醜く美しい女騎士
ベアは片田舎の下級貴族ローズ家の長女として生まれた。
女の身でありながら騎士の鍛錬に励み、若くして才能を発揮した。
端麗な容姿に加え、武芸に秀で、父の手伝いで始めた領地経営でも素質を見せたベアは稀にみる才媛として評判が高かった。
兄と弟を凌駕する才能に父は、家督はベアに譲ろうか、とよく軽口を叩いた。だが兄も弟もベアを誇りに思い、嫉妬するようなことはなかった。
「将来は女騎士団長だな!」
そう冗談交じりに言われるたび、ベアは笑って受け流した。
ベアは騎士への憧れがあった。
だからそう言われることは決して嫌ではなかった。だが彼女の憧れは、寝物語として幼い頃母親に読んでもらった騎士伝説へのロマンあふれる幻想であり、実際に戦場に立って武功を上げることではなかった。
彼女にとって騎士は顔も知らぬ英雄であって、職業としてあり得る可能性ではなかったのだ。
彼女は戦場で敵を斬る自分が想像できなかった。訓練でいくら案山子は斬れても人は斬れないと感じた。
自分は騎士には向いていないのだろう。
騎士になれる立場に生まれ、かつ才能があっても、自分は騎士にはならない。
いつしか生まれたその確信を彼女は自然と受け入れた。
いずれどこかに嫁いで、政務の手伝いをする未来だけがありありと想像できていた。
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しかし予想だにしないことが突如ベアの身に降りかかった。
神託により彼女は勇者パーティーの一員に選ばれてしまったのだ。
ベアの動揺は計り知れなかった。
家族も戸惑ったが、しかしこれは栄誉ある挑戦だと考えた。
とうとう騎士として身を立てるチャンスが来たのだ、そう彼女のために喜んだ。
周囲の人々も「彼女なら立派にやれるだろう」と噂し、やがて「彼女は昔から一味違う人間だと思っていた」とまで口にするようになった。
周囲の評価と彼女の内心のギャップは大きく、その隔たりに背中を押されるようにして彼女は王都に向かうこととなった。
見送りは笑顔だった。ベアなら大丈夫だ、と誰もが思った。
ベアは期待を裏切ることが出来なかった。家族にすら弱い心を打ち明けることが出来ず、笑顔で手を振り返し、騎士としての一歩を踏み出した。
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何とか彼女を奮い立たせていた、訓練を重ねた騎士としての自負は、勇者の戦いを一目見た時に粉々に砕け散った。
格が違った。
その圧倒的な強さは、自分がこの勇者パーティーで何一つ役割を持てないことを意味していた。
彼女は恥も外聞も捨て去って「私は戦えません」とぶちまけてしまいたかった。
家の名を背負う責任や、騎士としての誇りを忘れてしまうほど彼女は追い詰められていた。
……だが
「おい、役立たず!」
このパーティーには既に戦えない男がいた。
シオというその村人は、誰がどう見ても魔王と戦える人間ではなく、あっという間にパーティー内に立ち位置を確保した。
「不幸な役立たず」という立ち位置だ。
誰もが彼を見ると、仕方ない、という感情を抱いた。肩身が狭そうに笑顔を作っている彼に同情した。
すぐに彼は、足手まといになると戦場から遠ざけられた。
そんなシオが彼女は羨ましかった。
戦場で彼女はいつも密かに震えていた。訓練通りにやれば大したことのない魔物相手でも体が上手く動かなかった。やはり自分は戦える人間ではないのだと反芻しながら、勇者が魔物を討伐し終えるのを息をひそめて待った。
本当は自分も拠点で待つだけの身になりたかった。だが、役立たずの二人目に立候補することはできなかった。
ベアはシオと比べて圧倒的に恵まれている自分を呪った。戦う技術を習得し、高価な鎧をつけ、これでシオと同じく「戦えません」などととても言えなかったのだ。
シオを見ていると弱い心が疼き、彼女はシオを忌避した。そんな自分を醜いと思った。だが感情を抑えることは出来ない。
彼女は自分の殻に甲冑と共に閉じこもった。
「ベアさん、大丈夫ですか?」
黙れ……。
「鎧、重くないですか?荷物持ちましょうか?」
黙れ……!
「ベアさん?ちょっと休憩しませんか?」
黙れ!黙れ!
こんな私を見るんじゃない!
こんな私を……
彼女は、息も出来ない苦しさの中ぼんやりと、旅立ちの、見送りの日を思い出した。
その日、家族や召使いに紛れて、領地の農民が、汚らしい服で鍬を担いだまま見送りに来ていた。
才能があり、努力を怠らなかった自分を、尊敬の目で見つめる中年の男。
土を耕すしか能がない、礼儀も知らない無垢な笑顔だ。
勇者パーティーの重圧に押しつぶされそうになりながらベアは、その笑顔だけを見ていた。
家族や、友人の顔は目に入らなかった。ただ、その農民のために行こうと思った。
彼に優しくしてやろうと、その余裕だけが、残りかすの誇りで……。
「ベアさん。騎士って大変なんですねぇ。重たーい鎧を常に担いで……」
農民が、そんな目で私を見るんじゃない!
彼女はハッとした。
自分は、こんなにも肥大した自尊心を持っていたのか。
守るべき弱者に気遣われることを許さないような……。
彼女は気づいた。
自分がシオを憎いと感じるのは、戦場に出なくていい彼が羨ましいからだけじゃない。
かつて見下していた存在を、見下せなくなっている怯えがあったからだと……。
彼女は、騎士に憧れていた。だが、いざ鎧を身につけたらこのザマだとは、笑い種にもならなかった。
力も、騎士としての心構えも、何一つ足りない。自分は無能で、イヤな人間で、騎士に憧れるだけの女だ。周りにもてはやされて、ホイホイ井の中から出てきたら痛い目に遭った。
彼女はゾッとする孤独の中、一人テントで立ちすくんだ。
私は、立派な騎士に、なりたかったんだ……。
彼女は、大嫌いで堪らない自らの自尊心が傷つかないよう、鎧に閉じこもって隠れて泣いた……。




