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マッドチャイルド

「君達は自我をもったモンスター。バグが産み出したイレギュラーだ」


 やけに断定的な言い方だな。

 いや、その通りなんだけど。


 結論付けた根拠について考えていると、ハヤトは食べ終わった指をペロリと舐め、曲げた膝に肩肘をついて、覗き込んできた。


「さっき握手をしただろう。その手が暖かかった」


 手が暖かい人は優しい人、みたいな?

 そんなエモーショナルな事で判断する人には見えないけれど。


 疑わしいげに見上げる先で、ハヤトが苦笑した。


「プレイヤーには体温がないんだよ。所詮ゲームだからね、そこまで作り込まれていない。火山地帯に行けば暑さは感じるし、雪山は寒くもあるから感覚としては再現されてはいるけれど、個人にまで温度を設定してはいない」


 そうなんだ。今まで気付かなかった。シュウの手をあったかいなと思ったこともあった気がするけど、それは思い込みだったんだ。


 すごいな、思い込み。


「触っても?」

「うん」


 ハヤトは私の手首に指を置いた。


「鼓動がある。僕のも触ってみて」


 私も真似てハヤトの手首に触れる。でも何にも起こらなかった。


「ない」

「うん。当たり前だけど僕達に鼓動はない。ここから導き出される仮説は、君は生物で、驚くことにゲームの中で受肉している。いや、これが正しい表現ではないが、それ以外の言葉が見つからない。そうであれば、アオ一人でどれほどのデータ量なのか、想像もつかないよ」


 なんだか興奮していらっしゃいます。

 体温がある事がそんなに興奮する事なのか、全く分からない。


「ただ、あったかいだけの話でしょ?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。今ここに設備があれば、是非とも調べたいところだよ。血液はどうなっている。脳は、骨は、循環器官は。ああ、MRIにぶち込みたい。せめてCTと血液検査だけでもやってみたい。残念ながらここで出来ることは開腹くらいだ」


 いや、なんか最後不吉な単語が!

 恍惚として見えるのは気のせいだよね!? 目がイって見えるのは私の思い込みだよね?!


「……だからフラガラッハをぶち込んだとか言わないよね?」

「残念だ。あの時勝負に拘らずにもっと観察しておくべきだったよ」


 こいつ、ヤベー奴じゃん!


「……シュウがハヤトには気をつけろって言ってた意味がよく分かった」


 ねめつけると、ハヤトは心外そうに眉毛を下げた。


「僕は研究熱心なだけだよ。猟奇的な思考は持ち合わせていない」

「でももしここに機材があれば、すぐに開腹手術に移行するでしょ」

「大丈夫、ちゃんとヒーラーを用意しておくから。HP管理は任せてくれ」

「やだ! この人変態だわ!」


 大袈裟にのけぞると、ハヤトは声を出して大きく笑った。

 これが笑顔のお手本です、というような、はははと発音する笑いだった。


「まあ開腹は冗談だけどね。……一応確認をしておきたいんだけど、一ついいかな?」

「……この流れでは、簡単には頷けないけど。何?」

「目覚めし者は、他のモンスターのように殺しても復活するのかな?」

「しない」


 死んだらそこで終わりだと、付け加えた。

 ハヤトはその返事を予想していたように、何度も小刻みに頷いた後、小さく頭を下げた。


「悪かったね。本気で殺すつもりで戦ってしまったよ」

「いいよ。誘ったのはこっちだしね」


 そもそも負ける要素も予定もなかった。

 軽く捻ってやるぞくらいの気持ちだったのに、想定を遥かに超えて、ハヤトが強かっただけの話だ。


「ナンバーワンの底力を見たよ。流石だと思った」

「でももう再戦は勘弁かな。勝てば失われる命だと知っては、もう本気で戦えないよ」


 まあどうせ勝つ見込みもないんだけどね、と片目をつむった。


「命だって、認めてくれるんだ」

「まあ、一応ね」


 言ってから、ハヤトはまた考え込んだ。


「受肉していない事が分かれば、君たちを現実に連れ出す事も可能になるんだけどね」


 と、笑顔と共に耳を疑うような事を言い出した。

 現実、という事は神の国?

 え、行けるの? 肉体がなければ?


「意味がわからない」

「それほど複雑な話じゃない。アオに関するデータを抜き出して適当なロボットに移植してしまえば済む。アオのデータが判明している前提だけどね」

「ロボット?」

「あっちでの身体だと思えば良いよ。でもこちらに肉体がすでにあるのなら、難易度が一気に上がる。僕は専門ではないので確定的な事は言えないが、膨大なデータから意識だけを選出するのは困難な気がするよ。でもまあ一応頭の片隅に入れておいてくれるかい。後がなくなった時はそんな希望もあるのだと」


 よく分からないけど、前例はあるよね。プレイヤー達がまさにそうだ。身体は神の国において、精神だけをこっちの身体に持ってきている。

 それの逆バージョンなら、肉体があっても問題ない気がするけど。あ、違うか。本体の身体が死んでしまっても精神は生き続けるってことか。


 そうなると、今のスキルや変身はどうなるんだろう。


 今まで神の国へ抱く想いは、憧れのような、畏怖のような、そんな漠然としたものだった。でも、願えば辿り着く可能性がある場所だと分かると、急に現実感を帯びた場所に変わった。


 行ってみたいな、と単純に思った。


「後がなくなる時ってどんな状況だろう」

「あるだろう。避けては通れない最後の日が。……サービス終了だよ」

「ああ」


 自分の事なのに、私は生返事しか返せなかった。

 だってそれ、私の努力の影響範囲を超えているよね。私達に出来る事はせいぜい、プレイヤーが飽きないように楽しみを提供し続ける事くらいだ。


「あと一つ気になっている事があるんだ」

「まだあるの?!」


 第一印象と違って、ハヤトは意外とお喋り好きだった。

 スキルの事、フィールドの違和感、時間の進みなど、とにかく色んな事が気になって仕方がなく、常にあらゆる事に疑問を持っては、それを解明するために頭も時間も使っている。ある意味子供のような人だった。


 見た目と立ち振る舞いのお陰でだいぶ得してる。


 本当に天才と変態は紙一重なんだな。


 ことある事に「やっぱり少しだけ開腹してみようか」とか「血液少しだけくれないかな」とか、気持ち悪い事を言い出して、少しウザかった。


 私を生命とは認めているけど、同等の存在とは思っていない。家畜のような位置付けなんだろうな、と思わせられた。


 話題が途切れたところで、私はぽんとハヤトの肩に手を置いた。


「? なんだい?」

「うん。少し反省しとこうか」

「何をかな?」

「なんとなく。ハヤトは考えるのが好きみたいだから、暫くそうしてるといいよ」


 私はにっこり笑うと、スキルを発動した。


「烏兎匆々【おきざり】♪」


 何日かそこで一人で考えてたらいいさ。


 私はハヤトを残して、一人元の時間に戻った。

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