それぞれの朝
次第に夜が明けてきた。あちこちで野鳥の鳴く声がして、世界が目覚めていく気配に満ちている。
逆に僕はもう眠い。見張りは不要だとティアには言われたが、やっぱり魔物の出る森なんだしと思って夜通し頑張ってしまった。寝てる自分の方が索敵範囲が広い、とティアは言ったが、逆に僕がそれを信用できない。いくら警戒心の強い盗賊とはいえ、ぐっすり眠ったまま気が付かないということがあるかもしれない。
眠気を覚まそうと思って立ち上がりストレッチを始める。深呼吸すると冷たい空気が胸いっぱいに入ってきて気持ちがいい。
おいっちにーおいっちにー、と体を動かしていると背後でものの動く気配を感じた。視線を向けるとコソっと音を立ててアリスがテントから出てくるところだった。
「おはようございます。いつも早いですね」
まだ森の中は薄暗いのに相変わらず早起きだ。
アリスは例のぼーっとした表情のままコクリと頷いた。眠いのか眠くないのかも分からない。
少し長い黒髪は寝ぐせが立っており、魔法使いのローブがくしゃくしゃだ。寝巻きに着替えずローブのまま寝たなコイツ……。
とことこと僕の横まで来て辺りを見回した後ポツリと呟くように言う。
「……朝日、見えない…」
夜明けの気配だけで確かに朝日ははっきりと見えない。深い森の中だから当然だ。
「でも、夜明け空は綺麗じゃないですか?橙色と桃色の中間で」
「?」
「ほら、あっちの方角、梢の間からチラチラ明るい空が覗いてます」
「……あっ、本当だ……!太陽が見える……!」
「……」
「……見える、気がした……。明るいし……」
そうだよな、まだ見えないよな。
「もう少し昇ってきたら、太陽も木の隙間からひょっこりすると思いますよ」
僕がそう言うとアリスはコクっと頷いた。
アリスは朝日がとても好きなようで、いつも一番早くに起きてくる。たとえ前日ほとんど眠っていなくても明け方には必ず起きて陽が昇るのを待っている。その姿が僕はなんとなく好きだ。
ふっと風が吹いてアリスの寝ぐせが揺れた。普段は長い黒髪に隠れて見えづらい尖った耳と小さな二本のツノが目に入った。
アリスはエルフだ。エルフの耳が尖っているというのは田舎出身の僕も聞いたことがあったが、ツノが生えているというのはアリスと出会って初めて知ったことだ。
僕は日記を片づけたり自分のバッグの整理を始めたが、アリスは東の方を見たまま動かない。太陽が見えるまでそのまま待つつもりなんだろうか。やっぱり不思議な人だ。
と、ごそごそと音がして今度はベアが起きてきた。
朝は重そうな甲冑もヘルムもかぶっていない。ベアは不機嫌そうに目を細めている。
……本当に美人だな……。
普段ヘルムで隠されているからあまりそんな気がしないけどベアの顔は恐ろしいほど整っている。完成された彫刻みたいな美しさだ。
勇者パーティーはみんな綺麗な顔をしているけど、彼女は別格だと思う。
ベアは眉をひそめたままきょろきょろしていたが、僕を見つけて凛とした声を上げた。
「おい、この辺に水が汲めるところはあるか」
「あ、はい!」
昨日シチューを作るときに使った泉に案内する。ベアは姿勢がいいのに加えて僕より背が高いので威圧感がある。口調もぶっきらぼうだしちょっと怖い。今睨みつけるような顔を僕に向けているのは眠たいからだよな……?僕が気に食わないからとかじゃないよな……?
案内から帰ってくるとメルが起きていた。
寝ぐせも立っていないし、もう神官服に身を包んでいる。僕を見つけるとおはようございます、と挨拶をしてきた。棒立ちのアリスにも挨拶をしている。
もう木々の隙間から十分太陽の姿が見えるようになっていた。
アリスはキラキラと零れる日の光を浴びてどことなく嬉しそうに見える。まあ無表情なのには変わりないから推測だけど。
それから銘々食事をしたり、武器の手入れなんかをしてしばらく経つと森の中からざっざっと足音が聞こえてきた。
4人の間に会話が一切ないので足音が迫ってくるのがはっきりと分かる。
森の中から勇者様が現れた。堂々たる朝帰りだ。
「おらおら、てめーら準備は出来てるか?おい!ティア起きろ!」
急に騒がしくなる。会話がなくて静かなのはイヤだったから別にいいんだけど。
ティアが眠たそうに眼をこすりながらのそっとテントから這い出てきた。
薄い寝巻きのままぐーっと伸びをして猫みたいだな、と思う。そのままぺろぺろ毛づくろいでも始めそうだ。
「昨日の続き行くぞ。さっさと用意しろビッチ」
「え~ゴブリン退治なら昨日終わったじゃん」
「洞穴に宝ため込んでただろーが。回収したらそのまま村まで依頼達成の報告行くから昨日のメンバー全員ついて来いよ」
また、僕だけ待機か……と思ったが、眠たいのでちょうどよかった。というか待機だと予想していたから夜通し見張りが出来たわけだけど、これじゃほんとに自分がパーティーメンバーの一員かどうか疑わしくなるな。
そんなことをぶつくさ考えていると、ティアがふわぁっとあくびをしたのが目に入って、釣られてあくびが出た。
彼女はそんな僕に気が付いたようでクスッと笑って近づいてくる。そのままコソっと耳打ちしてきた。
「昨日は面白かったね?」
昨日、いや寝ていない僕にとってはついさっきの出来事だ。ほじくり返されて嫌な気持ちになった。
「……も~、からかわないでくださいよ……」
「ごめんごめん、ほらこれあげるから」
不機嫌になった僕に、ティアは楽しそうに謝りながら何かを手渡してきた。見ると年季の入ったナイフのようだ。
「なんですか?これ」
「昨日貰ったの、お守りにどーぞ」
昨日貰ったって、一緒に呑んだっていう男の人から貰ったってことだよな?
……う、嬉しくねぇ……。貢がれたもの横流しされても全く嬉しくねぇ……。
僕が若干引いているのに気づいていそうなクセに「私だと思って持ってていーよ」とか言って笑っている。
「おい、てめぇらなんか仲良くなってねぇか?」
僕らがこそこそ話し合っていたのを見咎めるように勇者様が話に入ってきた。
「おいティア、てめぇ昨晩街に行くふりしてシオとよろしくやってたんじゃねぇだろうな」
あらぬ誤解に焦った僕は「そんなこと……」と訂正しようとするが、ティアが勇者様に返事をした声でかき消されてしまった。
「え~?仲良くしちゃダメ?」
「ふん、そんなカスやめとけ。俺の方がよっぽどいい男だぜ」
「ほんとかな~?」
ティアは勇者様の言葉にクスクスと笑っている。それから彼女は勇者様を連れて僕から離れ、洞穴への出発の準備を整えに向かった。背中を押してくるティアに勇者様はケッと呆れたような視線を向けたが、そのまま気分よさげに押されるがままにしている。
ティアが勇者様をうまくいなしてくれて助かった……。勇者様を押して行ってくれたのはもしかして僕と勇者様の相性が悪いことに気を使ってくれた結果だろうか。
それにしても勇者様ってなんとなくティアには特別よく絡むような……。
一連の流れを見ていたのだろうか、遠くでベアがつまらなさそうにフンと鼻を鳴らした。
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みんながゴブリンの巣穴に向かい、僕は一人残された。昼間の森の中は絶えず色んな音が聞こえるが、人がいないとやはり急に静かになったように感じる。
寝るか……。みんなが帰ってくる夕方前には起きてシチューを作る準備をしなきゃな、と思いながらごろっと横になった。僕ってほんとに勇者パーティーの一員か?従者の間違いだろ……。
しばらくするとウトウトしてきて、僕は眠りについた。
昔の、幼馴染との夢を見た……。