敬虔なる祈り手
勇者様が街の方へ消え、後には僕とメルとアリスの三人が残された。
気まずい空気の中パチパチと、たき火の音が大きく聞こえる。メルは下を向いてぶつぶつと恨み言を言い始めた。
「勇者さんはこのパーティーの重要性を何も分かっていない……。私たちはゼノ様に選ばれた神聖な勇者パーティーなのですよ……!いわば神の使いとして魔王を討伐する栄誉あるチームだというのに気安くメンバー替えなどと……」
メルは「ゼノ教」の熱心な信者である。大好きなゼノ様から神託の形で直々に魔王討伐の任を受けて、それはそれは嬉しかったのだろう。
だから勇者パーティーそのものをも崇拝しており、勇者パーティーの崩壊は、ゼノ様への裏切りになると信じ、恐れている。
ぶつくさ文句を吐き続けるメルを見ていると申し訳なさが募ってくる。
もしこのパーティーが魔王討伐にふさわしくないと認められたらいくら神託といえど解散になるだろう。(というかその解散の日が僕の唯一の希望なのでそうなってくれないと困る)
その時の彼女の絶望は想像にたやすい。期待に応えられなかったと自殺するかもしれない。解散の原因はほぼ確実に僕だろうがどうか恨まないでほしい。
メルの、勇者様への文句を黙って聞いているのも悪い気がして注意しようかとも思ったが、そうしたら飛び火が来るかもしれないので結局黙って聞く。勇者様も怖いが、メルも十分怖い。
気まずいなぁと思って視線をずらすと今度はアリスが視界に入った。まだもたもたとシチューを食べている。地べたに座って、生気のない顔でただ口を動かしている。
もしかしたら彼女も気まずいのかもと思って話しかけてみる。
「どうですシチュー。美味しいですか?」
彼女はゆっくり顔を上げて僕の目を見つめる。ぼんやりとした真っ黒な瞳にはちゃんと僕が映っているのだろうかと心配になる。
彼女は独り言みたいにポツリと呟いた。
「……美味しい」
「それは良かった。……でもアリスさん、温かいものは何でも美味しいって言うからなぁ」
「うん……あったかいものは、美味しい」
……なんとも作り甲斐の無い感想である。
でも嬉しい。連日罵声を浴びせられ傷ついたメンタルに普通の会話が染みる。
すると突然メルが立ち上がって「あーもうシオさんっ!」と不機嫌そうに僕の名前を呼んだので、僕はビビった。反射的に謝りかけて、何を謝ることがあるんだと考え直す。謝り癖がついていることにちょっと落ち込む。
「今日のお祈り付き合って下さい!」
「わ、分かりました」
その勢いにちょっと戸惑いながら僕は頷いた。相当ストレスが溜まっているようだ。
彼女は毎日就寝前にお祈りをする。
勇者パーティーという他人だらけの集団での過酷な旅ではいつも信仰心が試されていることだろう。
おまけに勇者様が「神託なんか間違っている」とか「こんな無能入れて神は世界を平和にする気があるのか」とか不安を煽ることを言うので穏やかだった彼女の性格は若干荒んだ。(ちなみに僕は勇者様に100%同意である)
それでも、彼女は就寝前になるといつも一人で暗闇に向かってお祈りをしている。
そんな彼女の様子が僕には、祈ることによって必死に信仰心を保とうとしているように見えて、その健気さに胸を打たれてある日
「一緒にお祈りしてもいいですか」
と聞いたところ、ぱあぁっと音が聞こえそうなほど嬉しそうに笑顔が咲いて
「勿論です!ゼノ様は救いを求める人を決して拒みません!」
と言った。
それから彼女には度々お祈りに誘われるようになった。僕は特にゼノ様を信じていないし、なんなら神託の件で一言言ってやりたいくらいなのだが、布教に成功した!と嬉しそうな彼女の笑顔を見るたびにまぁいっか、くらいの気持ちになりお祈りに参加している。
「さぁ、ゼノ様に今日の報告をするのです」
たき火を囲んで彼女と一緒に手を組んだ祈りのポーズをとる。
今日はアリスという見学がいるので不真面目な信者である僕はお祈りに集中できない。というかメル、これアリスに僕らのお祈りを見せつけてゼノ教に勧誘しようとしてるだろ。アリスは絶対宗教なんか興味ないぞ。
僕はメンタルがボロボロなのもあって、ネガティブな今日の反省を口にする。
「今日も僕は皆の役に立ちませんでした」
「そうですね」
……もうしょげた。
彼女は神様の機嫌ばかり伺っているせいで、人間の機嫌について疎くなっているのかもしれない。
というか単純に僕の機嫌なんてどうでもいいのだろう。普通に拗ねたので意地悪を言う。
「だから僕みたいな役立たずは勇者パーティーに相応しくないので抜けます」
「!……それは許されないことです。あなただって私の知らないところで役に立っています。神託を疑ってはなりません」
「無茶苦茶だ……」
この狂信者め……。
本心では役立たずだと思っているくせにゼノ様が絡むとすぐ意見を180度変えやがる。
「……じゃあ僕の役目は一体何なのでしょう」
「さぁ。それは神のみぞ知るところです」
この懺悔ごっこ、全く僕を救ってくれないな。
メルは言ってみたかったセリフが言えてご満悦な様子だ。どうだと言わんばかりにアリスの方をチラチラ見るが、アリスが全くの無反応なので少し肩を落とした。勧誘は諦めたようである。
ここで僕はずっと考えていたことを、つい彼女にぶつけた。
「自分の役目について僕なりに考えたのですが、もしかして僕は「嫌われ役」なんじゃないかって。集団に一人役立たずを加えることによって他の結束力を高める的な……」
言わなくていいことを言ってしまった……とすぐ後悔したがメルはきょとんとした顔で僕を見つめ、首を横に振る。
「それはないでしょう」
「ど、どうしてですか?」
「だってもし「嫌われ役」がいるとしたらそれはどう見ても勇者さんですもん」
「え」
そ、そうなのか。
確かに言われてみれば勇者パーティーの雰囲気が悪いのは勇者様の口の悪さが大きな原因だ。僕はただ無能として一人浮いているだけで。
といっても別に勇者様も嫌われてるとは思わない。まあメルはよく意地悪を言われているので嫌いなのかも知らないが、そもそもこのパーティーが誰も仲良くないからなぁ。
メルが何か少し考えてから話し始める。
「でも確かに、もし勇者さんが良い人であなたを庇ったりなんかしてたら、多分他の誰か、女騎士さん辺りがあなたのことを役立たずと罵っていたかもしれませんね」
その光景がありありと想像できて納得してしまった。
つまり勇者様が良い人だったら僕は本当に「嫌われ役」だったかもしれないのか……。
勇者様、性格悪くてありがとう。
というか例にベアを挙げる辺りメルは鋭いなと思う。彼女は確かに本気で僕のことを嫌ってそうな雰囲気があるから。
「じゃあ結局僕がなぜ勇者パーティーにいるのかは分からないままですね」
「それを見つけるのも、ゼノ様があなたに与えた試練の一つなのです」
適当言いやがる。
メルは懺悔ごっこに飽きたのか、それとも眠くなったのか、欠伸をしながら締めの言葉を言った。
「じゃあ最後に、いつもの祈りの言葉を唱えましょう」
「はい」
僕は姿勢を正し目を閉じる。
「主よ。その御力によって支えてくださった今日一日に感謝いたします。私はこれから遥か遠い世界へ旅立って参ります。どうか、助けと励ましを与えてください。旅路が安らかなものとなるようお見守りください。私は、主が私たち罪びとのために、主の祝福に満ちた朝日を再びこの身に授けてくださることを信じます。私は安心と憩いに包まれ、眠りにつきます」
……僕はこの祈りの言葉だけは好きだ。なんだか嘘くさくない。
メルが組んでいた手をほどき目を開ける。祈りの時間は終わりだ。
僕は楽な姿勢をとりながらメルに話しかける。
「分かりやすいし、優しい感じがするしこの祈りの言葉、僕好きです」
そう言うとメルは照れ臭そうに言った。
「これ……実は子供のためのお祈りなんです。悪夢を見ませんようにっていう……。でも私も一番好きな祈祷文です」
白い頬を少し赤く染めて、メルは「それでは」と言って自分のテントに入っていった。
メルのことが少し知れた気がして、僕は嬉しくなった。ボロボロだったメンタルが癒されて、本気でゼノ教に入信しようかな、とちょっと思った。