勇者パーティーの正体
司教を目の前に捉えながら僕は冷や汗がつっと手のひらを流れた。ひっそりと隠し持っている『伝達の魔石』を握りしめ考えた。
魔石を砕くべきだろうか……。
目的を達成するより、今みんなで撤退すべき状況なのかどうか、僕は判断を迷っていた。
だが、僕は覚悟を決めた。このチャンスを逃せば自分たちの身に降りかかっていることの何もかもが分からないまま運命に振り回される人形になってしまう。
僕はみんながこの部屋に向かう兵士たちを押しとどめてくれることを信用することにした。僕も、みんなに命を預けよう。
「さて、何から話すべきか」
司教は余裕綽々とひじ掛けに腕を乗せ、指輪だらけの手を滑らかに遊ばせた。彼の何枚も重ねた巨大なローブが動きに合わせて衣擦れの音を立てた。
僕は彼の芝居がかった尊大さに焦燥感を煮詰まらせた。
「そうだな、魔王との戦争について……」
「おい!勇者パーティーのことを……」
「口を挟む暇が君にあるのかね。物事には順番があるだろう。大人しく聞き給え」
彼は僕を制し、馬鹿にしたようにフッと笑った。僕は背中の聖剣を意識した。だが今いたずらに脅してもややこしくなるばかりだと堪えた。
「まあ手っ取り早く話してやろう。もし途中までで半端に終わってしまったら私の方も語り甲斐が無いものだ」
それから司教が滔々と話した内容は僕を絶望させるのに十分だった。
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「そうだな。まず、我々は戦争が続けば儲かる。回復魔法は教会の専売特許だからだ。国が金を出して派遣した兵士が、その金をもって我々教会に傷を癒しに来るわけだ。
だから我々は魔王領に赴き、魔王と約束を交わした。戦争をこのまま、そこそこの被害のまま継続するよう協定を結んだのだ。
だがある日我らが戴く神、ゼノ様は一人の男に加護を与え、魔王を討伐するよう求めた。これは誰もが知っていることだな。神託と勇者だよ。
……困ったことだ。我々は話し合った。神意に従うべきか、それとも勇者の存在を秘匿すべきかとね。我々穏健派は戦争の継続を望んだが、とある司祭が真っ向からそれに反対し、魔王を討伐するべきだと主張した。その男は自らの宗派を作り、急速に支持を得ていった。そして我々もその流れに押し切られ、魔王討伐に踏み切った。
軍を出さずとも魔王領を得られるなら、たとえそこが荒れ地でもおつりがくるという計算でね。だが戦争が終わると教会に回復魔法を求めにくる人々も減ってしまう。
その確実に予想される損失を補填することを我々は要求し、そうして生まれたのが勇者パーティーだ。勇者パーティーは、戦争をやめる代わりの損失金を補うためのシステムなのだよ」
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「ああ、そうそう。第二の勇者パーティー、あれは王都連中のやらかしだよ。勇者が死んだ時、新たに加護を与えられた人物が出たのだろうが、恐らくそれが目立ちたがり屋だったのか、存在を隠す間もなかったのだな。それで勇者が街を破壊したというこちらの情報も知らずに、前勇者は華々しく戦死したことにして新たな勇者を擁立した。全く、早馬よりゼノ様の神託の方がよっぽど情報が早くて困る」
と、彼はそこで「これくらいにするか」と息をついた。
魔王が……勇者パーティーが……なんだって……?
僕はまだ頭が追い付かず、分からないことだらけだった。だが、絶望した。勇者パーティーは金儲けの創作であり神託の内容にはなかったという事実が僕を完全に打ちのめした。
メルが神託を守ろうとして必死に旅を続けてきたこと、ベアが重圧に耐えて戦場に立ち続けたその想いが、全て的外れな努力だと馬鹿にされた。
(ありもしない幸福の幻想を追って同じことを繰り返し続けるだけだ……)
勇者様の言葉を思い出した。
この世は永遠に平和に向かっていかないのか、誰も平和を望んでいないのか。
僕はやっと今、僕たちが利益争いに利用された集団に過ぎなかったことを自覚した。
力が抜けるような虚無感に襲われ始めた僕に、司教の少し慌てるような声が聞こえた。
「……なんだ……聖堂騎士がなかなか来ないな……」
彼が落ち着きなくチラと扉に目をやったのを見て、僕はハッと我を取り戻した。そうだ、みんなは今この瞬間命を懸けてくれている。
「……ふん。君の仲間がなにやら、頑張っているようだね」
戸惑ったような司教を見て、僕はこの男が、本当は臆病者であることを瞬時に見抜き、自分の気勢を取り戻すことに成功した。
目の前の小物が間違えたことを言っているのならば、それを粉砕してやる力が聖剣を託された僕にはあるのだ、という思いが僕の意識を何とか掴んだ。
「……だが、まぁ、肝心の君が私に危害を加えられないのだから構わんのだがな。君が全くの無能であることはよーく知っている」
彼は自分の身の安全が保障されているときは気が強いのだ、と僕は彼の落ち着きの根拠を分析した。
だから僕は恐怖を味わわせるために聖剣を抜いて見せ、椅子を蹴飛ばして立ち上がった。彼は光る聖剣にぎょっと目をむき、あっという間に取り乱した。それは辺境伯の命乞いを思い出させる姿だった。
「もっと詳細に説明しろ……!」
僕はこの時、全ての真実を明らかにすることだけを考え、そのあとは激情に身を任せるつもりだったが、彼の反応に予想外なものが混じっているのに気づいた。
「な……なぜ聖剣を扱える……!?聖剣は強力な加護を持つもので無ければ力を発揮しないはずだ……!」
そうか、この臆病者は僕が聖剣を使えるのだと気付いていれば最初から怯えていたはずだ。だが、この謎の答えをこの男も知らないのか……?
僕は考え得る限り最も妥当な答えを返した。
「神の加護だろう」
「いや、神の加護は確かに第二の勇者に移ったのだ!」
それから司教は「はっ!」と息をのんだ。
「……なるほどな、そういうことだったのか……!……貴様……精霊の加護を持っているな!」
僕は、精霊という聞き覚えのある単語を聞いて、なぜかぞわりと悪寒に襲われた。
「どういう仕組みか知らないが精霊は貴様に加護を残したのだな……!精霊が死んだときその場に加護が残らなかったのは、つまりそういうことだったのか……」
僕の足が病人の発作のように震えた。恐ろしい疑念がそのまま口をついた。
「……どういうことだ……?」
「知らないのか……?精霊は死んだとき近くの生物に取りつく。そして取りついた生物からマナを吸いながら休眠し、代わりに精霊の力の一部を与える。それが精霊の加護だ」
そういうことじゃない。僕が聞きたいのは、それは、つまり。
「ソィスと言ったか、あの精霊は何も残さず死んだからな」
ソィスが……死んだ……?




