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105.元家族

 昼前にはウキウキ顔のルオンサが迎えに来て、3人は城下町を目指した。


 さすが王都。平日なのに、どこを歩いても人で溢れかえっている。熱心に説明してくれるルオンサに相槌を打ちながら、ちらりとアルグレックを見た。


 相変わらず周囲の視線を集めている。眼鏡を付けたままでこれなら、外したらどうなるのだろう。フィリアはそっと目を伏せた。



「フィリアはチョコレートが好きなのだろう? あそこに美味しいスイーツショップがあってね。ぜひ食べて欲しいと思っていたんだ」

「楽しみです」


 そんな話いつしただろうかと疑問に思いながらもその店へ向かう。

 あと少しというところでルオンサの足が止まり、どこからともなく表れた男から耳打ちを受けている。さすが貴族、ずっと護衛がいたらしい。



「急ごう」



 真剣な表情になったルオンサに急かされながら店へ入り、2階の個室に通された。ドアが閉められる直前、騒ぎ声が耳に届いた。


「だから! 息子と娘がいると言っているんだ! 私はシュメラル伯爵だぞ!? そこを通せ!」

「はあ、間に合わなかったか。2人ともすまない。私が話をつけてくる」

「私も行きます」


 そう言い切るフィリアに、2人は驚いた。何度もつけられるのも迷惑だし、一度自分の口ではっきり言った方がいいだろう。

 ルオンサは少し悩んでいたが、アルグレックが頷いたのを見て了承してくれた。


「まったく! なんて店なんだ!」

「だからこんな庶民の店になんか来たくなかったんですよ!」


 大声で悪態をつくのは、やっぱりあの時家に来た男女だった。フィリアたちや給仕たちの冷たい視線にようやく気付いたのか、急に媚びたような表情を作った。


「や、やあリーサ。お父様だよ、覚えているかい?」

「いいえ。私には父も母もいません。それに私はリーサではなくただのフィリアです」


 男女の顔がさっと真っ赤に染まる。これは分かる。怒りだ。


 フィリアは頭の片隅で、顔に出やすいのは遺伝かと考えて嫌になった。彼らはアルグレックに少しの視線も寄越さない。

 魔法庁のローブを羽織っているからルオンサの同僚とでも思っているのだろうか。


「貴様……! 今は平民のお前がシュメラル伯爵の私に口答えするなど許されん! いいか! 籍を戻してやるから感謝しろ!」

「結構です。いりません」

「なんだと……!?」


 今にも殴りかかりそうな男に、アルグレックがフィリアを守るように近付く。それだけで安心するからすごい。


「おや、何の権利を持ってそんなことをおっしゃっているのでしょう? 一週間前にたくさんの証人の前でサインしたこと、もうお忘れですか? ()()()

「それはお前に騙されたからだ!」

「いいえ。強制労働ではなく譲位を選んだのはあなた方でしょう。荷造りは終わりました? 出発は今夜ですよ」


 何をやらかしてその選択肢になったかは知りたくないが、ともあれ無事にルオンサが当主になったらしい。なんともめでたい。心の底からめでたいことだと思った。


 領主によって領民の生活は変わる。いい意味でも悪い意味でも。

 いろんな土地を経験したフィリアにはそれがよく分かった。きっと、ルオンサならいい領主になるような気がする。


「黙れ! お前には分からんだろうが魔消し(こいつ)には利用価値がある。王家や筆頭魔術師がこいつに興味があるなんて、これは取り入るチャンスになるんだぞ!」

「ああ、その件でしたらもう遅いですよ。彼女にはエスカランテ辺境伯という強力な後ろ盾がついていますので」

「辺境伯だと!? お前がグズグズしているから! こうなったら籍を戻してすぐどこかに嫁がせろ! この際愛人でも妾でも構わん!」


 そんな馬鹿げたことを本人の前で言うのか。呆れた顔のフィリアは、怒りを必死に隠そうとしているアルグレックに視線をやった。


 ああ、恥ずかしい。こんな人たちが元両親だなんて。


「ですから、あなた方にそんな権限はありません。私はフィリアの意思を尊重すると決めました。何より、子供だった彼女にあんな残酷なことをしておいて、頭をついて謝りもせずよくもまだそんなことが言えるな!」

「魔消しだぞ! 捨てて何が悪い! それを拾ってやるんだから喜ぶに決まっているだろう!」


 ルオンサの丁寧な口調が崩れるのを初めて見た。フィリアの大きな溜息に、ハッと我に返ったルオンサたちが振り返る。



「一度手放したらもう元には戻らないんですよ。子供も、地位も」

「……っ調子に乗りやがって!」

「このことは、彼女の後ろ盾であるエスカランテ辺境伯にきっちり報告します。私は、その命でここにいますので」



 アルグレックがゆっくりとローブを脱ぐと、彼らは大きく目を見開いた。紺色の騎士の制服には胸元にエスカランテ領の紋章が入っている。



「そうですね。エスカランテ卿はフィリアをとても気にかけておられる。今回も彼女が王都に来るのに合わせて、わざわざ様子を見に来られているほど」



 同じ伯爵家でもエスカランテ伯爵家の方が数段格上だ。平民の魔消しに自領の護衛騎士まで付けているとは思わず、元両親は後ろ盾の本気度を勝手に知った気になった。


 そもそも後ろ盾というのも正確ではない。本当はただの上司だ。


 ルオンサのダメ押しで、元両親はこれは手を出すと大火傷する可能性があるとようやく悟ったらしい。逃げるように去っていく男女を見ながら、3つの溜息が重なった。




「恥ずかしいところを見せたね。お詫びのしるしに好きなものを好きなだけ食べてほしい」


 ルオンサの合図で次々に皿やトレイが運ばれてきて、たくさんの種類の小さなチョコレートが山のように並べられていく。


 驚くフィリアたちにルオンサは嬉しそうに笑っている。大きな箱で贈られてきた焼き菓子といい、貴族は加減を知らないのか、それとも彼個人の問題なのか。


 フィリアは、彼に好物を言う時は気を付けようと心に決めた。



「さっきは助かったけれど、2人ともどうして制服なんだい?」

「すぐに帰ると思っていたので、これしか……」

「そうか。それなら次の行き先は決まりだね」

「服屋ならいいです。これで充分です」


 嫌な予感にすかさず言葉を挟む。


 ミオーナたちへのお土産をルオンサに相談しようと思っていたが止めよう。自惚れかもしれないが、馬車が1台必要になるくらい用意しそうな気がする。


「そうかい? でも、いつまで王都(ここ)にいるのか分からないのだろう? 必要なものくらい私に任せてほしい」

「いえ、ほんとに必要になったら自分で買いますから」

「そうですよ。彼女のは俺が明日買いますので」

「ちょっと! 話がややこしくなるだろ!」


 慌てるフィリアにアルグレックとルオンサが笑う。


 さっきまでの空気は綺麗に流れた。いつの間にかアルグレックとルオンサは親しげに話すようになったなとは思ったが、そのきっかけが自分に関してだとフィリアはもちろん知らない。


 どのチョコレートも驚くほど美味しかった。フィリアの感激ぶりに感激したルオンサは、帰る日にも大量に彼女に贈ることにしたのだった。


「明日も街に来るのかい?」

「許可が降りたら行きたいなと思ってます」

「それならうちの護衛を付けよう。よっぽどのことがない限り2人の邪魔はしないから」

「はあ、ありがとうございます」


 ルオンサの瞳がスッと細められる。その視線はアルグレックだけを捉えていて、フィリアはつい2人を交互に見つめた。


「アルグレック君。分かっているね?」

「もちろんです」

「何を?」

「フィリアが誰にも手出しされないようにってこと! ですよね? ルオンサさん」

「誰ひとりとして、だからね。一切の例外はないよ」


 妙に念を押すルオンサにアルグレックは曖昧に微笑み、フィリアは首を傾げた。


 2人は気が合うのだろうか。できると思っていなかった恋人と、二度と会わないと思っていた元兄。その2人が同じ空間で仲良さそうに話しているというのは、改めて見ると不思議な感じがする。


 それを嬉しく思うこともまた。


 元両親とは、きっともう会うことはないだろう。それについても少しの悲しさもなかった。今となってはもう完全な他人。それでいい。それがいい。


 いまだに釘を刺しているルオンサと意味深に笑うアルグレックを見て、フィリアはひとり小さく笑った。



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