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城郭都市に到着

 ビゴー城郭都市は、思ったより活気のある人の多い街だった。


 僻地の最前線だし、もっとひっ迫した軍事拠点のようなところなのかと思っていたが、建物は高く市は賑わい、巨大な城壁に囲まれ人々は安心して暮らしているように見えた。


「わっ、見てくださいメルさん。大聖堂がありますよ」


 今は宿を探して歩き回っているところだ。噴水のある広場で僕はメルにそう話しかけた。


 天に向かってそびえ立つ双塔と美しいバラ窓の入り口が見える。


「こんな戦場に近い都市にもあるんですねぇ」


「何言ってるんですかシオさん。戦場に近いからこそあるんですよ」


 どういうことだろう、と僕は説明を求めてメルの顔を見た。

 メルは丁寧に教えてくれた。


「戦場に近いということはつまり傷ついた兵士がたくさん運び込まれてくるということです。兵士の傷を癒せるのは回復魔法を覚えた聖職者と決まっていますから、彼らが寝起きするための教会や礼拝堂なんかは重要拠点には欠かせないんです」


「はぁ」


 と、そこで僕は一つ疑問が浮かんだ。


「どうして傷を癒すのは聖職者なんですか?回復魔法なんて実際戦地に立つ兵士が一番覚えたがるものだと思いますが」


「それはですね……実際私が回復魔法、いわゆる白魔法を勉強したから分かったことなんですが、白魔法の習得は非常に難しいものなんです。それに白魔法は直接人体に影響を及ぼす魔法ですから、間違った使い方をするとむしろ害になるんですね」


 僕は相槌を打ちながら聞いた。


「だからしっかり訓練を重ねたもの、つまり聖職者以外の白魔法の行使は教会が厳しく取り締まっているんです。それでも白魔法には需要がありますから路地裏なんかで免状を持たない者の違法な回復魔法行使、いわゆる『辻ヒール』というのもなくならないのですが」


「なるほど……」


 民間で勝手に間違った白魔法を使わないようにするために教会の専売特許になっているのか。


 田舎村で育った僕にはその話はよく分かった。村の大人たちが知ってる伝統療法っててんでバラバラであやふやだったんだよな……。


 太陽を背に、大きく影を伸ばすこの美しい建物が兵士の命を、ひいては街の人々を守っているんだなぁと感服した。


 そんな風に僕はお上りさんの気持ちで都市を観光して回った。


 ~~~~~~~~~~


 今夜の宿が見つかり、僕らはそこで羽を休めていた。


 一階に、酒場でも倉庫でもない広めの休憩スペースがあり落ち着いた良い宿だ。


 僕はその休憩所に設置してある木製の長椅子で考え事をしていた。


 ……とうとう、ここまで来てしまったなぁ。


 もう数日準備を整えれば魔王領に足を踏み入れ、魔王と対決するのだ。僕は数日後には、死と隣り合わせの戦場にいる。


 実感の湧かないままここまで旅を続けてきた。これからはそうぼんやりといかないだろう。


 ソィス……。

 故郷に置いてきた幼馴染に、もう二度と会えないのかもしれないと思うと急に心細くなってきた。彼女に会いたい気持ちが募った。


 僕がいつになく真剣に物思いに沈んでいると、階段からティアが姿を現した。


 彼女は僕を見つけて小さく微笑み、「いい?」と許可を求め隣に腰掛けた。


「どうかした?なんか元気ないみたい」


 僕は彼女の洞察力に恐れ入った。


「いえ、ちょっと考え事をしていただけです」


「ふーん、そっか」


 そう言って彼女は追及しなかった。僕はティアの声色を聞いて、彼女の方こそ元気がないのではないかと思った。


 彼女は何気なく言った。


「ね、私たちこれから魔王を倒して姫様を救いに行くんだよね」


「そういえばそんな話でしたね」


 僕は苦笑しながら頷いた。


 それは市井で噂されている話だ。この国の姫様が生まれてから一度も姿を国民に見せないことから生まれた与太話だろう。

 実際それが戦争の原因だと信じているものは少ないだろうが、そういうメルヘンな話を好む市民の心理はなんとなく分かる。


 彼女は膝を曲げて椅子の上に足を抱えるように丸まった。


「なんだかなぁ、魔王領に近づくにつれて胸がざわざわして、不安なのかな。最近は特に眠れなくて」


「そうなんですか?実は僕も不安なんですよ」


「ほんと?」


「なんか嬉しいね」と彼女は笑った。僕も、不安なのは僕一人じゃないんだとホッと心が温まった。


「もともとティアさんって睡眠時間少ないですよね。さらに不眠になったらぶっ倒れるんじゃないですか」


「そうなんだよ~。もしぶっ倒れたらシオくんに代わりに頑張ってもらおうかな」


「そしたら僕がぶっ倒れますね」


「大変だ。『勇者パーティー過労で崩壊す』」


 彼女とそんな他愛ない話をしていると少しづつ気持ちがほぐれてきた。


 僕が落ち込んだ時、声をかけてくれるのはいつも彼女だな、と思った。それはタイミングの問題なんだろうけど僕は彼女に特別な感謝の念を抱いた。


「ふぅ……。シオくんと話すと気持ちが楽になってきたよ。シオくんて私が落ち込んでるといつも欲しい言葉をくれるよね」


「え?」


 僕が目を丸くしたので彼女は逆に「何?」と不思議そうだった。


 僕はおかしくてククッと笑った。彼女は僕が急に笑いだしたのでちょっと怒るふりをした。


「何笑ってんだよ~。もう、なに?」


「いえ、それはこっちのセリフだなぁって。いつも欲しい言葉をくれるのはティアさんの方ですよ、ふふっ。ありがとうございます」


「え~」


 僕が笑いながら頭を下げるとティアは困ったようにちょっと顔を赤くした。それから「こちらこそ」と言って彼女もぺこりとふざけるみたいに頭を下げた。


 僕は彼女と友達になれたことを誇りに思った。


 それから彼女としばらく雑談していた。

 そろそろ夕飯時だなと思っていると、宿屋の木でできたスイングドアを押して上品な身なりの老人が入ってきた。


 老人は宿屋の主人と何か言葉を交わしていた。すると主人はおもむろに僕らの方を指さした。


「失礼。勇者パーティーの方ですか」


 老人に恭しく話しかけられ僕らは顔を見合わせてから頷いた。


「旦那様から招待状を預かっております。栄光ある勇者パーティーを自らおもてなししたいと。ぜひ領主館までお越しください」


 老人はそう言って懐から封筒を取り出し僕に手渡した。


 辺境伯からの招待状だった。


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