語り合い
(なんだ? 何故僕が膝をついているんだ? ……それに)
ハヤトは周囲に首を動かした。
(世界が、止まっている?)
手を口元に当てて応援する見学者達。だが誰も彫刻のように動いていない。先程まで風に揺れていた草木。それすらまるで一枚の絵になったかのように同じ姿を保っている。
身体が重い。
いつの間にかHPが1になっていた。
自分以外全てが停止した世界で、すぐ側で空気の揺れを感じ、つられるように目を向けた。
アオがいた。
小さくポーションの割れる音が響き、緑の光がアオを包み込む。
先ほどあけた胸の穴はもう見当たらない。
勝機が完全に消えたのだと分かった。
「……何をしたのかな?」
何とか紡ぎ出した言葉に、アオは済ました顔で笑った。
―――
流石貴族。
こんな状況でも冷静なんだ。
私は変なところに感心しながらも、ハヤトにポーションを投げ渡した。
「ごめん。余裕がなかったからHP貰っちゃった」
「HP? ああ、そうか。MPを奪えるのだから、当然だね」
ハヤトは一瞬見開いた目をすぐに細めると、優雅な仕草でポーションを割った。
立ち上がり、フラガラッハを鞘に収めると、周囲を眺めて苦笑した。
「この状況は何だろう?」
「私達の時間を切り離した。あちらは今は時間が動いていないと思って貰ったら良い。正確には任意の時間に戻れるんだけど、態々時を進める必要もないからね」
「時間を? ……それは過去にも戻れるのかい?」
「それは無理」
端正な顔で考え込むハヤトを、私は流石だなと思いながら眺めた。
こんな訳の分からない状況なのに、全然取り乱していない。どうやったらそのポーカーフェイスを崩すことが出来るんだろう。
「これはスキルかい?」
「うん」
「世界征服出来そうなスキルだな」
「最初は本当に使えないスキルだったんだよ。ここまで育てるの大変だったんだから」
烏兎匆々を発動したある日、目まぐるしく動いていた周囲が、いきなり音を失って固まった。
最初は何が何だか分からなかった。あまりにも早い動きは逆にスローモーションに見えると言う奴の進化版か? なんて考えたりした。
もともと私と周囲の時間を分けるスキルだったけど、レベルMAXになった烏兎匆々は、ついに分離した周囲の時間をゼロ倍速から操れるようになったのだと後から分かった。
ゼロ倍速。つまり停止だ。
あまりにも反則級の技なので、普段は使わないようにしている。けど、さっきは思わず使ってしまうほど、追い詰められた。このスキルを使った段階で、私の負けだ。
「現実の時間はどうなっているんだろう。もしそこも圧縮されているのなら最高なんだけどな」
「最高なの?」
「それはそうさ」
ハヤトは宝物を見つけた少年のように目をキラキラさせた。
う、眩しい。チカチカする。
「この中で仕事を終わらせてしまえば、後は一日遊んで暮らせるじゃないか。いや、むしろここで寝れば良いのか。睡眠という生産性のない時間をゼロに出来る。ねぇアオ。検証してみないかい? そして現実の時間も進んでいないと判明したら、毎日僕の寝室としてここを使わせて欲しい」
……。
嫌です。
というか、何でそんなに食い付いてるの?
これは生き残るためのスキルであって、仕事部屋でも寝室でもないんだけど。
半眼になった私との温度差に気づいたのか、ハヤトは少し決まりが悪そうに、咳払いを一つした。
こほん。
「あー、で? どうして僕をここに連れてきたんだい? HPを根こそぎ奪えば終了だった筈だろう」
「それは、次の一撃で殺してしまうと思ったから」
「? そういうゲームだろう」
それはそうなんだけど。
それなら態々HPを一残さないよ。
「ナンバーワンプレイヤーと、落ち着いて勝負したかったからね」
そうは言ってみたけれど、仕切り直してもう一度戦いたかったのかと言われると、それは少し違う気がした。
なんとなく、これで終わるのは勿体無いなと後ろ髪を引かれたからだ。
要するに、気紛れだ。
ハヤトはさっぱりとした顔でフラガラッハを撫でた。
「再戦は遠慮するかな。こちらの手の内は全て見せてしまったからね。仕切り直しても、僕に勝ち目はないよ」
「こちらもほぼほぼ見せたけど」
「それを鑑みて、勝ち目がないという判断だよ。君は規格外過ぎる。【草原のラスボス】の名は伊達じゃないね」
「草原のラスボス?」
「知らないのかい? 君達の呼称だよ。目覚めし者よりは分かりやすいだろう?」
いつの間にかラスボスになってた。
でも悪い気はしない。
私はうーんと伸びをすると、その場に座り込んだ。
「じゃあ少し、話でもしようか」
見上げて誘うと、ハヤトもこだわりなく「いいね」と頷いた。
並んで月を見上げながら、私はシナモンロールをアイテムバッグから取り出した。
「……五分経ってなかっただろう」
「そうだね。三分くらいかな」
「じゃあ受け取れないよ」
「いいよ。私は完敗だったと思ってるから」
一つを押しつけて、もう一つに齧り付いた。
ハヤトも暫く躊躇っていたが、結局上品に口に運んでいた。
「美味しいね」
「でしょ? 目覚めし者限定スイーツだよ」
二人でもそもそとシナモンロールを食べる。
特に共通の会話もなく、静かな時間が流れた。
口火を切ったのは、ハヤトだった。
「僕はね。二つある仮説を検証するために、今日のバトルに来たんだよ」
「仮説って、私達の事だよね」
「ああ。君達は単なるチート集団なのか、自我を持ったバグなのか」
「……ゲームの新要素かもよ?」
「それはない。……まあシュウがいなければその可能性も考えたけどね」
ハヤトとはマガダで会っているから余計にその筋はないんだろう。そしてシュウがいるからこそ、チート集団という線が消せないのだろう。
「それで? 結論は出せたの?」
「ああ。君達は自我をもったモンスター。バグが産み出したイレギュラーだ」
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