準備
次回修道院編は書き溜めてから投稿します。一週間以内にはまとめて投稿できる予定です。
ヴィンス修道院に乗り込むことに決めた僕は、まずベアに会いに行った。彼女の意思を確かめるためだ。
ベアは僕に気付くと小さく手を上げた。
「シオ……すまない。メルに何を言ってもちゃんと聞いてもらえなくて……」
昨日彼女のことを頼んでいたので責任を感じているようだ。
「いえ、それはしょうがないです。……あの、ベアさん……そのメルさんを正気に戻すためにも一枚噛んでいるのですが、お願いがあるんです」
彼女は「なんだ?」とくくった髪を揺らしながら聞く姿勢を見せた。
「ゼノ教の司教に会うのについてきてくれないでしょうか。危険があるかもしれませんが……」
「分かった、行こう」
彼女は詳細も聞かず即決した。僕はダメもとのつもりで頼んでいたので驚いた。彼女は当たり前だと言う風に笑った。
「私はお前の騎士だからな。体力もすっかり戻ったし、それくらいお安い御用さ」
「ベアさん……」
僕は不覚にも感動してしまった。彼女は戦いの恐怖を僕のために克服して、共に進もうとしてくれている。仲間のありがたみをここまで大きく感じたことはない。
僕がじーんと感激しているのに気づいてか、彼女はおどけるように言った。
「斬り結ぶことがあっても平気だぞ。なんだったら相手に向かって『シオに我が命を捧ぐ!』と宣誓してから剣を抜いてもいい」
「おぉ……割とそれはやめてくださいよ」
「ふふっ、おや、騎士としては大真面目なのだが、お前はそういうのイヤか」
彼女はクスクス笑った。軽口を叩くのが好きという一面を僕にも見せてくれるようになったことが嬉しかった。
その後、アリスにも同じことを頼みに行った。
彼女は表情も変えずにただ頷いた。その淡白さに、僕は彼女の気持ちが今ひとつわからず、強制してしまっているのではないかと不安になった。
だから「嫌だったら、言ってください」と言うと
彼女は「全然?」と口元を僅かに緩めて笑った。
ベアもアリスもまるで僕に命を預けてくれているようだった。
僕は彼女たちとこれほどの関係を築けたことに、僕のこれまでの旅路が全く無駄なものではなかったと、熱いものがこみ上げてきた。
報われる瞬間というのは呆気ないものだ。ただ、その喜びはいつまでも僕の心に尾を引いて痺れるように心地よかった。
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修道院侵入に当たって、作戦は特になかった。辺境伯の時と同じように『見つけて、話を聞く』、それだけだ。
ただ、司教は勇者様に大聖堂を破壊されているし、第二の勇者パーティーなどが生まれた今、素直に話をしてくれるかは微妙だ。
加えて近日中に迎えの兵が来て、別の街まで避難するという。
だからスピード勝負に出るつもりだ。作戦を考えている暇はない。手分けして司教を探し、見つけたら脅してでも聞き出してすぐ脱出する。これが全てだ。
僕らは城郭都市まで転移し、準備を整えた。
ここら辺はただでさえ標高が高く、更に修道院はここから北東の崖の上なので、防寒と隠密を兼ねた黒いローブを購入した。
それと連絡用に『伝達の魔石』と呼ばれるマジックアイテムも買った。
それは砕いて使用し、ペアになっている魔石に反応をよこすことが出来るというシンプルなものだ。
5つ1組で連動しているものを買い、それぞれ一つずつ持った。
司教を見つけ話を聞きだすことに成功したら魔石を砕き、反応を受け取った全員が修道院を脱出、裏口で待つアリスの下に合流し逃げる算段だ。
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僕らは半日かけ山道を歩き、ヴィンス修道院を視界にとらえた窪地に陣取った。
夜、月が出ていて、おまけに小さく雪も降ってきた。ローブを貫通して寒気が全身を覆ってくる。ぶるっと身震いが止まらないのは寒さか恐れか。決行はもうすぐだ。
メルがみんなを振り返りまとめるように言った。
「みなさん、準備はいいですか。情報に行き違いがあるようなので危険がないとは言い切れません。私たちは正義の決死隊として、誤解を正しに行きましょう」
メルの表情や声に不自然なところがなく、それが一番の不自然だった。すっかり自分の思い込みに呑まれているようだ。
「それにしても司教様に直接談判するなんて、流石に緊張しますね……。ね、シオさん」
冷静に気を引き締めた、普段通りの彼女の様子に僕は彼女がそこまでおかしくなったわけではないと思い返した。
ただ僕が勇者であるということを信じているだけなのだ。だがそれだけでこんな教会に弓引くような作戦に協力するのだから、やはり浮足立った落ち着きのなさが彼女にあるような気もした。
メルに「怪我をしたら言ってくださいね」と微笑まれ、僕は首肯した。
それから僕は最後の確認とばかりにみんなをぐるっと見渡した。
するとティアが、少し身をかがめて血の気を失った顔をしているのが目に留まった。
「ティアさん、大丈夫ですか?」
「え……うん。大丈夫だよ」
彼女は蒼白な顔で怯えるように僕の顔を見、すぐ目をそらした。その挙動に僕は彼女の体調に異変を感じた。
「具合が悪そうに見えます。やめといたほうがいいです」
「ううん、行かせて。お願い」
彼女の必死な声色に僕は圧され、それ以上何も言えなかった。ここまで来て中途半端な決断を下すのは良くないことに思え、僕は彼女のことは彼女自身に任せた。
ベアはすっかり鎧に身を包んでいて、バイザーを上げて覗く目だけが唯一外気にさらされた素肌だ。火傷跡に包まれた右目が彼女の生命力を象徴していて、その瞳には気迫がこもっていた。
緊張しているだろう、恐れもあるだろう、だが彼女はここまで僕のために来てくれた。目が合うと彼女は小さく頷きバイザーをカシャッと下げた。揺るがない決意が感じられた。
アリスは、例によって無表情でぬぼ~っとしている。
「別に……私は裏口で待機してるだけだし、緊張なんてない」
と彼女がぼんやり呟いたので僕は気が抜けた。相変わらず微妙に足並みの揃わないパーティーだなぁと思っていると、彼女は「あ」と今思いついたかのように急に真剣な顔になり僕に言った。
「これが終わったら、ご褒美に添い寝して。今度はちゃんと一晩中」
いつになくきびきびと言葉を発する彼女に僕はキョトンとし、笑った。
「ごまかさないで」と詰め寄る彼女に僕は指切りして約束を交わした。彼女は嬉しそうにじっと小指を眺めていた。
「それじゃあ……行きましょう」
再確認するように僕は言った。
そして僕らは5人、修道院に向かって進みだした。




