女盗賊のパワハラ
辺りは既に真っ暗になっており、焚き火だけが唯一の明かりだ。
いつの間にかアリスはシチューを食べ終わっていた。もう寝るのだろう。森の中の野営では夜になったら睡眠しかすることがない。
アリスがゆっくりと立ち上がったので笑顔を作り声をかける。
「アリスさん、もうお休みですか」
彼女はコクリと頷く。
「では、お休みなさい」
「……シオは?」
「僕はもうちょっとだけ起きてます」
そう言った直後、辺りがふっと暗くなった。火が小さくなってきたのだ。
僕は慌ててそばに置いてあるランタンに火を移そうとしたが、手元が狂って火を消してしまった。
途端に何も見えなくなり、しまったと思ったその瞬間、暗闇からアリスの小さな声が聞こえた。
「火よ」
ボウっと音を立てて炎が周囲を照らした。魔法で造られた大きな炎がアリスの指先で燃えている。
僕は急いでランタンにその火を分けてもらった。
「すみません助かりました。ありがとうございます」
迷惑をかけちゃったな、と情けない気持ちでお礼を言うと、アリスは顔を上げて僕の目を見つめた。
感情の読めない真っ黒な瞳である。
責められているのかな、と少し落ち着かないでいると彼女は唐突に口を開いた。
「朝日……」
「え?」
「朝日は……明日も昇る……?」
それはさっきメルが唱えた、ゼノ教の就寝前の祈りの言葉についての質問だろうか。ちゃんと聞いていたのか。
意外と信者が増えるかもしれないなと思いながら僕は笑顔で返す。
「ええ、明日も昇りますよ」
「……シオは……明日もご飯を作る……?」
質問の意味が分からなくて戸惑った。でも悪意はなさそうだと思い、笑顔で答える。
「勿論ですよ!」
それを聞くと彼女は僕から目を逸らし、自分のテントに入っていった。
暗闇に一人残されて僕は暫く立ち尽くした。アリスが何を知りたかったのか全く分からないけど、彼女が灯してくれたランタンの火が揺れているのを見て、胸が暖かくなるのを感じた。
今日はメルともアリスとも沢山話が出来て良かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
夜の見張りは僕の仕事だ。
と、勝手に僕は思っている。
皆は昼間に魔物と戦っているのだ。何もしていない僕は夜の見張りくらいするべきだろう、と自主的に始めた。
しかし一夜丸々闇を見つめて見張りができるほど僕の神経は強く出来ていないので、結局適当にやるようになってしまった。
早速木箱の上にノートを広げ、ランタンの明かりを頼りに文字を書く。
この時間を利用して日記を書くのが僕のささやかな楽しみなのだ。
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○月×日
今日も勇者様一行は魔物の討伐に向かった。巣穴に住むゴブリンの群れが今日の討伐対象である。群れが巨大化しており、近隣の貧しい村に甚大な被害が出始めていたのだ。
「じゃあ行ってくるよ」
そういつもの優しい笑みで言うと勇者様は洞穴のある方角へ行ってしまった。勇者様がゴブリンを相手に後れを取ることはありえないだろう。だが私は万が一のことを考え心配で居てもたってもいられない。こんな時帰りを待つことしか出来ないふがいない自分が情けなくなる。
夕日が地平線に沈み始めたころ、勇者様一行が帰ってきた。慌てて出迎えに来た私を見ると勇者様は優しく微笑んだ。
「ただいま。シオ」
「お帰りなさいませ勇者様たち。シチューが出来ております。お口に合いますかどうかわかりませんが……」
それを聞いて勇者様はアハハと笑い、パーティーメンバーの皆の方を振り返ってこう言った。
「見ろ!みんな!俺たちがゴブリンを相手に四苦八苦している間にシオはこんなに偉大なことを成し遂げているぞ!まいったなぁ。シチュー、ありがたくいただくよ」
それを聞いて皆が笑い、私は恥ずかしいやら嬉しいやらで真っ赤になってしまった。勇者様は私のような役立たずの荷物持ちにも心を配ってくれる。そのことに一抹の申し訳なさを感じているとそれを感じ取られたのか勇者様が私に話しかけた。
「なあシオ。今日我々が無事に依頼を達成して帰ってこられたのは我々6人全員のおかげなんだぞ。5人じゃない。お前を含めた6人だ」
「そんな!……そんなことはございません……」
「あるさ!いいか、過酷な旅の途中、温かい栄養のある食事は何よりの救いなんだ。ゴブリンを屠った武器はお前が手入れをしてくれたものだし、夜だって、お前が毎日見張りをしてくれるから俺たちは安心して眠ることが出来る。お前は俺たちの心の支えなんだ」
私は感極まって目頭が熱くなった。
「それは……恐れ多いですが、光栄です……」
声を震わせる私に勇者様はまた小さく笑いながら肩をポンと叩き「みんな、食事にしよう」と言った……。
―――――――――――――――
嘘っぱちの冒険譚である。
虚しくないかと聞かれれば、もちろん虚しい。だから虚しさが本格的に襲ってきたら筆を止めるのだ。今日は調子がいいのでまだ書けそうだ。
これは故郷の村に帰った時に、幼馴染やみんなに勇者様との冒険を語って聞かせるためのものだ。僕は勇者様を支えた村の英雄として人気者になっちゃうだろうなぁ。ついでに王都でこの日記を発表したらベストセラーになるんじゃないかと想像している。
「へぇ~、『お前は俺たちの心の支え』ねぇ……」
いきなりそんな声が背後から聞こえて僕は飛び上がるほど驚いた。
日記を胸に抱きしめて後ろを振り向くと女盗賊のティアが帰ってきていた。
彼女はニヤニヤと笑っている。
「ティ、ティアさん!お帰りなさい。早かったんですね?」
「うん。今日一緒に呑んだ男が全然面白くなくってね。自慢話ばっかりでうんざり……って話そらさないでよ。その日記……」
血の気が引いた。上手くごまかさなければならない。さすがに恥ずかしすぎる。いつもはこんな内容じゃないんです。もう少しマシなんです。
「いっつも夜中に一人で何やってるのかと思ってたけど……。ねぇ、そんな妄想書いて虚しくならないの?」
「虚しいですよ!!!もう!!僕が見張りしてますからさっさと寝たらどうなんです!?」
一番嫌なことを付かれ一瞬で怒りのボルテージが上がり、ごまかすことも忘れてそのまま八つ当たり気味にそう怒鳴った。意味不明な僕のテンションにティアはケラケラと笑う。
「シオ君のそんな必死なところ私初めてみたな~。ねぇ、感謝されたいの?」
「う、うるさいですよ!別に、感謝なんかいりません!食事を作るのも、夜の見張りも、僕が好きでやっていることですから!」
「『シオ君は私たちの心の支えだよ……』ね、嬉しい?」
「むきー!!」
ぶちぎれた。いくら普段役立たずだからと、ヒエラルキーの底辺で暴言を甘んじて受け入れている僕にも自尊心というものはある。ここまでこけにされて黙っていられるものか。
「なんです!僕だって感謝されたいんですよ!褒められたいんですよ!何か悪いですか!?ぶちぎれますよ!!」
それを聞いてティアが爆笑したので僕はちゃんとぶちぎれた。しばらく笑った後、ティアは言った。
「あ~、笑った笑った。シオ君も人間だったんだね。私、聖人かなにかだと思ってたな」
「……人間ですよ。人間に決まってるじゃないですか。むしろこの勇者パーティーの誰よりも人間です」
ふてくされたようにそう言う僕をティアは目を細めて見つめる。
「感謝されたいんならさ、やり方が悪いよやり方が」
「……どういうことです?」
「夜の見張りとかご飯とか、無駄なことはやめてシオ君にしかできないことをしなよ」
僕の一か月の頑張りを無駄の一言で切り捨てられちょっとショックだった。
「……無駄ですか?」
「うん。無駄。皆自分でご飯は街まで食べに行けるしね」
「メルさんは……」
「メルちゃん前言ってたよ。『質素倹約が教義のゼノ教にとってシオさんのご飯は強敵です。美味しいから……』って」
僕のご飯は苦行の一種だったのか……。
「それに見張りだってシオ君全然ダメじゃん。さっきだって日記のぞかれても私に気付かなかったしね」
「それはティアさん盗賊ですもん!忍び足のせいですよ」
「普通に歩いたよ私」
「……」
「……はっきり言って、起きてるシオ君より寝てる私の方が索敵範囲広いよ」
「それはティアさんが盗賊だから……」
「うん。私帰ってきたしもう寝ていいよ」
「……」
ティアさん……有能すぎるがゆえのパワハラはやめてください……。
僕はかなり落ち込んだ。それはもう落ち込んだ。心のどこかで何だかんだ僕って頑張っているよなと思っていたからその分落ち込んだ。所詮独りよがりの自己満足だったと見せつけられた気持ちだ。
「じゃあ僕にしかできないことって何だと思います?」
「さあ、しらない」
……メルに聞いた時と同じような反応だ。あっちは「神のみぞ知ること」なんてごまかしてきたからティアの方がマシだけど。
やっぱり僕にしかできないことなんてないんだろうなぁ……。そう考えていると、ティアがなにげなしに言った。
「でもシオ君は特別優しいよね」
この言葉は意外だった。ティアは他人に気を遣うタイプではないと思うから、限りなく本心なんだろうと思ったからだ。それもパーティーの役立たずのことをそんな風に分析しているなんて思わなかった。
「えっそうですか?ど、どの辺が?」
「うーんこれと言ってないんだけど、でも言葉の節々とか行動に優しいなーって思うことは多いよ」
「ほんとですか!じゃ、じゃあその優しさを生かして何か僕にも……」
「まあ勇者パーティーに優しいだけの役立たずなんていらないけどね」
「……」
上げてから落とすのは法律で禁止にしてほしい。マジで。