最終決戦
「え……?」
姫は呆然と口から血を吐いた。
ティアは貫通した姫の体ごと腕を持ち上げ血を全身に浴びる。僕が初めて見る、恐ろしい魔物の姿だった。
「貴様ぁ!!!」
魔王の身体が膨れ上がり巨大な角を持つ四足歩行の怪物に変身した。
魔物化した魔王は頭をふるってティアに突進する。激突の衝撃でティアは左腕がもげ、その勢いのまま壁まで吹き飛んだ。
マキアナ姫も宙を舞い、地面にどさりと落ちたが、姫は既にこと切れていた。
僕はハッと我に返り聖剣を抜いた。もう後戻りはできない。僕が聖剣を抜いたのを見てアリスは魔法を唱え始めた。
「ル、ディラ、コンジュラ、ムタイ、ベリ」
聞いたことのない長い詠唱だった。彼女の体の中心に魔力が集まっていく。
魔王が「ブオオオォ!」と叫んでティアに追い打ちをかけようとしているが、ティアは黒い血を噴き出しながらぐちゃぐちゃになって地面に倒れもだえ苦しんでいるままだ。
僕はまだ覚悟が付かず、聖剣を握ったまま逡巡していたが、魔王は僕に構わずティアに突進しようと地面を蹴った。
「待て!」
僕は無力にも叫んだ。と、同時にアリスが詠唱を終えた。
「ギア、ヴァンディラ!」
瞬間黒い閃光が走り、魔王の首元から空気を震わす青白い爆発が起こった。
すさまじい爆風が巻き起こり、杖を持ち上げる彼女の長いローブをはためかせ、僕も両足を踏ん張った。
魔王は悲鳴を上げてよろめいた。しかし踏みこたえ、アリスの方を睨み反撃を繰り出そうとする。
素早く魔王の角の間に魔力が集まり、弾丸の形になって発射された。
アリスはよけきれなかった。左ひざに直撃し片足が吹き飛び、彼女は「ウっ」とうめいて地面に倒れた。アリスは片足を失ったのだ。
僕はその瞬間覚悟が決まった。
聖剣を握る手のひらに力を込め前傾姿勢で構え、聖剣を横に倒し走り出した。
魔王は血走った目で僕の姿を捕らえたが、その時には僕は既にとびかかり、そして焼けただれた首に一刀を叩き込んだ。
対魔物に特化した聖剣は、魔王の首をぎちぎちと裂き、果てには切断した。
魔王の首が床に転がり、ドスンと音を立ててすぐに身体も沈んだ。
魔王は死んだ。
僕はハァハァと荒い息を吐いた。勇者様、メル、全てがここに収束し、今終わったのだ。
するとだだだっと何者かがすさまじい速度でとびかかってくるのを感覚の鋭くなった耳がとらえた。
ティアが真っ赤に染まった爪をむき出しにして僕に襲い掛かってきていた。
僕は動けなかった。動かなかったのかもしれない。
ティアの行動は正気を失っているからなのか、それとも魔王を殺した勇者を憎んで体が動いたのか、そんなことは分からなかったが、何より僕の体は動かなかった。
彼女の爪が僕の腹を貫き、僕は血を吐いた。
「シオ!!」
地面にはいつくばったアリスが叫ぶのが聞こえる。
「ル、ディラ、コンジュラ、ムタイ、ベリ」
僕は体から力が抜けていくのを感じ、聖剣がからんと音を立てて床に落ちた。
僕は震える手でティアの頭を胸に抱き寄せた。ティアは、僕の赤い宝石のような内臓から顔を上げ僕の目を見た。
「シオくん……?」
その黄色い瞳は確かに正気を取り戻していた。
僕はもう力の入らない腕で必死にティアを抱きしめた。大丈夫だから、という想いを伝えたくて、誰もあなたを傷つけたくないんだと、何が何でも伝えたくて、でも上手く口が動かなかった。
ティアの瞳から涙がこぼれた。
「ごめんね……」
「ギア、ヴァンディラ!」
アリスが呪文を叫んだ。
黒い光がチカチカと網膜を刺し、ティアの顔が青白い爆炎で吹き飛んだ。
僕は風で吹き飛ばされ、ティアの胴体は黒い煙を上げて動かなくなった。
「シオ……!シオ……!」
アリスが杖に寄りかかり吹き飛んだ左足を引きずりながら近づいてくるのが見えた。僕の身体はもうピクリとも動かない。
「シオ!!」
のぞき込んできた彼女の目から涙が幾粒も溢れて落ちた。彼女の瞳は怒り、悲しみ、混乱、後悔、苦しさをはらんでいた。
彼女の黒い瞳はこんなにも感情豊かだったのか。
僕は笑顔を見せようとした。だが唇に力が入らなかった。僕の心には広大な平穏が訪れていた。
僕はアリスの声を聞きながらそっと瞼を閉じた。




