招待を受ける
ビゴー辺境伯。このビゴー城郭都市を治める領主だ。
勇者パーティー六人全員が招待を受け、僕らは迎えの馬車に乗り辺境伯の待つ領主館へ向かっていた。
大聖堂のある城下町から少し外れ、大きな土塁の上に威圧するように領主様の城が建っている。
かつて勇者様が下品だ、とネタバレしていたように、その居城はゴツイ城壁に対して華美に見えた。
古代の建築物のような大理石の白い柱と、うねる彫刻がはっきり言って装飾過多なんじゃないかと僕は思った。
内装も外観と同様盛大な飾り付けがされていた。赤いじゅうたんに巨大なシャンデリアだ。
「どうぞ、あちらでお召し物をお着換えください」
執事に案内され自分の粗末な服を脱いだ。
こんな立派な建物に場違いだと僕はビクビクしていた。
「はー!これはまた豪勢ですねぇ!」
舌なめずりをしながら勇者様は食卓の席でそう言った。勇者様がご機嫌で、そしていつもと変わらない様子なのが心強い。
「どうぞ、お召し上がりください」
ビゴー辺境伯が太ったお腹を揺すりながらにこやかに言う。
長い食卓には純白のテーブルクロスと銀食器が並んでいる。沢山の料理がぴかぴかと照明に照らされて、僕は気圧された。
チラッとみんなの様子をうかがうと何も考えてなさそうなアリスと騎士であるベア以外はちょっとおどおどしていて安心する。
辺境伯が勇者様に声をかける。
「ほら、料理が冷めてしまいますよ」
「じゃ、遠慮なく。こんな歓待は久しぶりですよ。俺みたいな勇者にはやっぱこういう場がふさわしいですなぁ」
「世界に平和をもたらす英雄たちをもてなすことが出来て、わたくしの一生の誇りですよ」
勇者様は気負わず楽しそうにおしゃべりしている。傲岸不遜な勇者様の態度に嫌な顔一つせず辺境伯は喜んでいるようだ。
辺境伯はまごついている僕らにも声をかけた。
「ほら、皆様もどうぞお召し上がりください」
僕は「はぁ……」と頭を下げてナイフとフォークってどっちがどっちだっけと困惑していた。
勇者様が楽しそうにハムをほおばりながら言った。
「辺境伯殿、あんまり構ってやりなさんな!そいつらは自分がこんな待遇に値しない人間だと自覚しているから針の筵なんですよ!優しくすると罪悪感で委縮しますぜ。ひひ」
いつになく上機嫌な勇者節が出た。場を凍らせる発言を平気で行う勇者様に、流石の辺境伯も頬を引きつらせて笑っていいのかどうか迷っている。本性にようやく気づいた様だ。
場を盛り上げようとするかのように辺境伯は陽気に言った。
「いや、しかし勇者パーティーの方々はお綺麗な人たちばかりですな!わたくしは騎士殿を一目見た時女神アラミュータの再来かと思いましたよ」
大げさに聞こえたが、あながち誇張でもないようだった。
僕は彼に内心同意した。
普段の無骨な鎧から華やかにドレスコーデした彼女は目を奪われるほど美しい。
というかやっぱりベアってびっくりするほど美人だよな。
辺境伯の反応を見て僕は自分の感覚が世間一般とずれていないことを確認した。
勇者様が、夜遊びしたりティアにちょっかいかけるのと比べてベアにはあまり興味を示さないから僕の審美眼がおかしいのかと若干疑っていた。
「光栄です」
ベアが微笑みを浮かべて簡単にお礼を述べ、辺境伯は顔を赤くした。
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宴もたけなわ。僕はそのころにはリラックスでき、デザートの果物に手を伸ばしていた。
勇者様が辺境伯と香水の話で盛り上がっていた。
勇者様は手の甲に辺境伯おすすめの香水を数滴垂らしながら唐突に尋ねた。
「それで、今日は何の用だったんですかね」
「え?」
「頼みたいことがあるんでしょ?パッと言っちゃってくださいよ」
辺境伯は何か言いたげに手を振ったが、勇者様の目を見てごまかせないと悟ったのか姿勢を正した。
「……いやはや、流石慧眼にあらせられますな。下手なごまかしはよしましょう」
「おっ、当たりですか?流石俺、勘がいいね」
勇者様は手の甲に鼻を近づけて匂いを確かめながら適当に笑った。
辺境伯は少し声を低めて言った。
「実は……ここから少し西に行くと鉱山があるのですが、そこの採掘場にドラゴンが住み着いてしまいまして」
「ほー、ドラゴン」
「お願いというのは他でもありません……そのドラゴンを討伐してほしいのです」
ドラゴン……!
名前だけは聞いたことのある恐ろしい怪物の登場に僕は冷や汗が出た。
辺境伯はそこで手で招くようにして一人の女性を呼んだ。おもむろに同席した女性はメイドには見えない。話を聞くと辺境伯の娘だそうだ。
「お礼はたっぷりいたします。どうですか?」
そう言ってチラチラと娘に視線をやった。なるほど、報酬に女性をあてがってくれるわけか。
辺境伯の娘はぎゅっと握りこぶしを作って俯いている。
僕は少し嫌な気持ちになった。
と思っていたら勇者様が豪快に言った。
「あ~流石辺境伯さまさま!報酬代わりに自分の娘の貞操を差し出すとはね!賢い!」
「そ、そんなあからさまに……」
「もし孕んだら勇者の子ですぞ!こりゃめでたいね!」
勇者様がふざけた調子でそう言い、辺境伯は青ざめている。
哀れな娘は唇を噛んで服の裾を握ったまま動かない。
勇者様は娘の顔を覗き込み、いやらしくにやっと笑って辺境伯の肩を叩いた。
「そう心配しなくてもいいですって!依頼はきっちりこなしますよ。なんせ俺は世界を救う勇者ですからね」
「あ、ありがとうございます!」
僕は密かに勇者様を見直していたのでガクッときた。こんな報酬なら依頼は受けられません!とか断ったらカッコよかったのに……。
まぁ、それは命を懸けない僕の勝手な考えか。
僕はため息をつきながら初めて自分が勇者でないことを残念に思った。
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翌日僕は勇者様から衝撃の宣告を受けた。
「おいシオ!何やってんだ。てめーもドラゴン討伐行くんだよ!」
えっ、僕も命懸けるの?




