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赤目ゴブリン

 今、私はテンションが高い。

 何故なら別れ際にブランが新しいダガーをくれたからだ。

 なんと土のエンチャント武器だ!

 これだけで、何か一つ玄人の階段を上った気分がする。


「あんまり浮かれてると、痛い目を見るぞ」


 ノアが冷めた口調でたしなめてくる。


「少しくらいいいじゃない。ちゃんと頑張るから。よーし、どんどんレベル上げちゃうぞー」

「強くなった気がするなら、それは気のせいだ。俺たちが狩られる側だと言うことを忘れるなよ」

「分かってるって」


 ノアは少し心配性だと思う。

 だって北側と言っても、モンスターレベルは5から8。

 私は11だし、ノアなんて43だ。正直負ける気がしない。


「北側はウルフ、イーグル、それにゴブリンが新しく追加になる。ウルフとゴブリンは火、イーグルは土が弱点だ。今日はゴブリン攻略だ」

「えー。ゴブリンだったら土エンチャントの武器が使えないじゃん」

「持ち替えの練習はゴブリンが終わってからだ。今日は使わないからしまっとけ」

「そんな! じゃあせめて、ノアがやってるビシィッてやつ教えてよ。あのカッコいいやつ」


 ノアはあまり敵の攻撃を避けない。

 相手の攻撃を大剣でビシィッと弾き飛ばすのだ。間髪入れずにカウンターが出せて、とってもカッコいい。


「パリィか。あれは大剣じゃないと厳しい」

「厳しいってことは、不可能じゃないんだよね」

「まあな。だが判定がシビアなんだ。ダガーみたいに細身の武器じゃ尚更厳しい」

「一回だけ! 一回やって満足するから。ね、お願い!」


 ピンクのもふ手をあわせて拝み倒す。

 だって、私のお手本はノアだ。ノアの戦闘は、一見力押しみたいだが、実はとても冷静に計算されていて、見ていて惚れ惚れする。もう憧れと言っても良いくらいだ。


 憧れの人の真似をするのって、だれもが通る道だよね?


「ちっ。一度だけだぞ」

「わぁい。ノア最高!」


 相手の攻撃が届くタイミングにダガーを振り込む。うん。大丈夫、出来る気がする!


 確認を終えると、私は近くのゴブリンに向かって走り出す。


 ゴブリンは二体だった。

 私はダガーを構えてゴブリンの動きに集中した。ゴブリンは片足を上げて大きく振りかぶると、棍棒を振り下ろしてきた。攻撃が届く瞬間を見極めて、私はダガーを繰り出した。


「私はアオ! 目覚めし者!」


 その瞬間、全身に悪寒が走った。


「避けろ!」


 攻撃が届く直前、ノアが切羽詰まったように叫んだ。私は得体のしれない恐ろしさに引っ張られるように、ギリギリで攻撃を避けた。


 ドガァッ!


 私のいた地面が大きくえぐられる。その痕を見て、ぞっとした。あんなの受けきれるわけがない。あのままダガーで受け止めていたら……。


 冷や汗が流れるのと、ノアが叫ぶのが同時だった。


「赤目だ!」


 よく見ると、ゴブリンの目が真っ赤に怪しく光っていた。


「赤目?!」

「気合を入れろ! 生き残るぞ!」


 叫びながら、ノアがゴブリンに一撃を入れた。ダメージは百前後しか入っていない。この辺りのモンスター相手なら、ノアはいつもオーバーキルなのに。


 赤目。私達が全滅する最大の原因。話には聞いていたが、まさかこんなに突然に遭遇するなんて。


 私は何とか攻撃をかいくぐり、一撃を入れる。


「そんな? 一ダメージ?!」


 防御力が高いんだ。今の私じゃ全く相手にならない、遥か格上の敵。


―――死ぬの? 私。こんなにいきなり?


 絶望に身体が竦む。私目掛けて振り下ろされた棍棒を、ノアが大剣で受けた。が、攻撃の圧力で横に吹き飛ばされた。


「ボサッとするな! 最後まで諦めるな! 生きるためにあがけ!」


 無理な体勢で攻撃を受け、吹き飛ばされた衝撃で、ノアの右腕から血が流れている。


―――私、足手まといだ。私がしっかりしなきゃ、ノアが自由に動けない。


 私は頭の中で、今まで教わってきた事を目まぐるしく思い出した。

 諦めない。私に出来る事をする。仲間を護る!


 赤目は、――状態異常にハメる!


 私は毒玉を投げつけた。『ERROR』。諦めずに何度も投げる。私にできる事と言えば、こんな事しかない。


「ぐっ!」


 ノアが低く唸った。振り向けば、胸を大きく切り裂けれていた。慌ててポーションを投げる。


「助かった!」


 ノアがカウンターを入れながら叫ぶ。その姿は、なぜか生き生きと輝いで見えた。


 まるで圧倒的な強者との戦闘を悦んでいるような。

 自分の限界に挑戦するチャレンジャーの顔だ。


「こんな事しか出来なくてごめんなさい!」


 ノアはこんな戦いの中であっても、自分を高める事をやめていない。


―― ―ノアはすごい。絶対にノアだけは生還させなくちゃ。それが今の私の役目だ!


 やっと一体が毒にかかった。毒の効果でゴブリンのHPが削られる。その減っていくHPの数値を見て、私はさらに絶望した。


「……189」


 毒の状態異常は6秒に一度、残りのHPのニ%が削られる。つまりこのゴブリンのHPは9500近いということになる。ノアの攻撃で百回。毒のダメージ込みでも、いったい何分持ちこたえればいいのか。それにゴブリンはニ体いる。そんなに長いバトルで、ポーションは足りるのか。


「……諦めないっ」


 私はノアにポーションを投げながら、歯を食いしばった。

 諦める訳にはいかない。私が死ねば、ニ体の攻撃が全てノアに向く。せめてノアが一体を倒し終わるまでは、私は生きていなければいけない。一対一なら、ノアなら何とか生き抜ける可能性があるのだから。


「とにかく私は、ダメージを負わない。毒をかけ続ける。ノアにポーションを投げる! それを繰り返すんだ!」


 声に出して自分を鼓舞していると、脇腹に熱い痛みが走った。


「しまった! ダメージを負っちゃった!」


 痛い! 痛い! でもこのくらいなら、まだポーションは飲めない。数に限りがあるんだから、無駄うちは出来ない。そう考えていると、身体を緑の光が包んだ。痛みが一瞬で引いていく。


「ノア?!」

「アオの防御力じゃ、二回攻撃を食らったら終わりだ。少しでもHPが減ったら躊躇うんじゃない」


 そう言うノアは傷だらけだ。


「でもポーションはノアに使わないと」

「掟をもう一度思い出せ!」


―――自分の命を一番に考える。


 でもノアが死ねば、私も死ぬんだ。私一人じゃ何も出来ないんだから。


―――悔しいっ。


 無力な自分が悔しい。何の役にも立てないことが悔しい。怒涛のように命を刈り取られる現状が悔しくて仕方がない。


 気が付けばポーションは残り一つになってる。私はしびれ玉でノアが相手取っているゴブリンを止めた。もう毒玉も切れたのだ。


 ノアが動かないゴブリン相手に猛攻撃をしている間に、私はカウントをする。しびれ玉の効果時間は一分しかない。動き出すタイミングを見誤れば、カウンターを受けてしまう。


「あと三十秒!」


 ゴブリンの突進を避けながら、カウントをとる。このゴブリンを今ノアのトコロに行かせるわけにはいかない。私はダメージが通らない事が分かっていても、攻撃を加え続ける。


「あと十五秒!」


 私の攻撃を避けたゴブリンが、振り向きざまに棍棒を振った。その先端が私の頭をかすめた。衝撃に目がかすむ。


―――ポーション……。駄目だこれは最後の一個。これはノアに使わなきゃ。


 どうせ死ぬなら私に使う意味はない。倒れた私にゴブリンの棍棒が振り下ろされる影を感じながら、私はノアに最後のポーションを投げた。


 棍棒の衝撃に備えて、ぎゅっと目を瞑る。この一撃は耐えられない。


―――ああ、私、死ぬんだ。


 そう思った時


「馬鹿野郎!」


 ノアの罵声と一緒に、ゴブリンの棍棒が弾かれた。

 気がつけば、ノアが、私を護るように立ちふさがっていた。


「あっちは倒した。後はこいつだけだ。アオは邪魔にならないところで見ていろ」

「私も戦う!」

「無理だ。それ以上ダメージを負うな」

「ノア、ポーションは?」

「もうない」


 一体倒すのに、二人が持っていたポーションは全て使い切ってしまった。毒玉もしびれ玉ももうない。


「諦めるな。もう駄目だと思っても、目を瞑るな。俯くな! どうせ死ぬなら、空を見ながら死ね!」


 ノアは私の折れた心を叱り飛ばしながら、一人で戦っている。最早回復手段もないのに、スピードもパワーも格上の相手に、勝つつもりでいる。


 それでも、ノアの傷は増えていくばかりだ。

 文字通り命を削りながら闘うノアを、私はただ見ている事しかできない。仲間が死んでいく姿を、馬鹿みたいに座って見てる事しか。


―――我儘なんて、言わなければ良かった。


 パリィをやってみたいとか、属性武器を試して見たいとか。あんな事言わずに、ノアの決めた課題をこなしていれば、赤目とエンカウントする事もなかったのかもしれない。


―――戻りたい。


 このバトルの直前に。


―――逃げたい。このバトルを無かったことにしたい。


 私は空を見上げ、神に祈る。


―――私たちをこのバトルから連れ出して!


 その時、空が虹色に輝いた。

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