ラビリンス(ゴール部屋の攻防)
ラビリンスの入り口には前室がある。
参加費を払ったチャレンジャーのみ、前室に入れる仕組みだ。
広めに作った前室も、参加者で埋め尽くされている。ざっと見た感じでは三百人は下らないだろう。つまりクリスタル三百個。ウホウホだ。
「締め切るわよー! もう参加したい人はいないかしら?」
受付嬢のリディスが弾んだ声をかけた。
もう草原に残っている人は、クリスタルを持っておらず、参加したくても出来ない人だけのようだ。
前室に集った面々に、私はもう一度ゲームの説明をした。
先程よりは詳しく、と言っても大して複雑じゃない。
要は立体迷路早抜け競争だ。
「私達は基本道中にはいない。なので安心して攻略して欲しい」
「基本?」
「基本だ。たまにミニゴーレムが出る。それと、たまにシャモアもどきが出る」
「もどき?」
「シャモアの劣化版だな。頑張れば倒せると思うぞ? 挑戦してみると良い」
シャモアの進化を地味だとした言葉は、随分前に撤回した。
忍びって実はめちゃくちゃ優秀で応用のきくジョブだった。忍術って何でもありだと舌を巻くほどだ。
今回活躍するのはレベル70で手に入れた『影分身の術』だ。シャモアの分身体は一体なら本体と変わらない能力を持つが、数が増えれば増えるだけ弱くなる。
今回は十体ほど出すので本体の三分の一くらいの強さになりそうだ。今の私達のステータスは一般プレイヤーの六、七倍くらいなので単純に考えるとプレイヤー二人分くらいの強さになる。
余談だが、シャモアにも死にスキルが出来た。『口寄せの術』というスキルだ。契約したモンスターを召喚して戦わせる事が出来るらしいのだが、残念ながら契約相手が見つからない。だって契約するには相手にも自我が必要でしょ?
「では、私達は中心で待つ。五つ鐘がなったらスタートだ。……誰が来るのか楽しみにしているよ」
決まった!
私かっこよ! 心の中で浮かれながら、ニヒルな笑顔だけ残して宙に飛んだ。空を飛べないシュウとブランは、イーグルに変身したシャモアの背に乗っている。
イーグルと言っても、進化による変化で大きくなりすぎて、最早グリフォンみたいだ。二人くらいならギリギリ乗せれるサイズ。ちょっと狭そうだけど。
能力の限界までフルに使ってグロッキーになっているブランがMPポーションをがぶ飲みした。
「ブランお疲れ様!」
「あー。ほとんど岩だから何とかなったけど、一眠りしたいさー」
「まだ沢山お仕事残ってるよ」
「うー。アオなんて事思いつくんさー。創造すっげぇ疲れるんだからなー」
中心に向かって飛びながら、シャモアの背の上で若干復活し泣き言を言っていたブランがケラケラ笑い出した。
「やっぱアオって目覚めし者モードの時口調変わるのなー。吹き出しそうになったぞー」
「えへへ。カッコよかったでしょ」
「芝居がかってたわね。見てる分には面白いわ」
「今の服装に合う口調でござるな」
和気藹々とおしゃべりしながらゆったりと飛行する。
上空からブランお手製のラビリンスを眼下に見ると、とても上手に作ってあるのが分かった。
「ブラン、あれは何?」
ラビリンスに、床が長さ五メートルほどに渡って抜け落ちている箇所を指さす。
「ギリギリ二段ジャンプで届かない距離にしてみたぞ。行けると思って挑戦して、結構な数が消えると思うぞー」
「落ちたらどうなるの?」
「鋭利な円錐形の岩が、上を向いて待ってるさ」
ブランは広げた手のひらに、もう片方の手の人差し指をプスっと刺すジェスチャーで笑った。串刺しという事だろう。
「中心部と地下はまだ作り込めてないから、後からもう一度追加工事だなー」
「細かい説明は後にしてー」
リディスがふわりと中心の部屋に舞い降りた。ゴールとなる部屋だ。続いて私達も降り立つ。
部屋の片隅には、起立式の小さな鐘が備えられていた。
カーンカーンカーンカーン、カーン。
始まりの鐘を打つ。それと同時にブランが壁に触った。前室からラビリンスへの扉を開けるためだ。
遠くでプレイヤー達の雄叫びが聞こえた。血気盛んで何よりだ。
「さてさて。どのくらいで辿り着くかしらね」
「二時間くらいはかかるんじゃない?」
「結構長いでござるな」
「ねー、暇だねー」
と、私は持ってきたレジャーシートを広げて、お茶やお菓子を並べ出す。隣に腰を下ろしたモスは、足元の小石を拾って無造作に投げた。その石が、丁度鐘に命中してカーンという金属音を響かせた。
「お、ストライク」
シュウもシナモンロール片手に寛ぎ始めた。
お仕事のあるリディスとシャモア、それにブランは忙しそうだ。私達だけサボってごめんね。でもやる事ないのよ。
「シュウも挑戦者側に加わりたかったんじゃない?」
「いやー。けっこうエグそうな迷宮だからな。遠慮しとくよ。それに今回は、モスのドラゴンブレスをちゃんと見たいしな」
光弾を投げつける、あの謎のブレスだ。そう言えばシュウは前回見てないな。
「カッコよかったよ。こんな感じで投げるの」
私は見様見真似で小石を投げて見せた。
私の投げた石は鐘には当たらない。残念だ。
「おー。思いっきり野球のフォームだな」
「野球?」
「投手が投げたボールを打つゲームだよ。こんな感じのバットを使うんだ」
シュウは地面に細長い棒状の絵を描きながら説明する。が、少し考えてからブランに要望を出した。
「ブラン、こういうの作れるか? 中は空洞でいいからさ」
「素材は何だ?」
「チタンかな。モスは綿をこれくらいの大きさに丸めてボール作ってくれよ」
「綿でいいのでござるか? へにょへにょでござるが」
「他の素材じゃバットへし折るだろうからな」
出来上がったバットとボールで、いきなりバッティング大会が始まった。
モス選手大きく振りかぶって、投げました!
これは凄い! 豪速球だ!
カーン!
ボールはあっという間に夜の空に吸い込まれていった。
「わぁ! シュウ凄い! もうボール見えないよ!」
「場外ホームランだな」
シュウがバットを肩に乗せて勝ち誇った。これがモスに火をつけた。
その場に蹲って、何やらにぎにぎし出したと思ったら、凄い勢いでボールを量産し始めた。
「絶対に打てない球を投げてやるでござるよ」
ぶつぶつ言いながら、ボールの山を積み上げていく。
これは待ち時間はスポーツ観戦に確定だ。
モスVSシュウの野球対決、勝つのはどっちだ?!
いや、どうでもいい。




