10.友達とは
特隊の魔消師の仕事は順調だった。
今のところ、毎回アルグレックが城門に迎えに来てくれ、迷うこともない。立会人もアルグレックにセルシオ、副隊長のローテーションだったおかげで、少しずつ緊張もマシになってきた。報酬は良すぎて引くほどだ。週2回行っただけで、今までの2週間分の稼ぎになったからだ。
それでも冒険者の依頼も毎日受けている。いつ切られてもいいように。
ギルドでの魔消し依頼はほぼなくなった。一度だけ病院の名前の入ったハンカチがあっただけだ。そもそもこの街以外で魔消しの依頼を受けたことはほとんどなかった。
特隊の仕事が増えただけで、これまでと同じような生活を繰り返している。毎日いくつかの討伐や採取の依頼を受け、雨が降れば図書館に行き、週に一度アルグレックとご飯に行く。
いつものようにギルドから出ようとした時、ふとエスパール料理のあの海老の料理が食べたくなった。アルグレックが注文してくれたもののひとつで、名前も覚えていない。ついギルドの出口で彼を探してみたが、生憎今日は来てないようだ。
別に、約束してる訳でもないし。
フィリアは思案した。1人で行くには入りにくい店だった。小洒落た店だったし、料理の名前も知らない。
アルグレックを誘ってみようか。そのためにあのだだっ広い城門に行くのは気が引ける。どこで何してるかも知らない。遠征中かもしれない。
そもそも、こちらから誘っていいものなのか。同僚たちとも仲が良さそうだし、自分と違って友達は多そうだ。突然行くのは迷惑かもしれない。
友達の距離が分からない。
暫く腕を組んで考えていたフィリアだったが、今日はあの海老料理はもう諦めることにした。結局1人で屋台に行き、違う海老料理を食べたが、あまり満足できなかった。
「おっはよう! ……って何だ、あんたも一緒なの」
「俺が一緒じゃ悪いの、ミオーナ」
「おはようございます。よろしくお願いします」
ミオーナと呼ばれた女騎士は、癖の強いラベンダー色の髪を高い位置で1つに纏めている。大きな琥珀色の瞳にぷっくりとした分厚い唇で、とても派手な顔立ちの美人だ。ニコニコと愛嬌のある顔で挨拶をしたと思ったら、アルグレックに興醒めしたような表情を見せた。
「私、ミオーナ・エルトン。ね、フィリアって呼んでもいい?」
「……何でも構いません」
「そんな固いのはナシでいいから。私のことはミオーナって呼んでね」
「素でも大丈夫だよ、フィリア。ミオーナはセルシオと同類だから」
「ちょっと! あんなのと一緒にしないでくれる!?」
「はあ」
許可が出たので、取り繕うのを止める。あのセルシオと似たようなタイプなら許されるだろう。
彼女も手袋をしており、そこも同じらしい。言い合いを始めた2人を放って作業台の前に座った。
「あんたさっさと練習行きなさいよね」
「あと5分」
今日の魔消しは18個だ。これだけで銀貨36枚になる。フィリアはほくほくとした気分で、手前の手袋を取った。机に掌部分を上に置いて丁寧に皺を伸ばす。何度かに分けながら、片面全体に抜けがないように魔消しを施した。
「あんたどうやってこんな腕の良い魔消師見つけたのよ」
「半年くらい前に、ガーゴンさん暫く休んでた時あったろ? その時駄目元でギルドに出したら、ガーゴンさんより良かったんだよ。で、3ヶ月くらい前に森で偶然会って友達になった」
「あの人雑だったもんね。抜けがあったり、ムラがあったり」
「堂々と魔消師するの嫌がってたのを、隊長が無理矢理お願いしたらしいし」
あんたも最初に会った時は結構強引だっただろ、と口には出さずに突っ込む。フィリアはただ黙ってもう片方に手を伸ばした。
「やば! 俺もう行かなきゃ! フィリアまたね!」
「うん」
軽く片手を上げ返すと、慌ただしくアルグレックは部屋を後にした。初めてここを訪れた日以外は全員騎士団の練習着を着ているので、フィリアだけがいつも正装だった。最初は気不味さを感じていたが、今は全く気にならない。
「ね、フィリア。アルグレックとは友達?」
「まあ、一応」
「じゃあ私とも友達になって」
何が「じゃあ」なのか分からない。そもそも友達が何なのか分からないのに。
ただフィリアは、最近アルグレック周辺の人々に居心地の良さを覚え始めていた。需要と供給が合致したような、自分なんかが居ても少しは許される場所なんじゃないかと。
だからつい、疑問を口に出してしまった。
「アルグレックといい、あんたといい、何で魔消しなんかと友達になりたいの」
「あんたじゃなくて、ミオーナ!」
「……ミオーナ」
ミオーナは満足げに鼻をフンと鳴らして腰に手を当てた。美人のオーラは圧が凄い。
「だって、フィリア面白そうじゃない」
「はあ?」
「それに魔消しなんかって言うけど、私たちはその魔消しがいないと普通に生きていけないのよ。というか、そんなのは友達になるのに関係ないの」
「はあ」
意味が分かるような分からないような。多分彼女は感覚で生きてるタイプだ。ミオーナは横に座って、ぐっと顔を近付けてきた。琥珀色の瞳がとても綺麗だと思った。
「一緒にいて楽しければ友達なのよ。一緒に喜んだり怒ったり、悩みを相談し合ったりして、より仲良くなっていくの」
「ふぅん」
「私は既に楽しいし、フィリアも別に悪い気してないでしょ?」
「……」
「じゃ、私たちはもう友達よ!」
嬉しそうにミオーナの顔が綻ぶ。フィリアはぼんやりと思った。
「……今何考えてた?」
「"祝福持ちは皆強引なのか"」
「あんた結構分かりやすいって言われない?」
「……」
思わず視線を反らすと、ミオーナは声を出して笑った。フィリアは少し悔しかったが、それでも悪い気はしなかった。
「ね、フィリアってどこに住んでるの?」
「東区の酒屋通りの民宿。なんで」
「どこか一緒に行きたい時に手紙とかで連絡したいでしょ。誰かみたいに忠犬よろしくギルド前でずっと待っていたくないわ」
やっぱり犬に見えるのか、と違うところで納得するフィリア。別に隠しているつもりはなく、アルグレックに聞かれなかったから言わなかっただけなのだが。彼にも教えた方がいいのかもしれない。毎回待たせていることに、初めて少しだけ罪悪感を覚えた。
腰のポーチにあった紙切れを半分に切って、住所をそれぞれに書く。
「これ、住所。アルグレックにも渡してくれると助かる」
「男に住所教えていいの?」
「友達でもダメなもん?」
ミオーナは少し考えて、結局両方受け取った。彼女もまた、どこかの引き出しから紙を引っ張り出して、サラサラと住所を書いて寄越した。少し癖のある可愛らしい字だ。
「とりあえず、近々ご飯行きましょ! いつ空いてる?」
「夜の鐘が鳴ったあとならいつでも」
「じゃ、早速明日ね! 夜の7時にギルド前に行くわ」
フィリアは頷いてから作業に戻った。ずっと手が止まっていたことにやっと気が付いたのだ。
少しくすぐったく感じながら、そこからは黙々と魔消しを施していった。
その日の夜、騎士団の食堂では。
「はあ!? フィリアと明日メシ行くだって!?」
「あら悪い? 友達だもの」
「明日は俺が行こうと思ってたのに……!」
「他の日の予定、手紙で聞いてみたら? ああ、あんたは住所知らないんだっけ? 私は教えてもらったけど」
「はあ!? 嘘だろ、俺まだ聞いてない……!」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる美女と、がっくり肩を落とす美男。隣ではセルシオが大声で笑っている。そのやり取りをニヤニヤしながら見つめる特隊員が半分、羨ましそうに見つめる特隊員が半分。
「城館の近くに新しくできたカフェ、夜限定のデザート出してるの知ってる?」
「そんなことより……!」
「そのデザート食べたら、フィリアからあんたに預かったこの紙、あげてもいいんだけど?」
「すぐ行ってくる!!」
「「犬か……」」
一目散に走って行く姿を見て、特隊員たちの気持ちが1つになった瞬間だった。




