい、でしょ! 可愛い顔してるのに勿体ない。もうちょっと女の子らしい話し方したらいいのに」

「女でソロならこの方が良いと言われた。舐められるからって」

「まあ、そう言われればそうなのかもしれないけど……」


 声も低めに話しているうちに、それがいつの間にか当たり前になっていた。女らしいことをする必要性すら感じない。

 ミオーナは納得しない顔のままだったが、それ以上は何も言わなかった。



 それからの話題は主に特隊のことだった。国境の街なので、遠く離れたところまで駆り出されることは多くないという。隣国であるモルヴィス国とは停戦状態であり、今は専ら魔物討伐が多いということだった。


 真面目な話は最初だけで、酒が進むにつれ、アルグレックと初めて会った時のことを根掘り葉掘り聞かれ、その後は隊員たちの色恋を面白おかしく教えてもらった。誰が誰のことかはさっぱりだったが。


「だーかーらー! セルシオは、ヒック、もう少しちゃんとした女見つけなって言ってんの!」

「じゃあ俺たち付き合ってみる〜?」

「私じゃ良い女すぎるでしょ!」


 フィリアが覚えているだけで、このやり取りは3回目である。酔っ払った2人の会話を聞き流し、アルグレックと肩を竦めた。

 フィリアは所謂ザルだ。昔、仲間に入れてくれたと思っていた冒険者たちにじゃんじゃん飲まされたが、結局ケロッとしてのはフィリアだけだった。どうやらアルグレックも強いらしい。


「この2人、酔うといつもこうなんだ」

「仲良いんだな」

「それミオーナに言ったら怒られるから」

「そこ! 何コソコソ話してんの!」


 びしっと人差し指を突き付け、赤い顔でこちらを交互に睨んで、寝た。美女の迫力が酔いで半減している。セルシオは今にも寝そうだ。


「そういえばフィリア、図書館行ってるの? 住所書いてくれたの紙、図書館のチラシだったから」

「ああ、雨の日だけ。……何、その目」

「え、いや、なんか意外で」

「似合わなくて悪かったな」


 半目になりながらお茶で割られた酒を飲む。

 自分でもそんなこと分かっている。図書館に行くとどこの街でも大体不審な目で見られるからだ。冒険者が珍しいのか、自分が変なのか。つい自分の服に視線を落とした。


「そんなにみすぼらしいのか……」

「その格好で通ってるの?」

「おかしい? これしか持ってない」

「別におかしくはないよ。ただ、目立つのかも。あんまり冒険者って図書館行くイメージないし」


 そういうもんなのか、と口を尖らせる。アルグレックは何かを言い淀んでいる。フォローの言葉を探しているのだろう。


「あの、フィリア。も、もし良かったら……」

「フィリア! あんたそれしか持ってないの!?」

「え、うん」

「ダメよそれじゃ! 今度買いに行くわよ! 私が休みの日!」


 がばっと起きたミオーナが、有無を言わせないように叫ぶ。隣ではアルグレックがブツブツ言いながら項垂れている。

 彼女はそんなアルグレックを見て、今度は高らかに笑いながらセルシオをバシバシと叩いた。急に叩かれたセルシオが潰れたような声を出す。


「今度こそ2人で行くわよ! 女の買い物に男はいらないわ!」

「俺まだ何も言ってないから!」

「いい? フィリア。そんな悩み、友達の私に任せなさい!」


 こんなくだらないことに手を煩わせていいものなんだろうか。フィリアはふと、昨日ミオーナが言った言葉を思い出した。


『一緒に喜んだり怒ったり、悩みを相談し合ったりして、より仲良くなっていくの』


 甘えてもいいのだろうか。

 フィリアは無意識に手をぎゅっと握り締めた。



「お願いして、いい?」



 思った以上にか細い声が出た。きっと防音魔術がなければ誰にも届かなかっただろう。手にじんわりと汗をかいていた。

 グラスの外側に付いた水滴が、つーっと下に落ちていくのが見えた。


「あったりまえじゃない!! やだもうフィリア可愛い! ぎゅーってしていい!? ダメでもするけど!!」

「は? え?」


 許可を求めるだけ求めて、力いっぱい抱き締めるミオーナ。驚いて肩を震わせてしまったが、彼女は全く気にしていない。

 困惑しながらアルグレックを見ると、胸の辺りを抑えて「ずるい……」と呟きながら机に突っ伏している。余計に訳が分からず、今度はセルシオに視線をやると「な? 友人なら嬉しい時にハグするって言ったろ?」と悪戯っ子のような顔で言われた。


 さっぱり分からない。

 けれどフィリアは、抱き締められた身体だけではなく、気持ちまで温かくなっていることに気付いた。それが少しくすぐったかった。



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