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106.公表

 翌日予定していたフィリアたちの城下町散策は、許可を願い出ることなく立ち消えになった。


 なぜなら、急遽国王陛下に謁見することになったからだ。それも、公式に。


 団長に案内されるまま、煌びやかな王宮を歩く。アルグレックはフィリアの護衛として一緒に来ている。


 通された謁見の間にはブルーノだけではなく、ルオンサ含め貴族らしい男性が数人座っていた。感情の読めない視線が一斉にフィリアへ集まる。

 ああ、さっさと帰りたい。


 団長が宰相やら総大司教やらといったお偉い面々を紹介してくれるが、覚えられそうにない。国のトップが集まる状況で平然としていられるほど図太くはない。


 ルオンサだけはフィリアに優しく微笑みかけていたが、それもすぐに終わった。陛下たちの到着を告げられたからだ。



「急に集まってもらったのは他でもない。孫であるベルナルディーノの祝福の保護についてだ。魔消師フィリア、感謝する」

「! …………も、もったいないお言葉です」


 すっかり忘れていたせいで噛んでしまった。それに、これは誓約書にサインするほど極秘の話ではなかったのか。フィリアは混乱したまま頭を下げた。


「此度のベルナルディーノの祝福保護について、世に発表することにした。また、魔消しへの誤った認識を、これまでの歴史を訂正すると約束しよう」


 急に壮大になった話に意味が分からず困惑するフィリアに、国王の横にいた王太子が説明を始めた。


 魔消しが『悪』になったきっかけや理由を。


 フィリアはとうとう口をぽかんと開けて固まった。アルグレックを見ても同じような顔をしているし、ルオンサを見ても驚いた顔をしている。次に団長に視線を動かすと苦笑された。



「たったひとりの魔消しが、国の歴史を変えるとはな」



 そんなことを言われても。フィリアは言われたことを引き受けて、できることをしただけなのに。

 急に担ぎ上げられても、背筋の凍る思いがするだけだ。



「して、褒美を授けよう。望みはあるか」



 平穏、と答えられればどれほど楽か。何も答えられないフィリアに代わって、団長が「適正な報酬さえあれば、彼女は真面目に働くと断言致します」と答えていた。


 フィリアはギギギと軋む首を動かしながら団長を見つめた。

 引っ掛かる言い方だ。まるで、今後もあるような。いや、そんなまさか。勘弁して!


 話は既に公表の仕方や対応についてに変わっている。

 けれどどの話も耳に入ってこなくて、フィリアは諦めた。ああ、今すぐに帰りたいと望めばよかった、なんて現実逃避に勤しんだ。



 だから、明日行われるベルナルディーノ王子の誕生日パーティーで公表されることを、それに強制参加だということも聞き逃し、絶賛後悔中だ。



「やっぱり今すぐ帰らせてと言えばよかった……!」

「言ったところで却下されただろうがな」


 魔法庁の談話室で頭を抱えるフィリアに、団長はすっぱりと言い捨てた。


 それならばドレスを用意しようと張り切りだしたルオンサと、それに同意したアルグレックを思いっきり睨み付け、この制服以外なら逃亡すると宣言した。



「制服でいい。うちの所属だと分かればいらんちょっかいは受けないだろうから」



 残念そうな2人にフィリアはふんと鼻を鳴らした。団長はニヤリと笑っている。



「褒章式は制服だが、そのあとの晩餐会も参加したければドレスでもいいぞ。エスカランテ伯爵家も手を貸そう」

「行きませんしいりません!」



 そのあとはひたすらルオンサから褒章式の手順や言葉を教わった。団長には一緒に呼ばれているブルーノの真似をしてればいいと言われたが、当の本人が「適当適当。呼ばれたら前に行って礼して帰ってくるだけだよ」しか言わないので、ルオンサに助けを求めたのだ。


 付け焼き刃ではあったが、役に立った。様々な感情の籠もった視線を感じながら、フィリアはなんとか無事に褒章式を乗り越えることができた。


 国王によって、ベルナルディーノ王子の祝福に保護の術が施されたことや、魔消しへの歴史認識の是正が説かれた。

 また、保護の術は「国王が」魔術師と魔消しの能力を使うことにより、「国王の手で」行うことができると発表された。それはフィリアやブルーノだけではなく誰でも協力者になりうることもさり気なく付け加えられた。

 これらは2人が政治利用等されないように考慮した結果の説明だった。物は言いようだなと素直に感心する。



 控室でぐったりとソファーに凭れかかったフィリアの頭をアルグレックが撫でている。団長たちが部屋に入ってきたので姿勢を正したが、それでも動きは緩慢だ。


 それも仕方ない。探るような視線を浴びていたと思ったら、国王の言葉でギラギラとしたものに変わったのだ。

 疎いフィリアでも分かるほどはっきりと。姓もないような平民なら簡単に御せそうだという視線が、団長やルオンサの牽制が始まるまで続いた。


 強力な後ろ盾がいることも、調べればすぐに分かる元実家との関係も悪くないともアピールできた。

 その上、王太子やベルナルディーノ王子までフィリアに直接親しげに声を掛けたものだから、迂闊に手は出しにくくなっただろう。


 もちろん彼女自身はそんなこと少しも考えていない。彼らに言われた通り動いただけだった。



 団長がここに食事を持ってくるよう伝えていると伝えれば、フィリアは途端に安堵の表情を浮かべた。やっぱり晩餐会も出席しろなんて言われたらどうやって逃げようか考えていたからだ。


「お前でも一応緊張したんだな。そんな風には見えなかったがな」

「死ぬほど緊張してました……」

「そうなのかい? 堂々として見えてとても素晴らしかったよ」

「それはどうもありがとうございます……」


 げんなりしながら団長とルオンサに答える。当のフィリアは緊張でよく憶えていない。早々に逃亡を諦めてからは、ただひたすら早く終われと祈っていた以外記憶になく、誰になんて言葉をかけられたかすら真っ白だ。

 とにかくボロが出ないように見知った顔の傍から離れないように気を張っていただけで。



 団長とルオンサは再度労りの言葉を掛けてから退室した。部屋に残ったのはアルグレックと、ルオンサが手配していたあの店のチョコレート――もちろん大量の――だけ。


 再びぐったりとソファーと一体化すれば、アルグレックがチョコレートを口元に運んでくる。フィリアが迷ったのは一瞬だけで、すぐに口を開けた。上品な甘さが全身に染み渡っていく。


「ふふ、猫に餌付けしてる気分」

「引っ搔くぞ」

「そこは可愛くニャーって言ってほしかったけど」

「絶対言わない」


 どうでもいい会話が全身の強張りをほぐしてくれる。


 猫か。それならすぐにここから逃げ出せるのに。と、そんなことばかり考えている自分に苦笑する。


 見世物の時間は終わった。これ以上の緊張も羞恥もないはずだ。だから、早く帰してくれと、やっぱりそこに行きつくのだった。



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