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フィールドの変化

 ハヤトとのバトルから一月が過ぎた。


 三日おきに開催する迷宮イベントは未だに好評だ。宝箱の中身を全て料理にしたら参加者が千人を軽く超えた。お陰で全素材千個ずつという無謀な目標も夢ではない状況になってきている。


 あの日先に戻った私は二、三分待ってからハヤトを呼び戻した。時間の進みを調整したのでハヤトは切り離された時間の中で、一人で三日を過ごした事になる。


 あんな静止した世界の中で一人取り残されたのだから、余程精神的に参っているだろうと思ったのに、ハヤトは興奮していた。


「あれからどのくらい経った?」

「二、三分だよ」

「そうか! 悪いが僕はすぐにオチるよ。現実の時間を確認しなければ!」


 慌ただしく飛び出していったハヤトは、数分ですぐに戻ってきた。目をキラキラさせながら。


「すごいよこれは! アオ、今後毎日僕にあの空間を使わせてくれないか」

「えー、嫌だよ。面倒臭い」

「そんな事言わずに。ただとは言わない。素材ならいくらでもあげよう。フィクションにある時間を停止させる能力のデメリットは、肉体の衰えが早まる事だった。でもこれならその問題も解消だ。ノーリスクハイリターンだ。素晴らしいよ」


 いや、それって私を信用し過ぎてないかい?

 私がその気になれば、ハヤトを永遠に隔離空間に封印することも出来るんだけど。


 そんな訳で、ハヤトは定期的にやってきては、隔離時間の中で数日を過ごすようになった。



――――――――――



「フィールドが?」


 古竜を刈っている時、ハヤトから聞いた話をふと思い出して話題に乗せた。


「うん。なんか広がってる気がするんだって」

「今更じゃない? ここは新しいダンジョンが次々に追加される世界なのに」

「そうじゃなくって。普通拡張する時って新しいエリアが追加になるでしょ。ハヤトが言うには、既存のフィールド全体が広がってるらしいんだよ」

「そうかー? 全然わかんねー。いつもと変わらなくね?」


 私もハヤトに言われて注意するようにしてたけど、全然分からなかった。いつもと同じ平原。いつもと同じ山にしか見えなかった。


 これでもし本当に広がってたのなら、それはそれでハヤトは気持ち悪い。こんな些細な変化に気付くなんて、普通あり得ないと思う。


 こんなのに違和感を抱くのなんて、ハヤトだけだよ。


 と思っていたら、驚くべき事にシュウがハヤトに賛同した。


「広がってるか。なるほどな。そういう事か」

「シュウ殿も心当たりがあるのでござるか?」

「ああ。俺特定のクローズドクエストにタイムアタックするのが日課なんだけどさ」


 と、説明を始めた。


 何でもシュウは惑いの森で毎日同じクエストをこなしているのだという。

 タイムアタックはとてもシビアで、石段を何段飛ばしにするとか、あの二本の木の間を抜けるとか、最短ルートを行くために細かく決めているのだそうだ。もう絵に描けるほどに惑いの森の地形が頭に入っていると言う。


「ここ最近それが変なんだよ。木の場所がズレてたり、変な場所に岩があったり。タイムの伸びも悪いし、何なんだろうと思ってたけど、広がってると言われるとしっくり来る」

「ハヤトが言うには、中心点から放射線状に広がってるらしいよ。なんて言ったかな。えっと……ビックリドン?」

「ビッグバン?」

「そうそれ!」


 私はパチンと指を鳴らした。


「そのビッグバンみたいに拡張しているって言ってた。意味わかる?」

「あーうん。イメージは分かる。問題はどこが起点なのかだな」


 問題は、とか言ってるけど。それ何の問題だろう。

 フィールドが広がっても、私達には何の影響もないのに。


「ハヤト殿は何か言ってなかったでござるか?」

「うんと。シーハオ草原の海があるでしょ。あの海の中だって」

「あの島がある?」

「そう。多分あの島が起点だって」


 因みにハヤトは島が起点だと気づいてから、何度か島に渡れないかトライしてみたとも言っていた。


「たしかあの島の周りは結界が貼られていたでござるな」

「いや、あれは結界じゃなくて。そこまでしか世界を作り込んでいないだけだ。でもフィールドが拡張しているなら、島まで繋がったかもな」


 と、ハヤトも考えたらしいんだけど、残念な結果に終わったと言っていた。海はやはり、途中で切れていた。


「海は変わってないって。ハヤトが確認済みだよ」

「じゃあ、空から」


 シャモアが人差し指を天に向け、次にモスに向けた。


「ブランとシュウは、モスに乗ればいい」

「えー、わざわざ行くの? 面倒だわ。どうせ辿り着けないわよ」

「リディスー。未開の無人島だぞー。行くしかないだろー」


 男のロマンを持つブランがソワソワしだした。そう言われると、私もウキウキしてきた。なんかロマンのある響きだ。モスも前のめりになっているし、シュウも言わずもがなだ。


 無人島探検も楽しそうだし、遠目でも見える砂浜は実に魅力的だ。


「バーベキューとか出来るかな?」


 今までプレイヤーの目を気にして、食事は極力拠点で食べてきた。でも本当は青空の下で出来立てのご飯を食べたいと、常日頃思っていた。


「ビーチパラソルとかあったっけ?」

「カサンコの街のテラスに似たようなもんがあったな。レシピあるぞー。モス作るか?」

「む。雰囲気は大事でござるな。承知した。早速作るでござるよ」


 今日は快晴。

 青い海に白い雲。想像しただけでも心が浮き立つ。

 これは無人島探検の前にバカンスだな。


 バカンスに話が偏ると、リディスも乗り気になってきた。


「あら、それは良いわね。プライベートビーチって事よね。モス、水着も作ってよ」

「……小生は着ないでござるよ」

「何をバカな事を言ってるの?! モスの最強武器は水着を着た時に一番の威力を発揮するのよ!」

「さ、最強武器でござるか」

「そうよ! 攻めに攻めるわよ! 猛攻よ!」

「も、猛攻でござるか。……いやでも、スースーするのでござろう?」

「全部出しちゃえば最早スースーじゃないわよ。私達は最強を目指すんじゃなかったの? あらゆる意味で、最強になるチャンスを逃してどうするの。ね、シュウもそう思うでしょ」


 突如振られたシュウが、腕を組んで真剣な顔で頷いた。


「思う」


 何そのキメ顔。

 モスが頭に十トンのハンマーが落ちてきたように慄いた。


「シュ、シュウ殿まで……」


 そしてシュウがモスの肩に手を置いて、目を覗き込んだ。


「モス、一緒に最強を目指そう」

「シュウ殿……! 本当に、最強になれるのでござるな?」

「ああ。俺を信じろ」


 あ、またモスが流され出した。

 そしてシュウ。未だかつてないほどの頼りがいを感じる!

 言ってる内容は未だかつてないほどゲスなのに!

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