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幕間1 精霊の幼馴染

 これは十年ほど前のこと。シオが幼馴染と初めて出会った時の話だ。


 バステノン王国の辺境にある大森林の中にヤソバ村という小さな集落がある。その村は一応バステノン王国の領土だが、街道から切り離され大海の孤島のようにポツンと森の中に沈み、誰も気にしないはぐれた土地だった。


 ヤソバ村の端っこ、深い森の入り口にある池で、ソィスという精霊は退屈を持て余していた。


 精霊とは豊かな土地に生まれる生物で、マナという自然の力を食べて生きている。いや、生きていると言うのはあまり適切ではないかもしれない。なにせ「死」という概念とはあまり関わりがないからだ。

 豊かな森に現れ、枯れるといなくなる。そういう存在の曖昧な生物だった。


 ソィスはこの土地に生まれてまだ1年という、精霊にしては赤ん坊も赤ん坊で、他に仲間にも出会わず毎日生きるともなしに生きていた。


 精霊は神の使いでもある。智慧だけは人間よりはるかに深いものを神から授かっており、それもまたソィスの退屈の種だった。何を見ても新鮮な感動がない。

 ソィスは「孤独」という言葉は知っていたが、それが今の自分の、ぽっかりと心に隙間風が吹いているような心情のことを指すのだと気付くにはまだ感情は成長していなかった。


 ソィスはぼんやり池のほとりに腰掛け、霞のような体の一部を水にちゃぷちゃぷと付けて遊んでいた。


 すると、がさごそと草むらをかきわける音が聞こえ、池の対岸に子供が一人現れた。


 子供はまだ5歳ほどの男の子だ。ソィスは生まれて初めて人間を目にした。そういえばこの近くには村落があったな、と思い出した。


 男の子は水を汲みに来たようだ。彼は持参した瓶で水をかいていたが、対岸でちゃぷ……と微かな音がしたような気がしたので目を凝らした。そこにはよくわからないモヤモヤした緑色の煙のようなものが漂っていた。男の子は首をかしげながら声をかけた。


「おーい!誰かいるのか?」


 この男の子こそが、約10年後勇者パーティーで散々苦労している青年「シオ」のその子供時代である。

 ちなみに当時のシオは自分のことを「僕」ではなく「オレ」と呼んでいた。


「オレの気のせいかな……なんか見える気がするんだけど……」


 シオ少年が目を凝らしているモヤモヤした緑色の煙とはソィスのことだ。精霊は特に決まった姿を持たないのだ。


 この時ソィスは、命に頓着しない精霊らしい残酷な考えを思いついた。この子供を池に誘って溺れさせてやろうと思ったのだ。


 この池は見た目より深い。子供が無防備に渡ろうとすれば足がつかなくてパニックになるだろう。その様子を見れば、多少退屈もまぎれるだろうか。


 ソィスは自分の形を、シオと同じくらいの小さな人間の子供の姿に変えた。


 シオはいつの間にか、見たことのない子供が池の水に足をつけているのを発見した。ほとりに腰掛けこっちに手招きしている。顔はよく見えないが、微笑んでいるような柔らかい雰囲気を感じる。


 さぁ、来い。


 ソィスは神から授かった、たくさんの呪文を知っていた。精霊術と呼ばれる魔法の一種だ。

「魅了」の魔法をシオにかけ、彼が誘われて溺れる瞬間を心待ちにした。生まれたてで魔力量も少なく、拙いソィスの精霊術だったが、思考力を低下させるくらいはできる。


 くるぞ……くる……。


 しかし、ソィスの期待は裏切られた。かけられた弱い魅了を跳ねのけるような重大な出来事がシオの心を埋めていたのだ。


「お前、ここで遊んじゃだめだ!この池は深くって、危ないんだぞ!」


 ソィスはポカンと呆気にとられた。シオは慌てて木々の根っこをまたぎ、ぐるりと池を回り込んでソィスに手を差し伸べた。

 シオはこの池が深いことを知っており、ソィスがほとりに腰掛けているのを見て気が気じゃなかったのだ。


 シオの差し出した手をソィスは不思議そうに眺めて固まっていた。シオはじれったくなってグイ、とソィスを引っ張って抱き寄せた。


「何やってんだよもう……。ぼーっとすんなよな。……あれ、お前どこの子?」


 ソィスはシオの温かい胸の鼓動を聞いて頭がクラクラした。奇妙な音色だ。小さいのに、頭蓋骨まで深く響いてくるようで、思考がまとまらない。


 シオはソィスが見たことのない子供だったので首をかしげている。こんな森の奥の村に知らない人が来ることは珍しい。


「捨て子か迷子か?……ま、行くとこないならオレの村来いよ。今年は実りがいいんだ。一人くらい増えたって邪魔になんないと思うぞ」


 気づけばコクリと頷いていた。シオはソィスが頷いたのを見て喜んだ。同い年くらいの子供、遊び相手が増えたことが嬉しかったのだ。


「じゃ、こっちついて来い。手、離すなよ。なんかふらーと危なっかしいからなお前な」


 シオは片手で水瓶を胸に抱え、片手でソィスを引っ張った。水瓶からちゃぷちゃぷと音がする。しばらく歩いてからシオは「そういえば」と振り返ってソィスに聞いた。


「お前、男?女?」


 ソィスはどちらでもない、と言うつもりだった。精霊であることを隠す気はなかった。しかし、なんとなく答えていた。


「ボクは女だよ」


 シオは「ふーんそっか」とだけ言って、また歩き始めた。ちょっとだけ手を握る力が弱くなった気がする。


 ソィスはこれからへの期待と静かな興奮でフワフワした心持ちだった。この手についていけば、何か楽しいことが待っている気がする。



 ソィスは初めての感覚に浮き立ちながら、つなぐ手にギュッと力を込めた。


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