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狂信者

「ビゴーに戻って情報集めしてたら耳に入ってきただけの話なんだけど、なんでも王都の大司教から新しい神託が出たんだって。『前勇者は魔物と戦って華々しく戦死した。だが神は第二の勇者を遣わした』って……」


 僕は虚脱するほどの衝撃を受けた。それは教会に裏切られたようなものだった。


「嘘じゃないですか……」


「うん。でも王都では受け入れられたらしい。多分ほんとに第二の勇者が現れたんだよ。でもビゴーの都市のみんなはふざけんなって怒ってた。みんな知ってるから、勇者くんが暴れまわって街を破壊したことを」


 そうだ、勇者様は大声で自分が勇者だと喧伝していたんだ。それに死体も見つかっているだろう。


 僕はその時勇者様が凶刃を振るった本当の理由に思い当たった。


 恐らく勇者様は、勇者の肩書と心中するつもりだったんだ。

 誰も自分の代わりとして勇者にならないよう、勇者の称号をおとしめようとしたんだ。自分の代替品が見つかることに、彼は抵抗したかったのだろう。


 まるでこの状況を予見していた勇者様の活眼の鋭さに僕は驚いた。


 そこで僕はハッと我に返り、まずティアに注意を促そうとした。


「とにかくこのことは……」


 メルには知られないように――。


 そう口にしようとした僕を叩きのめすように背後から声が聞こえた。


「その話、本当ですか?」


 メルが、立っていた。


 やつれ、肌が青白く、翡翠の瞳はくすんで見えた。


 僕とティアはメルの異様な雰囲気に固まった。メルは、信じられないことにクスッと笑った。


「とんでもないデマが流布しているようですね」


 彼女は僕の二の腕にそっと手のひらで触れ、言った。


「本当の勇者はここにいるのに……」


 メルは薄い唇を広げ、僕を見上げた。彼女らしからぬ媚びるような仕草と声に僕はゾッとした。


「前勇者も、第二の勇者とやらもみんな偽物ですよ。聖剣がシオさんの手で光っていることがその証拠です。シオさんこそが真の勇者なんです。……私が、みんなの勘違いを正してあげないといけませんね……。勇者パーティーはまだ終わってない……健在だぞってね……」


 僕が勇者かどうかなんて、それこそなんの保証もないじゃないか……。本来なら神託にあった他の二人の方がよっぽど彼女が信じるべき勇者のはずだった。


 時間は彼女を冷静にするどころか、追い詰め、ここまで余裕を失わせてしまったらしい。


 彼女には同情する。だが僕には一点だけ許せないことがあった。目の前で彼の最期を見たからだろうか、我慢ならなかった。


「僕たちの勇者様は本物でした。それは訂正してください」


「いえ!偽物でした。私は分かっていたんです。あんな男、勇者であるわけが……」


 死んだからってこんな風に言われるなんて、あまりにも理不尽だ。勇者様がもし生きていたら……。なにを言われても黙っているしかないなんて、死人は哀れすぎる。


 僕はこんこんと勇者様を貶し続ける彼女に、とうとう大声で怒鳴ってしまった。


「やめてください!」


 メルがビクッと身を縮こまらせたので僕はハッとたじろいだ。


 今は彼女の方がただ事ではないのだ。死んだ勇者様に義理立てするより彼女の心情を斟酌するべき場面だ。


 ……だが、彼女は確かに無礼なことを言ったのだ。許してはならないと思うのが僕の本音だった。


 しかしメルは、僕に反発しようとせず、卑屈な微笑みを浮かべた。


「ああ……勇者様、怒らないでください……」


 彼女はひざまずいて僕の足を抱きすくめるように寄りかかってきた。

 ほとんど狂気に陥った彼女に僕はお手上げになり、ティアに視線で助けを求めた。


 ティアは、真剣な表情で口を開いた。


「メルちゃん、行くならヴィンス修道院がいいよ」


 ……え?


 ティアは何を言うつもりだ。


「勇者くんが大聖堂を破壊したから、そこの司教が慌ててヴィンス修道院に落ち延びたんだって。場所は都市の北東の崖の上、大物に簡単に会えるよ」


 ティアはメルを止めるどころか、彼女の後押しをし始めた。


 メルは上体を起こし、ティアの言葉をコクコクと頷いて聞いた。


「ありがとうございます!司教様に、私たちの無事を教えてあげればきっと誤解も解けますね」


 彼女は笑顔で僕らに頭を下げ、早速準備をするためにテントに入っていった。


「ティアさん!何のつもりですか!あんなこと言ったらメルさんは本気で……」


 僕がティアを問い詰めるように言うと、彼女は伏し目で苦笑した。その表情に僕は息が詰まった。彼女は言いたいことがあるようだ。


「……私、勇者くんのこと、そこまで嫌いじゃなかったんだよね。似た匂いを感じるっていうか……あれは多分生まれが良くないよ」


 ふふっと彼女は笑う。


「だから、勇者くんが死んでショックだった。……私、今知りたいことがいっぱいだよ。司教なら、多分知ってる。シオくんは聞きたいこと、ないの?」


 彼女の射貫くような瞳に僕は頭の中を覗かれるような思いがした。


 もちろん、ある。山ほどだ。


 神託とは、勇者パーティーとは、どうして僕が聖剣を扱えるのか……。


 ……僕が黙ったのを肯定と受け取った彼女は、きゅっと口を結んで悲痛さを感じさせるほど強く言った。


「じゃあ、みんなで行こうよ」


 僕は彼女の覚悟にあてられ、決意が溢れてくるのを感じた。


 そして僕も覚悟を決め、コクリと、その提案を受け入れた。


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