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102.妖馬車

 妖馬車は夜になっても走っている。


 妖馬は、見た目は普通の黒馬にしか見えないが、実際はとても強くて希少な魔獣だ。

 7日7晩不眠不休でも問題なく駈けることができると言われ、馬車にはもってこいだが、如何せん扱いが難しい。服従させるには膨大な魔力と技術が必要で、お金を積んだからといっておいそれと飼えるものではない。


 にもかかわらず、団長はいつも通り軽い感じで「今回も頼むな」と妖馬に一言掛けただけで妖馬車は動き出した。団長は恐ろしく凄い人だと、今更ながら思い知らされた。


 王宮へは普通の馬車なら2週間かかるが、これなら5日で着くというからすごい。長距離の馬車にはほとんど乗ったことがないが、それでもこれほど早くて快適なものは他にないのではないか。


 外では騎馬隊が付いているが、比較的大きな土地に着くとすぐに交代しているようだ。普通の馬では妖馬に付いていけないからだ。


 表向きは罪人の護送となっているため、馬車の見た目は非常に粗末だ。中は非常に上質だが。

 窓には細かい鉄格子が付き、護衛交代の度に御者が「極悪人が何するか分からないから、中を見ない方が身の為だ」なんて脅かすもんだから、覗かれる心配もない。




「……またそれ見てるの」

「だって宝物だし」

「大袈裟」


 アルグレックは時間があればフィリアの刺繍したハンカチを眺めている。ここでも刺繍をしようとしたが横の男に止められた。指に針が刺さるくらいどうってことないのに。


「フィーって結構器用だよね」

「自分ではそう思わないけど」

「もし、今度練習着が破れたら縫ってくれる?」

「魔法で直せばいいんじゃ」

「魔法修復じゃ限度があるし。ダメ?」

「まあ、それくらいなら別に」

「やった」


 そんなどうでもいい話をしながら馬車に揺られる。


 時折お互いに凭れかかって昼寝をしたり、積み込んだおやつを食べたりして時間を過ごした。楽しく穏やかな時間。少しずつ何も話さない時間が増えても、ふたりは全く苦にならなかった。


 今も、アルグレックが本を読み、フィリアはその横でウトウトしている。目を細めた男がそっと頭をこちらに倒せば、あっさりとその腕に凭れかかって寝てしまった。


 彼女が頑なに本を読まないことに、彼は気付いている。その理由も、何となく。


 フィリアは気づいていないが、ミオーナとセルシオの雰囲気がうっすら甘いものになってから、ミオーナの()()()の押しが強くなった。ミオーナはミオーナで彼女のことを心配していると分かっているので止めにくいけれど。


 ゆっくり、じっくりでいい。本当の恋人になった時のように。少しずつ先のことを意識して、いや意識してもらえれば、それで。


 フィリアの手首にあるブレスレットについた菫色の宝石を撫でる。

 今度は何にしよう。アルグレックは幸せそうにそんなことを考えていた。





「ふぁあ……よく寝た」

「ふふ、うん。おはよう」

「着いたの?」

「そうみたいだね。さっきからやたら止まって検問受けてるから」


 5日目の夕方。妖馬車は予定通り王宮に着いたらしい。ここまでは囚人扱いなので外の景色は見られず確認できないが、彼が言うのだからそうなのだろう。


 そしてこちらも予定通り、そのまま王宮の敷地内にある魔法庁の建物へ通された。ここからはもうただの「実験協力人」扱いだ。なので多少人に見られても問題ない。団長に聞いた話では、魔法庁にいる人間は変人ばかりだから誰も2人のことなど気にしない、らしい。



「やぁやぁやぁ! 久しぶりだね!」

「フィリア大丈夫かい? ランドウォール殿も。疲れは? ほしいものはない? お腹はどうだ? もし空いてるなら……」

「いえ、大丈夫です」


 部屋にそぐわない明るいブルーノの声と、矢継ぎ早に質問してくるルオンサに苦笑する。ルオンサには今回の本当の目的を知らされていないので、ここでしかできない魔消し研究のためということになっている。

王家からの話があったことは知っているので、もしかしたら気付いているかもしれないけれど。


「ねえフィリア。もし時間ができたら、その、城下町を案内してもいいかい? ああ、もちろんランドウォール殿も一緒に! 美味しいレストランやケーキ屋さんがたくさんあるんだ」


 焦ったように言葉を連ねるルオンサに、フィリアは笑みを零して頷いた。途端に破顔する元兄を見て、きっと彼も顔に出やすいと言われていそうだなと思った。


「ああ。なるほど。だからルオンサ君はやたら色んな人に美味しいお店を聞きまくっていたんだね」

「ブルーノさん! そういうことは言わないでください!」

「おや、どうしてだい?」


 心底不思議そうなブルーノにはルオンサの抗議は通じない。フィリアはアルグレックと顔を見合わせて笑った。



 気を取り直したルオンサに案内され、フィリアたちは魔法庁にある客室へと案内された。食事を持ってくるまでゆっくり休んでいてと言い残し、彼らは部屋から出ていった。アルグレックは隣の部屋らしい。


 静かな部屋にひとりきりになると、フィリアふぅと息をついてベッドに腰かけた。


 5日間も馬車に籠り切りになるなんて、絶対に疲れるだろうと思っていた。護衛の交代や御者の休憩の度にこっそり降りて食料を調達したり、大衆浴場に行ったりはしたけれど。

 それが、実際はとても楽しくて、むしろ今は少しの寂しさまで感じる。


 目を閉じれば、身体はまだ馬車に揺られているような感覚になる。


 ゆっくり目を開けて壁を見つめた。この向こうにいる彼は今何しているのだろう。さっき会ったばかりなのに。ずっと会っていたのに。


 フィリアは自分の思考が心配になってきた。


 ……今すぐ隣の部屋に行って顔が見たい。できれば横に座って凭れ――

 やっぱり頭がおかしい。きっと疲れているのだ。そうに違いない。恥ずかしくなったフィリアは、慌てて布団を頭まで被った。




 ノック音が聞こえ、アルグレックは顔を上げた。入ってきたのはルオンサひとりで、嬉しそうな顔を隠そうともしていなかった。


 離れていたとしてもやっぱり元兄妹なだけある。彼も彼女も、少しでも心を許すとすぐに表情を隠さなくなるらしい。


「3人で夕食を取ろうと思っていたが、フィリアは寝てしまっていたよ。ランドウォール殿は先に食べるかい? それとも、フィリアを待ってる?」

「待ちたいと思います。お気遣いありがとうございます」

「ふふ、寝顔がね、子供の頃そっくりだった」


 懐かしさに顔を綻ばせているルオンサの表情はとても優しい。まるで兄というより子を見る目だ。


 それがアルグレックも彼女の寝顔を思い浮かべた途端、厳しい視線に変わった。


「まさか、君も見たことがあると?」

「ええと……その、はい」

「なぜ? 返答によっては辺境地に戻ることを阻止することも考える」

「そんな! 凭れて眠った時と倒れた時しか見てません!」

「不健全な付き合い方はしていないと誓えるかい?」

「誓えます!」


 ジトっとした視線から逃げないように、アルグレックはじっとルオンサを見つめ返した。初めてルオンサの瞳をしっかり見ているので緊張するが、距離もあるし魅了の心配はないだろう。


 ルオンサは大袈裟に息を吐いた。そして小さな声で、「私も、アルグレック君と呼んでもいいかな」と呟いた。


 その少し恥ずかしそうな表情が彼女にそっくりで、アルグレックはつい頬を緩めて頷いた。



「あの子は、私がつい兄面してしまうことを嫌がってないだろうか」

「いえ。それどころか嬉しそうですよ。手紙が来た時はいつも真っ先にその話でしたから」

「そ、そうか……! この間贈った焼き菓子はどうだった? 特別気に入ったものは? それとも甘いものはあまり好きではなかっただろうか」


 怒涛の質問に答えながら、もし今「お義兄さん」と呼んだらどんな反応をするか気になったアルグレックだった。



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