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勇者パーティーの役立たず

「ベア!よく帰ってきた!」


 生家ローズ家に帰郷した私は、両親に涙ながら温かく迎えられ、数か月隠遁生活を送った。


 帰郷してすぐのころは、ビゴー大聖堂破壊や、ヴィンス修道院襲撃の嫌疑で勇者パーティーが指名手配されており、人目を避けざるを得なかったのだ。

 だが魔物が撤退し、戦争が終結したと知れると次第に勇者パーティーの扱いは変わっていった。


 魔王が討伐されたのではないか、第二の勇者パーティは未だ王都に居るぞ、では誰が、行方知れずの前勇者パーティーではなかろうか、と市井をうわさが駆け巡ったのだ。


 第二の勇者は相当の目立ちたがりで、また善人であることに誇りがあるらしく、魔王討伐は真実であり自分の与えられた神の加護はそれに伴って回収されたのだと国民に触れ回った。どうやらすでに勇者としての力を失っていて、丁度いい公表の機会だったのだろう。


 それから彼は、前勇者パーティーに罪などなく、魔王を討伐してくれたのは彼らだ、と進んで喧伝し始めた。どうも勇者パーティーのために義憤を燃やす立場が気に入ったらしい。

 それもこれもゼノ教の黒いうわさが広まり始めたからで、風向きを見て旗を振る相手を切り替える素早さは勇者より為政者に向いているのではないかと思う。


 私は隠遁生活を送りながらゼノ教の真実を白日の下にさらそうと方々に裏から手紙を出していた。人目を忍んだ生活は窮屈でならない。早く罪科を払拭し、大手を振って領土を歩きたかった。

 それに、このままではパーティーのみんなが帰ってこられず、会うこともままならないではないか。


 ゼノ教の失墜を望むものは少なくない。

 私は我が家に関係を持つ家々に協力を乞い、シオの残した真実のノートを公表する算段を立てた。


 特に、脅しに似た手紙を出してやったビゴー辺境伯の協力は大きく、そしてゼノ教革新派のリーダーであるメルの父親が接触してきたことで告発は現実になった。


 ゼノ教は民衆から囂々(ごうごう)の非難を受け、国家の庇護を受けられなくなり、バラバラに破滅した。

 それによりとうとう私も自由に外へ出て、数ヶ月遅れて戦争終結の余韻を味わうことが出来るようになった。


 太陽のもと、明日への希望に満ちた領民と挨拶を交わしながら、


 しかし、私の待ち人は一向に来ない。


 もはや彼は死んでしまったのか、それとも私は途中で逃げた腰抜けとして臆病者の孤独を一生背負っていかねばならないのだろうか。


 そんな矢先、一通の手紙が届いた。


「ベア様、封蝋されていない小汚い書簡が届いておりますが」


 私は希望に即した予感がし、執事から手紙を受け取ると部屋で一人、緊張で心臓をドクドクと荒くしながら便箋を取り出した。


――――――――――


ベアさん


僕です。シオです。

どうもごたごたしていて、連絡が遅くなってすみません。


久しぶりに人里に降りてびっくりしましたよ。ゼノ教が解体されるそうですね。勇者パーティーへの逮捕命令も解けていて、おかげでやっと手紙を出すことが出来ました。


盗賊団と癒着しているとの内部からの告発や、戦争責任に関して諸侯からの批判も大きかったそうですが、どうもベアさんが手をまわしたんでしょう?ビゴー辺境伯が矢面に立ってゼノ教と対立したそうですが、彼自身勇者暗殺の咎で嗅ぎまわられているんだとか。やることがえげつなくて、ベアさんらしいです。


ともかくこれで僕も街で買い物出来そうでとても助かります。人の住まない土地での生活は大変ですから。

そうそう、勇者様は非業の死を遂げた悲劇の英雄になっちゃいましたね。これじゃ永遠に勇者ロイの名は伝説と共に人々の間に残り続けるでしょうね。まぁ彼も満足でしょう。そういう扱いを受けるのが何より好きな人でしたから。


報告しなければならないことが沢山ありますが、どうも文面だと上手く気持ちが乗らないので、近々落ち着いたら会って話しましょう。そう遠くない未来だと信じています。


……生きている、ということは素晴らしいことですね。私たちには未来があり、また会う機会がある。生きている間に、できる限りのことをしなければならないと思います。


それでは、この手紙が無事に届くことを祈って。


シオ


――――――――――


 私の頬を涙が伝った。火傷と傷で、もはや目の役割を果たしていない右目からすっと涙が零れる。

 私は感慨に浸り、しばらく手紙を胸に抱きしめて窓際に立ち尽くしていたが、ふとあることを思い出し飛びついて引き出しを開けた。


 そこには、修道院侵入の作戦で用意し、使わなかった『伝達の魔石』があった。


 私はそれを手のひらで砕いた。シオが私のように魔石を未だ保持していたら、これで連絡がいくはずだ。

 手紙は無事届いたのだと、彼の魔石は今どこか遠い土地で反応をしているだろう。


 手の中で粉々になった魔石を指で弄りながら私はこの時、彼の言う『私たちには未来がある』という言葉をじんわりと感じた。


 私が涙を拭いながら大切な便箋を封筒に戻そうとすると、裏に字が刻まれているのを発見した。




『追伸。

そうだ。真実のノートだけでなく、僕の妄想日記も発表したんですね。

いや、そのことについては、王都でベストセラーだそうで鼻が高い。幼馴染に自慢出来て嬉しい限りです。

でもあの前文は酷いじゃないですか。

貴方がいたずら好きであることをあの時ちゃんと考慮していれば軽率に渡さなかったのにと後悔中です』




 つい、笑みがこぼれた。


 あれは出版商に刊行に寄せて書いてくれと頼まれたんだ。作者であるお前の生死も分からなかったのだから仕方あるまい。


 私は『勇者伝』というタイトルの本を開いた。一ページ目に、私の寄せた前文が書いてある。



『この本を、愛すべき勇者パーティーの役立たずに捧ぐ』



 ふふっ、興味を引く良い前文じゃないか。訂正したかったら、早く帰ってこい。


 私は窓の外に目を向けた。朝日が、昼の空に差し掛かろうとしていた。


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