守護者
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『最終フェーズの準備が完了しました。
選択を要求します。守護者を選出してください』
石板には現れた文字はまるで、私達目覚めし者に語りかけているようだった。
「守護者、だって」
「これ明らかに私達に向けたメッセージだよね」
「やっぱり桃菜からのメッセージなんだろうな」
「でもこの文章は【この世界の守護者】。そう考えた方がしっくりくる」
確かにここで目覚めし者の守護者が出張る理由は思いつかない。
この世界の守護者。そう考えれば『最終フェーズ』という言葉もしっくりくる。ベル・ウェス全体に対する選択を任せられる相手として、この世界の守護者を選べ。この文章はそういう意味だと思う。
「俺ら単なるモンスターなんだけどなー。ベル・ウェスの未来に関わっていいのか?」
「最終フェーズって言われると躊躇うよね」
「ストーリーの事じゃないの?」
「ああ。あり得る」
ベル・ウェスのストーリーは完結していない。
不定期に新エピソードが追加され、その度に新しいフィールドやダンジョンが追加になるらしい。
ストーリーは終盤に入っている雰囲気はあるけど、最終回はまだなのだそうだ。そのストーリーが最終フェーズに入った、と考えれば辻褄はあう。
「ストーリーこそモンスターには無縁だわ。正直どうでも良いっていうか」
「分からない事を考えても仕方ないでござる。取り敢えず今出来る事をやるでござるよ」
サラウェトリアの前の地面には、タイルで細かなモザイク紋様が描かれたパネルのような台座がある。
一辺が五十センチくらいの正方形。丁度人が一人立てる程度のサイズだった。
「守護者はここに乗れって事だよね」
問いかけると、みんなが頷いた。
誰も動こうとしない。当然私が乗るもんだと決めつけている。そりゃまあ、今は私が守護者なんだけど。
なんとなく、私ではないんじゃないかな、という気持ちが沸々と湧いてくる。
この広場を目にしてから、【最終局面】という単語が頭をよぎる。たとえこれが単なる新ダンジョンイベントだったとしても、何か大きな変革が起こる気がしてならない。
私達の旅がここで終わり新しい生き方がスタートするような、そんな予感がする。モモから続くこの道の最終局面を任される守護者となれば、それは私ではない。
私はあくまで仮初めの、ノアクラスの器を持つ後継が現れるまでの繋ぎの守護者だ。言わば守護者代行だ。
「アオ殿?」
動かない私にモスが首を傾げた。
私は苦笑を返すと、小さく息を吐いて、首に下げていたものを外した。
そしてそれを、台座にそっと置く。
置いたのは、ノアの結晶だった。
やっぱり私の中で、守護者はノアしかいない。
こんな大事な局面を背負えるのは、あの黒い獣ノアだ。
みんな私の想いが伝わったのだろう。
静かに微笑んで、足元に置かれたノアの結晶を見つめていた。
しばらく、黙祷のような静かな時間が流れた。が、シュウがその静謐とした空気をぶった切った。
「アオ、気持ちは分かるけど、もう夜も遅いしそろそろさ……」
ウィン……。
今度はシュウのセリフをぶった斬るように、女神像から電子音がした。
カタカタ……。
石板の文字が書き変わっていく。
『守護者の選出を受け付けました。
個体名【ノア】。
守護者として登録……完了しました』
「は?」
「……登録されたでござるな」
「びっくりだなー。生死問わずっていい加減すぎるさー」
狐につままれたような想いでいると、石板に新しい文字が流れてきた。
『個体名【ノア】に深刻なデータ破損を検出しました。
欠損データを検索します。……データの獲得に成功しました。
データの統合及び修復を行います。……成功しました。
個体名【ノア】の復元を行います」
刹那、結晶から膨大な光の束が噴き出した。
「え? な、何?」
「光が……!」
目を開けていられない程の光量。
叩きつけるような暴力的とも言える程の眩い光。
光の束はいく筋もの帯となり、結晶を包み込んでいく。いく筋も、いく筋も。光の束は徐々に膨らみ、やがて繭のように……。
これに似た光景を、見た事があると思った。
もう何度も何度も。
そう、仲間が進化する度に。
私はあの中にいた間の事を思い出す。この世界の根源に触れる感覚。自分が溶けて書き代わり、再構築されるような温かな感覚。それが今、目の前の繭の中で起こっているのか。再構築されているのは誰だ。そんなの一択だ。
「まさか……そんな……」
「だって、これ……他にないだろー」
自然と涙が溢れてきた。
口を両手で覆っているリディスも、涙を浮かべて震えている。
光の繭は見る間に膨らみ、今ではもう人のサイズになっている。
私が少し見上げるくらいの、懐かしい、あの面影を光の中に感じる。
まさか、こんな事って……。
こめかみが痛い。
涙が出て止まらない。
これが桃奈のプレゼントだったの?
ああ、神様……!
一体何がどうして、こんな事になっているのか。
急転直下すぎて考える気にもならない。
そんな事どうでもいい。だって今、私の気配探知のスキルは、間違いなく愛すべきあの気配を探知している。
パァっと音がするように光が解けた。
余韻を残して消えゆく光の粒子の中。
会いたくて会いたくて堪らなかった、私達の守護者が立っていた。
両目を閉じた端正な顔。直立不動で現れた守護者は、ゆっくりとその瞼を持ち上げた。
野性味あふれる金色の瞳が現れた。
言葉を失う私を、無表情に一睨みして不愉快そうに眉根を寄せた。
「何だお前」
そして髪をガシガシ掻きむしり、周囲に目を転じ、シャモアとモスで視線を止めた。
二人とも、原型を留めない程に泣いているんだけど。
眉間の皺を深くした守護者は、少し目を見張り、涙に暮れる金髪の美女に語りかけた。
「……あ? じゃあお前リディスか? んでこっちは……アオ?」
もう限界だった。
私は兎に早変わりして、兎の脚力のまま、逞しい胸にダイブした。
「ノア――――――――!」




