フラガラッハ
つまり、バケモノ級に上がっているのは物防やHPだけで、魔防は超人級程度ってこと? それを今、さらにデバフ重ねがけで達人級程度まで落とされている、と。
やばいじゃん!
魔法が使えない事と言い、目覚めし者にとって魔法は鬼門だな。
「何でそんな大事な事今更言うのさ!」
「すまん! 浮かれてた!」
「分かった、許す!」
そう言っている間にも、ファイヤーランスは降り注ぎ、HPを削り取っていく。
私は手近な瓦礫の下に体を滑り込ませた。
迷宮の残骸。ブランが作った壁は魔法も通さない。これを盾にしているうちに、装備を変えよう。っと、思ったらハヤトも滑り込んできた。
くぅ。私が冷静さを欠いて崩れるのを待ってるな。トドメはハヤトが刺すつもりなんだろう。
もう取り敢えず、HPに余力がある内に、被弾しながらでもメイジを減らすしかない。
ハヤトの攻撃をかいくぐり、私は双剣を大きくクロスに構えると、一気に両手を振り広げた。
「ウインドブレード!(自称)」
切り裂かれ、弾かれた空気が刃となって遠く離れた東のメイジを切り裂いた。
なんで自称かと言うと、これはスキルでも何でもなくて自作の技だから。初めてヤーミカッタでシュウのウインドカッターを見た時から、ずっと温めてきた技。
その実態は単に高速の素振りだ。団扇で風を起こすのと原理は同じ。ただ極限まで早い素振りは鋭利な風の刃を作り出す。ステータスのAGIが爆上がりした事で実現できた、私の遠距離攻撃だ。
「まずは一人目!」
私は高く飛んでハヤトを振り切ると、北のメイジに距離をつめ、倒しにかかる。
「二人目!」
ガシィッ
打ち下ろした刃は、タンクの盾によって防がれた。
あ、こいつもいたね。時間稼ぎ要員か。
また魔法が被弾する。あーもう。HP三分の一くらい減っている。ここまで減ったのっていつ以来だ?
私は右手で下段を水平に斬り、タンクの足を切断する。崩れ落ちたタンクの腹を横薙ぎに斬りつけ、そのまま後ろのメイジを叩き斬った。
「三人!」
叫んだ私の目の前に、白刃が煌めいた。ハヤトの碧眼がすぐ側で煌めいた。すんでで避けたが、切先が頬に一筋の傷をつけた。
ピコン。ピコン。
……毒かい! 案外せこいな! 聖騎士さんよ!
でもごめんね。私には状態異常は殆ど効かないのよ。
その時、見物していた目覚めし者の間では……。
「なあ、なんかさー。アオ活き活きしてないかー?」
「そうね。追い詰められてるってのに、何考えてるんだか」
「ノア殿に似てきたでござるな」
「それをモスが言うかね」
そんな会話が行われているとは梅雨知らず、私はハヤトを相手取りながら、もう一人のメイジを沈めた。残りは一人。そうすれば、落ち着いてハヤトとの一騎打ちが出来る。
名実共にベル・ウェス最強の相手との一騎打ち。是非とも何の邪魔も入らない状況で楽しみたい。
なので私は無理に攻撃せず、ハヤトの斬撃を受け流しつつ、邪魔なメイジを退治する。
ハヤトが大振りした隙を狙って、私はフラガラッハの付け根を横から叩き上げた。
ガシィッン……!
ハヤトの手を離れ、フラガラッハがヒュンヒュンと音をさせながら宙に舞った。
「よし!」
ハヤトが武器を失っている間に、最後の一人を倒そうと、私は地面を蹴った。
一気に距離を詰める私に、最後のメイジは逃げ出すどころか気丈にもこちらを睨みつけながら詠唱を続けている。先程の護衛騎士のようなお姉さんだ。
この状況でもハヤトの勝利を信じているような盲目的な表情をしている。
「さようなら」
私はその頭上に剣を振り下ろす。
ドスッ。
戦場に血が飛び散った。
「……え?」
地面に流れ落ちる血は、お姉さんのものではなかった。
激しい痛みと違和感に視線を下げると、信じられないものが見えた。
私の胸を、フラガラッハが貫いていた。
ゴフッと肺から血が競り上がってきて、吐血する。
血液と一緒に、身体中の力が抜けていく。
なんで? さっき弾き飛ばしたよ……ね?
フラガラッハは正面から胸を貫いている。眼前にある柄は、誰も握っていない。投げつけられたという事か。でも正面にいるのはお姉さんだけだ。
フラガラッハはまだ力を失っておらず、そのまま更に私の奥に進み込んでくる。
ドシュウウウ!
フラガラッハはそのまま、大きな穴を空けて私を貫通し、後ろへと抜けていった。
「ガハァッ」
胸に空いた穴から、口から、生ぬるい血が吹き出す。
身体を支える力を失って、その場に崩れるように膝をついた。そこに魔法が着弾する。
「……ぐうっ!」
何が起こったの?
地面に両膝と両手をつき、血を流す私の頭上に、ハヤトの静かな声が降ってきた。
「……フラガラッハはね。呼びかけると何処にいても僕の手元に戻ってくるんだよ。間にどんな障壁があったとしても、ね」
ハヤトが血に染まったフラガラッハに優しく口付ける。
じゃあ、さっきのはワザと私にフラガラッハを弾かせたのか。なるほど、ハヤトの狙っていた隙はこれだったのか。
「!」
私の理解が追いつくのとほぼ同時に、ハヤトが攻撃に入った。もう目の前にフラガラッハの切先があり、そのすぐ奥にハヤトの静かな青い目があった。背後にはお姉さんの詠唱が聞こえる。
「アオ!」
「避けろ!」
仲間が叫んでいる。
はぁ。
流石ナンバーワンだ。完敗だよ。
「アオ、その首貰い受ける!」
ハヤトの剣が首元に届くその時。
私は震える手を伸ばし、二つのスキルを発動した。




