不安を看る
僕たちは昨晩泊まった宿でベアの看護をしていた。
アリスの転移魔法が、彼女の行った記憶のある場所にしか飛べない魔法だったからだ。
重症のベアを動かすわけにもいかず、大聖堂から腕のいい治癒術師を呼び、メルと二人がかりで治療を行っていた。
「死ぬな……死ぬな……!」
メルはまるで人が変わったようだった。鬼気迫る表情でベアに回復魔法をかけている。
「勇者パーティーは絶対なんだ……神託は絶対なんだ……」
狂信者……。
僕はその言葉が頭をよぎった。
この時、何もかもが悪い方へ転がり始めた予感がした。苦しそうなベアのうめき声を聞きながら僕は不安でたまらなかった。
やがて治療が終わり、メルはふらぁっと部屋を出ていった。
治癒術師が汗を拭いながら言った。
「できることは終わりました。あとは彼女の気力次第です……」
僕は頭を下げ、術師を出口まで見送った。
一階の休憩所の長椅子でメルがうずくまってガタガタ震えていた。
「死ぬわけない……6人で世界を平和に……ゼノ様がそう言ってるんだからこんなところで死ぬわけが……」
正直今の僕に彼女のことを気に掛ける余裕はなかった。ベアの看護のことだけを考えていたかった。
僕は彼女を無視して二階に向かおうとした。すると背後で勇者様の声が聞こえた。
「てめぇいつまでブツブツ言ってんだ!うるせぇんだよ!」
勇者様がメルに怒鳴っている。メルはぼんやり顔を上げた。
「でも、神託が……」
「人は死ぬときゃ死ぬんだ。神託なんざ関係あるか。ブツブツブツブツ……気分が悪くなるぜ」
勇者様は宿の扉に向かって肩を怒らせて歩いた。壺に痰を吐きながら毒づくように言った。
「死ぬのも、しぶとく生き残るのも、運命だ。考えてもしょうがねぇことをウダウダ抜かすなボケ!」
メルは聞く耳を持たないようだった。イヤイヤと首を振って涙を流した。
勇者様は「あーあ、滅入るぜ。呑みに行くか」と騒々しく扉を開けて出ていった。
僕は階段を上がってベアの部屋に向かった。
~~~~~~~~~~
僕は一人、ベアの看護を行った。彼女は呼吸を荒くし、未だ生と死の狭間でさまよっていた。
アリスもティアも、勇者様のように、考えても仕方ないことだと思っているらしかった。
僕も何も考えたくなかった。だが次々悪い想像が湧いてきて、何かしていないと不安で押しつぶされそうだった。
彼女が死ぬということは、僕も死ぬ可能性があるということの証明だった。
僕が一ヶ月の旅路を浮き足立ったまま生きてこられたのは運に過ぎないのだと、それが不安の正体だろう。
「う……」
昏睡状態でうめいている彼女の額の汗を拭きながら、僕は濁った火傷跡を眺めていた。回復魔法でだいぶ治癒されたとはいえ、顔の一部が爛れているのは見ているだけで辛かった。
もとが美しいだけに余計痛々しく見え、もし彼女が生き延びたとしても一生この傷と付き合っていかなければならないのかと、それは残酷に思えた。
僕は何時間もそうしていた。
軽く疲労を感じ、気分転換しなければと思い日記の続きを書くことにした。
何かに熱中していないと気が狂いそうになる。
最近は機会がなかったので書くのは久しぶりだな、と思った。
僕は震える手で文字を書き始めた。
―――――――――――――――
〇月△日
「君に頼みたいことがあるんだが……」
勇者様が言いにくそうに切り出した。私は勇者様の苦悶の表情を見て、どんな願いでも聞き入れようと決意した。
「ドラゴンの討伐に同行してほしいんだ……。危険は避けられないが人手が足りない、それに……」
勇者様は思いやり深いお方だ。私は命を賭して勇者様を守ろうと―――――
~~~~~~~~~~~~~~~




