最悪の勇者パーティー
「ヤソバ村のシオだな。貴方は神託によって勇者パーティーに選ばれた!」
えっ、えっ?
その一言で僕の平和な田舎村生活は終わりを告げた。幼馴染とのまともな別れの挨拶も出来ず、訳の分からないまま兵士によって王都まで連れていかれることとなった。
どうやら我が故郷ヤソバ村を領土に持つバステノン王国の、その国教「ゼノ教」の大司教様に魔王討伐の神託が下ったらしい。内容は大体以下の通りだ。
ある一人の青年に力を授けたので、その者を「勇者」とし、その勇者をサポートする五人の人間とで「勇者パーティー」を組み魔王を討伐せよ。
なるほど。これは国民にとっては朗報だろう。
流石に僕も、魔王というのがバステノン王国と長い間戦争を続けている魔物領の王様だということは知っている。
つまり敵の親玉で、それを討つことは国民の悲願だ。
ちなみに戦争の発端は王国の姫様がさらわれたからなんとか……。とにかく長年の戦争に終止符が打たれる希望が生まれたというわけだ。
だがその勇者パーティーの一員が僕というのは何かの間違いではないだろうか?
魔法も、戦闘のスキルも何一つ知らない僕に一体何が出来るというのか……。
神様はどうして全て勝手に一人で決めてしまったんだろう。
神託に逆らうことは許されない。こうして僕は勇者パーティーの一員となったのだ。
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そしてひと月後の今。
僕はゴブリンの巣窟がある森の中でシチューを作っている。日はすっかり傾き、もうすぐ夜になる。
勇者様たち、遅いなぁ。
シチューを煮込む小さな火を見ながら少し心細く思う。気分はさながら夫の帰りを待つ新妻だ。
すると足音が複数聞こえた。音のした方を見ると、五人の若い男女がこちらに向かって歩いてくる。勇者様たちが帰ってきたのだ。
僕は立ち上がって声をかける。
「お、お帰りなさいませ勇者様たち。シチューが出来ていますよ」
勇者様は血に濡れた聖剣を肩に担いで、ウエッとでも言いそうな顔で僕を見た。
「……てめぇは俺の女か何かかよ。きめぇんだよ無能が」
僕は戦闘の役に全く立たないので、この一か月ですっかり無能の烙印を押されてしまった。結果、足手まといになるからと、拠点で帰りを待つだけの毎日だ。
「シチュー、お注ぎしますね」
「男の手料理なんざいらねぇよクソが」
命がけの戦闘から帰ってきたご褒美が、男の手作りシチューなのは確かにちょっと嫌なことなのかもしれない。それも作っているのが旅のお荷物野郎なのだ。
すると、盗賊のティアが僕のそばにタッと近寄っていつもの元気な声で言う。
「私は食べるよ!美味しいから」
ちなみに勇者パーティーは、勇者様、騎士(女性)、盗賊(女性)、神官(女性)、魔法使い(女性)、僕の六人だ。皆有能である。完全に僕が異物で、僕さえいなければ勇者様のハーレムパーティーだ。
ティアはシチューを昨日街で買ったパンと一緒に美味しそうに食べてくれている。
気付けば魔法使いのアリスも僕のそばに立っており、普段通りの無口無表情で僕に木のお椀を突き付けている。シチューを注げと言っているのだ。
それを見て勇者様の大きな舌打ちが聞こえた。なぜだろうかと思ったが、少し考えたら答えが分かった。
なるほど、パーティーのリーダーたる自分が「いらない」と言っているのだからメンバーはそれに合わせて「いらない」と言うべきだったのだろう。そしてそれを受けて僕が「ちょ、おいお~い(笑)。せっかく作ったのにこれぇ」と言って、皆がドッと笑う。和やかな雰囲気が流れる。までが勇者様の描いたシナリオだったのだろう。
そんなバカなことを考えながらシチューを注いでいると、女騎士のベアが布を張って作った自分の簡易テントに入っていくのが見えた。疲れていてもう寝るのかもしれない。
勇者様がベアに声をかける。
「おいおいベア!夜はこれからだぜ。街まで呑みに行くぞ」
「……断る」
「は?なんだよクソアマ。女なんだから愛想の一つも見せやがれ」
ベアは勇者様を無視してテントに入っていった。
勇者様は口も、正直に言ってしまえば性格も悪い。僕に対してだけじゃなく、誰にでもこうだ。僕の無能が露呈する前の初対面の時からなので、別に殺伐とした旅で性格が歪んだとかではなく、素だ。
初めてお会いした時は、この乱暴な態度に驚くとともに、なるほどこれがカリスマというやつか、と感心したものだが、女性陣が引いていたので、あ違うんだ、と分かった。
神官のメルがいつの間にか自分でシチューを注いで静かに食べていた。丈の長い神官の祭服が土で汚れないように自分だけ敷物を敷いている。
勇者様はめげずに女盗賊のティアに声をかける。
「おいティア!お前この後街まで呑みに行くだろ?一緒に行こうぜ」
「行くけど、ほかの男と呑む約束あるから一緒はやだ。そもそもそんな下心丸出しで言われても私酔わないからお持ち帰りはできませ~ん」
そうあっけらかんと言ってシチューをかきこむ。「ごちそうさま」と僕に目配せをして街の方角へさっさと行ってしまった。
街は僕からしたら遠いが、勇者様や盗賊のティアからしたらあっという間に往復できる距離だ。だから僕がここでシチューを作ってお出迎えする意味はほとんどない。ただ時間があるからしているだけだ。
神官のメルだけは多分街まで歩いていけないので感謝してくれてもいいのにと思うが、彼女の感謝は神様専用だ。僕の作ったご飯に向かって「ゼノ様の慈しみに感謝してこの食事を頂きます」と言っていることがよくある。
ティアが森の奥に消えていったのを見て、勇者様はまた大きく舌打ちをした。
「おいどうなってんだここの女たちはよ。こんなんじゃ娼婦を雇って一緒に旅する方が百倍マシだぜ。無愛想にビッチに根暗に、とどめに神に処女を捧げてるとかいうイカレだ」
神官のメルが剣呑な雰囲気を発したので慌てて口を開く。
「いや~それはちょっと……言い過ぎと言いますか……ほら、その、ねぇ」
「うるせぇよ役立たず。お前が一番問題なんだよボケが。クソの役にも立たねぇくせしていっつもヘラヘラ。てめぇを抜いて代わりに性奴隷でもパーティーに入れた方が間違いなく早く魔王を討伐出来るって言ってんだ俺は」
あまりの酷い言い草に頰がひきつる。しかしそれは本当にあり得ることだ。
もしかしたらこんな僕でも世界を救う一助となれるのでは、と今日まで頑張ってきたがもうそろそろメンタルがボロボロである。早く故郷の村に帰りたい。
メルが勢いよく立ち上がって、いきり立って反論する。
「彼は役立たずなんかじゃありません!」
と、庇ってくれたが全く嬉しくない。何故なら
「だって神託が間違っているわけがありませんから!今は役立たずの彼だっていつか大事な使命を果たすはずです。勝手にパーティーメンバーを変えるなんて、許しません!」
これだからである。彼女は僕ではなく神様を庇っているのだ。
勇者様は呆れたように首を振る。
「はぁ~これだよ。狂信者は気持ちわりぃなぁ。一番関わりたくねぇ部類だ」
勇者様はそう言って街の方角へ消えていった。
メルは憤然とした様子で再び敷物にドサッと座った。もう食欲は失せシチューも食べたくないようである。
魔法使いのアリスは相変わらず生気のない目で黙々とシチューを食べている。食べるのが非常に遅い。
もっちゃもっちゃと咀嚼するアリスを見ていると僕は叫びだしたい気持ちになった。
今日も勇者パーティーは最悪の雰囲気である。