奴隷はこうして勇者になった
勇者ロイは、かつて単なる奴隷ロイだった。
戦争孤児で7歳のころ地元の領主にたたき売られ、生きるためなら何でもした。
開墾地の奴隷は悲惨だ。家畜より扱いがよっぽど酷い。
労働が終わると皆空腹を抱え、狭い小屋で配給を待った。
疲れから声もなく奴隷たちが雑魚寝していると扉があき、麻袋が数人に一つ適当に配られた。中身はパンだ。今日の飯はこれだけらしい。
ロイは素早く中身を検分した。7個だ。
「おい坊主!何個入ってた!」
「……6つ」
この袋に群がる人数が自分を含め6人であることを確認し、ロイは素早く一つ懐に隠した。
6つのパンは、それぞれ一つずつ配られた。
「はぁ~……これだけかよ。死んじまうぜ」
頬のこけた、病気がちの奴隷が言った。彼はもう長くないだろう。
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ロイが夜中部屋を抜け出し、懐から取り出したパンを隠れて食っていると
「よぉ」
と背後から声がかけられた。
「パン、隠しただろ」
振り返るとそこには先ほどの6人の中にいた、年上の女が立っていた。自分の倍くらい年上の女だ。ロイは怯えた。
体格差から、殴られたらただじゃすまない。仲間を呼ばれてもリンチだ。
「あ……う……」
「いいよビビんなくて。隠さなかったら取り合いで喧嘩になってただろうし、そうなったらお前みたいなチビに回ってくる可能性はゼロだもんな」
女は鷹揚にそう言ってロイの横に腰を下ろした。
「オレの名はリンデ。お前は?」
「……ロイ」
若い奴隷同士、連帯感を持つのは珍しいことではない。ありふれた二人の奴隷は慰め合い、そして仲良くなった。
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リンデは、奴隷らしからぬ器の大きなところがあった。ロイはそんなリンデの人間性に惹かれ、懐いた。
孤児で甘えることの出来ないロイは、貧相で汚い奴隷の女に母性に似た何かを感じたのだろう。また向けられる愛情が伝わるのか、リンデもロイを可愛がった。
ある日リンデが言った。
「この世はクソだと思うか?」
「……うん」
「オレもだ。絶対こんなところ抜け出して成り上がってやる。温かい布団で寝るんだ」
リンデの野望に燃えるギラギラした瞳を見ていると、ロイはそれが現実になるような錯覚を覚えた。
それは喜ばしいことだったが、もしそうなれば離れ離れになってしまうとロイは不安になった。
ロイは、彼女と一緒にいることが好きだった。
「で、でも、クソにはクソなりの、幸せが、あると思う」
ロイは慌てて言った。彼女はロイが一生懸命に言葉を紡ぐのを見て笑った。
「……変なやつ。そんなのないよ」
呆れたような笑顔にロイは胸がドキッとした。
ロイは、リンデさえいてくれれば奴隷生活にも耐えられた。
だがリンデにはこのまま一生を終える気は全くないのだ。
ロイはそれがどことなく悲しかった。
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ある日、リンデが金をもって帰ってきた。奴隷と言えど小遣い稼ぎの手段を持つものは多い。
だがリンデの手にあったのは少なからぬ量だった。
「宣教師とか言うのが来てて、人を呼び込むの手伝ったら金をくれたんだ。明日も頼まれた」
「大丈夫なの?」
「大丈夫かどうかなんてどうでもいいだろ」
リンデは嬉しそうに言った。
「……それに宣教師のやつ、オレの汚い手を平気で握って笑ったんだ。あんなやつ初めてだよ」
「さすが聖職者様ってところだな」とリンデはロイにふざけて言ったが、ロイはそれを嫌だと思った。
彼女はそれから毎日宣教師の下に仕事を貰いに行き、金を持って帰ってきた。
彼女はそれをこっそりとため込み、奴隷の自分を買い戻す計画を立てていた。彼女が野望を果たすための欠かせない足掛かりだ。
ロイは不安だったが、止めることはできなかった。
それは奴隷のままでいてくれと言うことと同義である。
彼女は奴隷のみじめさを憎んでいるのだ。そのことをよく知っているロイに、彼女の行動を止めることはできなかった。
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その日、帰ってきたリンデは様子がおかしかった。目を合わせようとせず、足取りも不自然だった。
「聞かないでくれ」
そう震える彼女に何度も声をかけ、ロイは何があったかやっと聞きだした。
「あいつ……オレの体に不浄なものがあるとか言って……覆いかぶさってきて……オレは抵抗するだけ無駄だと悟った……」
ロイは絶句した。そんなロイを、彼女は震える手で撫でた。
「で、でもな……オレを抱いたんだ。あいつは聖職者のクセに奴隷を抱いたんだ……。ひひ、これはチャンスだ……逃がさねぇぞ……むしれるだけむしりとってやるぜ……」
数日後、リンデは殺された。
明らかに口封じだ。
リンデの野望は、ゴミ同然に散った。
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ロイは宣教師を殺してやるつもりだった。
奴隷の魂を見せてやると思った。
準備を重ねた。下見もした。復讐心を絶やさなかった。
だが、その数週間後、自分が手を下すまでもなく宣教師の男はあっさり殺された。
派閥争いらしい。後釜に別の男がやってきて悠々と腰を据えた。
その男が建てた教会を、領主が潰した。
その領主は農民によって殺された……。
めくるめく縮図を見て、ロイはこの世の仕組みを理解した。
奴隷に出来ることは、いや、人にできることはなにもない。
支配するものとされるものが入れ替わるのは、時の移り変わりによるものだ、ということを理解したのだ。
自分が何かするまでもなく、またどうすることも出来ない。人には待つことしか出来ないのだ。
無理にその決まりに逆らうとリンデのように殺される。
つまり、この世はクソだ。
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ロイは奴隷のまま18になった。永遠にこのまま支配される側かもしれない。仕方がないことだ。全ては運命によって決定される。
そして、なんてことない一日の終わり、夢の中に、神が現れて「魔王を倒せ」とロイに告げた。
目が覚めると感覚が鋭敏になっていて、力を授けられたことがはっきりと自覚できた。
小石を握りつぶすことが出来、鍬を振るうと地面に穴が開いた。
神官がやってきて、君は勇者に選ばれたと言った――。
ほらな。
ロイは笑った。
突然のことに、驚きはなかった。
何もしなくても、運命が勝手に人を操っていくのだ。
今度は俺が人の上に立つ番だ。選ばれた人間として、存分に甘い汁を吸ってやろう。
役割を遂行する歯車になろう。この日、ロイという奴隷は死に、勇者に生まれ変わったのだ。
俺は勇者だ。時が経ち、また運命の悪戯で引きずり降ろされるその日までは。




